医学界新聞

 

新春随想
2・0・0・0

実りある医療改革の議論を

大田弘子
(政策研究大学院大学助教授)


 昨年は,社会保障制度の改革がいかに難しいかを痛感させられた年だった。
 急速に高齢化が進む中で,社会保障制度は将来への持続可能性を重視しなくてはならない。高齢化というととかく高齢者の生活にのみ関心が向きがちだが,むしろ現役世代の活力をいかに維持するかということのほうが困難な問題なのである。将来世代に過重な負担を押しつけないためには,そうそう手厚い給付を約束するわけにはいかない。持続可能な範囲で,すなわち将来の負担を拠出可能な水準に抑えて,それに合わせた給付のあり方を検討せねばならない。
 しかし,このような改革は,得てして現在の現役層には不人気である。いま投票権を持つ人には歓迎されず,歓迎してくれそうな将来世代にはまだ投票権がない。ここに難しさがある。かくして,年金改革は中途半端なものになり,医療制度改革は暗礁にのりあげ,介護保険は導入の前にはや変更がなされた。

医療の「質」を確保するものは何か

 それでも年金は金銭的な負担と給付の話だからまだ議論をしやすい。医療は,経済的負担の水準のみならず給付の「質」という問題が加わり,サービス供給の質と効率性をいかに確保するかが大きなテーマとなる。しかも,供給されるサービスの中味は命に関わるきわめて重要なものであり,かつ専門性が高いときている。医療制度の構築に各国が苦労するのも無理はない。しかし,わが国の医療制度をめぐる議論をみていると,医療サービスの重要性と専門性ということが安易に大義名分化され,改革の阻害要因にすらなっていると感じることがある。これは要注意である。
 よくみられるのは精神論と制度論との混同だ。例えば,病院経営が営利か非営利かの区別は,剰余金を配当として分配できるかどうかという経営形態の問題なのだが,ここに“命を預かる大事な仕事”という精神論が登場する。精神論はタテマエに似る。非営利ならば剰余金はすべて医療行為に再投資することになるが,これはタテマエであって実際にそうであるとは限らない。実質的に株式会社と同じことをする抜け道は少なくない。また,精神論を振りかざす人は,営利法人は儲け本位だから病院経営をすべきではない,とも言う。この話も現実と乖離している。現実の株式会社は儲け本位で経営できるほど甘くはなく,市場での評判を何より恐れる。医療ミスを冒しても監督官庁からの譴責ですむ現状のほうが,よほどおかしくないか。医療サービスの質を確保するのは経営形態の制限ではなく,情報公開が徹底的になされること,外部のチェックにさらされることである。

医療制度改革の最重要ポイント

 しかし,外部のチェックという点でも,医療サービスの専門性ゆえに評価にさらされにくい。改革の議論ですら,一部の専門家のものになりがちだ。医療サービスが重要であればあるほど,供給サイドは厳しい外部の評価と選別にさらされなくてはならないのである。保険者を含めて需要サイドが病院を選別し,その選別を通して病院がチェックされる仕組みをつくることが,医療制度改革の最重要ポイントだと言ってもよい。前述の営利法人の参入も,利用者の選別を進める1つの方法になるだろう。非営利法人のほうが安心できて優れた医療サービスを提供できると考えるのなら現在の形態を続ければよい。営利法人は経営の専門家を使って利用者に受け入れられる努力をするだろう。どちらを選ぶかは個々の利用者である。株式会社と非営利法人が利用者の選別をかけて競争するのは大いに結構なことだ。
 繰り返すが,医療制度が国民にとってきわめて重要なものだからこそ,情緒的な議論は排さねばならないし,一部の専門家の議論であってはいけない。人口が減少する社会にあって質の高い生活を維持するにはどんなシステムを構築すればよいか,それを模索するのが高齢化のトップを走る日本の役割であり,優れたモデルを構築できれば世界への大きな貢献にもなる。その意味で,今年は社会保障制度改革の実りある議論を期待したい。