医学界新聞

 

新春座談会

循環器疾患診療の現在,
そして未来へ 21世紀への飛翔! Part.II


吉川純一氏
大阪市立大学教授・第1内科

山口 徹氏
東邦大学教授・第3内科

堀 正二氏
大阪大学教授・第1内科

笠貫 宏氏<司会>
東京女子医科大学教授・
循環器内科


画像診断の今後の展望

笠貫<司会> 前回は「循環器疾患診療の現在,そして未来へ;21世紀への飛翔!Part. I」と題しまして,先生方のご経験を通して,画像診断,心不全,インターベンション,急性冠動脈症候群,不整脈診療などの歴史と現在についてお話しいただきました(表1参照)。
 引き続いて今回は,循環器疾患診療において,21世紀に向けての展望と,またわが国のEBM(Evidence-based Medicine),および大規模臨床試験について,さらに2003年に予想される“医療ビッグバン”に向けて,われわれがなすべきことを考えてみたいと思います。

ドブタミン負荷エコー法について

笠貫 まず画像診断の今後の展望についてお伺いしたいと思います。
 吉川先生,前号のカラー頁で大変綺麗な「運動負荷タリウムSPECT」のお写真を拝見しましたが,ドブタミン負荷エコー法はゴールデンスタンダードになり得るぐらい特異性が高いとお考えですか。
吉川 日本ではなかなか育ちませんので,少し難しいと思うのですが,メイヨークリニックやクリーブランドクリニックでは,ドブタミン負荷エコー法や運動負荷心エコー法が虚血性心疾患診断の主要な方法になってきています。
 特異性については,薬物負荷心エコー図でも虚血に関しては,ドブタミンとタリウムSPECTとほぼイコールですね。ただ,心筋生存能の評価に関してはタリウムが少し特異性が弱いという問題点はあります。
 日本の場合には,コストの問題がないため,費用の高い核医学になりますが,核医学のほうが確実に記録可能ですね。
 また,LAD(左冠動脈前下行枝)の血流測定の可能性に関して言えば,正直に言いまして,肥った人も入れますから大体8割だと思います。ただ,エコー造影剤を使うとほとんど可能です。
笠貫 LCX(左冠状動脈回旋枝)もRCA(右冠状動脈)もそうですか。
吉川 RCAはもう少し確率が悪いですね。RCAやLCXの血流の的確な検出には経食道心エコー図が必要です。これでは患者さんが大変なので,なるべく経胸壁でいけるようにと考えています。
笠貫 経食道心エコー法の今後については,どうお考えですか。
吉川 メイヨークリニックで1-2名亡くなったという話を聞いたことがあります。 日本人は器用ですから,経食道心エコー法による死亡事故は私の聞いてる範囲内ではありません。
 ただ,これは患者さんにとっては苦痛な検査の1つです。新しい鎮静薬を用いて患者さんの苦痛を和らげる何らかの対策をとる必要がありますが,願わくばやらないほうがよいと思います。
笠貫 前回,IVUS(血管内エコー)の話が出ましたが,IVUSの位置づけ,将来像についてはどのようにお考えでしょうか。
吉川 コスト・パフォーマンスという点からは,少し難しいと思いますが,理論的にはCAG(冠動脈造影法)で見た狭窄というのは,あまりエキセントリックな病変の大きさを反映していませんので,IVUSの利用価値は十分にあります。
 ただし,今申し上げたように,コストの関係から,特に研究的には利用されると思いますが,臨床的に利用されるかどうかは今後の課題だと思いますね。

心不全診療の今後の展望

内因性の体液因子と遺伝子治療

笠貫 堀先生,心不全診療の今後の展望についてはいかがでしょうか。
 今後の展望という話になると,例えば,アポトーシスを抑制する,それから細胞障害性に働くシグナル伝達系などがもう少し解明されてきますので,これを抑制する薬ができるのではないかと思います。
 それから,アデノシン,NO,アドレノメデュリンなどの,細胞保護作用を持った内因性の体液因子も解明されてきましたので,これを増強するような薬,例えばNEP(neutral endopeptidase)阻害剤などが出てきております。
笠貫 遺伝子治療の展開についてはいかがでしょうか。
 ご指摘のように,新しい流れとして遺伝子治療という問題が出てきます。特に欧米では,心不全の原因に虚血性心疾患が非常に多いので,血管新生を促進するもの,例えばVGEF(血管内皮増殖因子)が末梢性の血管閉塞症に非常に有効であるという話が出ておりますし,これが冠動脈疾患の治療にも適用されつつあります。
 血管新生については,成長因子の遺伝子を局所に導入することによって,非常に高い濃度が得られます。そういう点では心筋や骨格筋は非常によい臓器ですので,遺伝子治療は比較的早く導入されるのではないかと思います。しかし,例えばHCM(肥大型心筋症)で遺伝性のものがありますが,こういう遺伝性疾患の遺伝子を入れ換えるというのはまだ20年ぐらい先になると思います。
 遺伝子治療全般に関して言えば,今言ったホルモンを生体内で作らせる遺伝子治療が一番早く実現できるでしょう。その次に,死んだ心筋部分に転写因子を導入することによって,非心筋細胞を心筋細胞に変える治療が行なわれると思います。最後は遺伝子疾患と言われるものに対する遺伝子の修復で,本来の遺伝子治療と言われているものは,これを考えていたわけですが,大変難しいと思います。

ポストゲノムの時代

笠貫 2003年までにはヒトのすべてのDNAのシークエンスが解明され,いわゆるポストゲノムの時代に入りますが,どのような影響を与えるとお考えですか。
 まず創薬の開発につながります。現在たくさんある未解明の受容体が解明されますから,その遮断薬は比較的容易に作ることができます。これは循環器領域に限りませんが,そういう新しい薬の作り方が創案されると思います。
 もう1点はDNAチップで,これによって遺伝子の多型性の診断が容易になります。いわゆるSNP(single nucleotide polymorphisms)の解析が盛んに行なわれるようになり,特定の遺伝的背景を持った患者さんに効く薬,例えば心不全でβブロッカーが効く人と効かない人がSNPで識別されるようになると思います。
 そういう点では,21世紀の治療は薬を投与する前に,DNAチップでスクリーニングをして,「効く人には保険適応でこの薬を使っていただいて結構ですが,効かない人にはむやみに使っていただいては困ります」というような診療体系になるのではないでしょうか。

インターベンション治療の今後の展望

最大の問題は再狭窄

笠貫 山口先生,インターベンションに関してはいかがですか。
山口 前回も申し上げましたが,インターベンションの最大の問題は再狭窄です。
 ステント内の再狭窄というのは,新しい血管平滑筋細胞,あるいは細胞内のマトリックスの増殖ですから,新しい内膜の造成を抑制する薬をうまくステントにコーティングできれば,かなり抑えられると思います。そういう意味では,再狭窄の問題も遠からず解決でき,インターベンションもある程度,完成された形になるのではないかと思います。
 最近の話題は,放射線治療が新しい再狭窄の予防法として注目されている点です。この方法は,密封した放射線源をカテーテルなどで病変部に導入し,血管内部から近接照射して血管内膜肥厚を抑えて再狭窄を予防するもので,γ線とβ線ですでに臨床治験の段階にあり,近年世界各国で実施されるようになりました。これまでの成績ですと,放射線を照射した部分は,新生内膜がほとんど起こらないので効果的だということです。しかし,そこから離れた部分や線量が落ちた部分はやはり刺激的に働きますので,周辺部に再狭窄が起こり,γ線の200例以上の無作為比較対照試験の結果では再治療率が20%くらいあります。
 となると,従来のin-sento restenosisに対する種々のカテーテル治療を工夫すると再々狭窄率は20%程度にはなりますので,さほど画期的とは言えず,諸手をあげて賛成というわけにはいかないと思います。今後検討しなければいけないでしょうが,おそらく放射線療法が有効でなサブグループが明らかになると思います。
 少し話は変わりが,最近の強力な脂質を下げる薬を投与すると,アテロームの一部はかなり退縮させられます。それを狭窄を拡張するところに持ち込むまでは少し時間がかかると思いますが,少なくとも柔らかいアテロームは,薬物的なアプローチで退縮させる可能性は十分にあると思います。

血管新生療法とTMLR

山口 もう1つは,もし閉塞や高度の狭窄がある時,今までのアプローチとしては外科的な手術があります。これは言ってみれば,血管を再建して血流をよくすることで,目的は血流が虚血部にいけばいいわけですから,堀先生の話にも出ましたが血管新生療法も考えられます。必ずしもメインの血管を再構築しなくても,毛細血管を新生させる方法があると思います。
 それから,TMLR(レーザー冠血行再建術)という方法があります。この方法は,心外膜側からレーザーを用いて心筋に貫通する小孔(チャンネル)を設け,虚血心筋に血管新生を促そうとするものです。最近ではカテーテルで心内膜面からのアプローチで同等の効果が得られることがわかってきました。
 そう考えますと,現在のインターベンションでは治療が困難な病変を,無理をして治療する必要はなくなり,カテーテル治療の適応はかなり限定されてくるようになると思いますが,私が現役のうちは残るだろうと思っています。カテーテル治療をより改善する方向に沿って,虚血性心疾患の治療は進んでいくのではないかと思います。

不整脈治療の今後の展望

不整脈治療の展開

笠貫 不整脈診療の展開を簡単に触れますと,心室頻拍/心室細動による突然死のハイリスク症例に対する植込み型除細動器の予防的植込みを含む適応の拡大,β遮断薬やアミオダロンとの併用療法,およびDDD機能,心房除細動機能,心不全としてのbiventricular pacing機能を有する新世代植込み型除細動器の開発があげられます。
 また,心房細動や基礎心疾患に伴う持続性心室頻拍に対するカテーテルアブレーションも根治療法として確立されていくと思います。抗不整脈薬については,Sicilian Gambitに基づき,IKs,IKATPおよびNa-H交換系などへの創薬が進められつつあります。
 さらには,QT延長症候群やBrugada症候群などの原因遺伝子の解析により,イオンチャネル病という概念のもとで,新たな治療戦略が構築されていくと思います。

メガスタディ;21世紀への課題

メガスタディの重要性の認識を

笠貫 20世紀後半,循環器疾患治療に関する多くのメガスタディが実施され,その成績によりEBMが生まれ,治療戦略の転換をもたらしました。しかし,現在のレベルの高いメガスタディはすべて欧米のものだということについて,吉川先生,どう思われますか。
吉川 日本で質の高いメガスタディが育たないのは,多くの理由があると思います。まず,メガスタディの重要性に日本人が気づいていないのではないかと思いますね。
 「外国で立派なスタディが出るけれども,容易にはそれに簡単に追いつけない。追いつこうと努力すると,現状のシステムではかなりしんどい」
 現実はこういうことの繰り返しだと思います。したがって,堀先生がなさっているように,大学内に治験センターを作られてなどのといったシステムの構築が必要だと思います。
 このようなシステムが他の施設に普及しますと,もしかすると日本でメガスタディが生まれてくるかもしれません。

CONSENSUSとELITE

笠貫 堀先生,先生のご専門の分野で,特筆すべきメガスタディをあげるとしたら何がありますか。
 前回も申し上げましたが,私はやはりCONSENSUS(Cooperative North Scandinavian Enalapril Survival Study)です。
 これはNYHAの IV 度の重症心不全の患者さんにおいて,ACE阻害薬エナラプリルの予後に及ぼす効果を検討したもので,「ACE阻害薬エナラプリルを投与すると,心不全症状を改善するとともに,生命予後を改善する」と報告しています。
 最近注目されているメガスタディは,ELITE II(Evaluation of Losartan in the Elderly study II)です。実は,先に行なわれたELITEスタディで,アンジオテンシン II〔A II〕タイプ1(AT1)受容体拮抗薬ロサルタンとACE阻害薬カプトプリルと比較した結果,ロサルタン投与群でカプトプリル投与群より生命予後の改善が認められ,突然死も著明に抑制するという結果が得られました。
 しかし,もっと大規模(3152名の心不全患者)なELITE II 試験で,これを確かめたところ,両群にまったく差が認められませんでした。忍容性はロサルタンのほうが優れていたのですが,予後や心不全の患部については,ロサルタンの優位性はみられなかったわけです。この結果,ACE阻害薬は慢性心不全の第1選択薬としての座はしっかり保っていると言えます。

BNSTENT,STRESS,BARI

笠貫 山口先生はいかがですか。
山口 インターベンションの分野では,Palmaz-Schatzステントの再狭窄率,および心事故発生率をPTCAと対比検討したBENSTENT(Belgium Netherlands Stent Study,1994. 1996)とSTRESS(Stent Restenosis Study)の2つが並び賞されています。
 前者のメガスタディでは,「Palmaz-Schatzステント植込み術は安全に施行でき,PTCAよりも再狭窄率で優れるが,穿刺部位の合併症が多く,入院期間が延びた」と報告し,また後者のメガスタディでは,「Plamaz-Schatzステント植込み術は安全に施行でき,PTCAよりも再狭窄率で優れる」と報告しています。ワーファリンの時代なので,入院期間の問題は残りますが,現在は解決しています。ステントが再狭窄を減らしことを明らかにした点は大きいですね。
 それから,多枝病変患者に対する初回治療としてのPTCAとCABGの臨床的転帰を比較したスタディとしてBARI(Bypass Angioplasty Revascularization Investigation)があります。このメガスタディでは,「初期戦略としてのPTCAはCABGと比較して,後に血行再建を必要とする頻度は高いが,5年生存率が有意に低下することはなかった。治療中の糖尿病患者の5年生存率は,CABGがPTCAより有意に良好であった」と報告しています。
 ところで,新しくGCPが導入されて,少し確かにやりにくいところはあるのですが,環境が整ってくれば,日本でもそれなりにメガスタディができるのではないかと思います。そうすれば,同じ土俵に立って,例えば日本とアメリカの成績を比較することができます。特に出血凝固に関するようなスタディは絶対に日本とアメリカでは異なると思いますね。
 インフォームドコンセントの問題にしても,むしろ患者さんにすべて話すことが日本の医療の中に根づいていくことは必要ですし,それが実現すれば,もう少しメガスタディを実現できる下地は整うのではないでしょうか。新しいGCPで条件が厳しくなったことで,むしろインフラも整備されたという感じがしますし,私はできるようになるのではないかと思っています。
笠貫 根底には病態の違いがあるとお考えですね。
山口 欧米に関しては,やはり民族差,生活環境の差が大きいと思います。
笠貫 そういう意味では,堀先生が先ほど指摘されたように,2003年にポストゲノムの時代になって,遺伝子多型の問題と環境因子の問題が明らかにされてくる。またその一方で,メガスタディの結果が出てくると,それらの問題は解決される方向にいくのかもしれないですね。
 その通りですね。
 実は,「インターハート」という所で,世界各国の急性冠動脈症候群の環境因子と,遺伝子多型の相違を研究していて,私も加わっています。50か国くらいだったと思いますが,その人たちの血液をプールし,宗教や食生活の背景,そういう環境因子を聞き取り調査して,国ごとのリスクファクターを整理しています。

CAST

笠貫 不整脈に関しては,前回も申し上げましたが,CAST(Cardiac Arrythmia Suppression Trial)は抗不整脈薬療法にとってきわめて衝撃的なものでした。
 心筋梗塞後の心室性不整脈をⅠ群薬で抑制すると,心室頻拍/心室細動による突然死を予防し,生命予後を改善するという,いわゆる心室性期外収縮抑制仮説が否定されました。しかし,その結果のみを過大評価することは危険であり,批判的吟味が必要だと思います。
 さらに,アミオダロンの有用性をみたBASIS(Basel Antiarrhythmic Study of Infarct Survival),植込み型除細動器の有用性を証したAVID(Antiarrhythmics Versus Implantable Defibrillators),その予防的植込みの有用性をみたMADIT(Multicenter Automatic Defibrillator Implantation Trials)があります。

21世紀の循環器疾患診療

臓器移植について

笠貫 最後になりますが,21世紀に向けて循環器疾患診療の社会的適応,すなわち医療がいかに展開していくべきか,ということに関して先生方のご意見を伺いたいと思います。まず,臓器移植についてはいかがでしょうか。
 ご存じのように,ドナー不足に関してはいわゆる異種移植が試みられつつあります。遺伝子操作による動物ドナー心の供給という現実は,もう目の前に来るだろうと思います。それによって移植というものの考え方がかなり変わってくるでしょう。
 今はドナーとレシピエントの公共性,社会性というものに頼っていますが,それが通常の医療と同じように,あたかも人工弁が生体弁に替わるのと同じような感覚で,導入されてくる可能性は高いと思います。
笠貫 人工臓器と比較してどうですか。
 人工心臓もかなり進歩しています。
 例えば,体内植込型のTCI-LVASやNovacor LVASなどは現在は1年程度は大丈夫ですが,これが改善され,しかも費用の面でも同等であれば,結局は本人の選択の問題ということになるでしょう。
吉川 地元の神戸からも多くの患者さんを海外での心臓移植に送ってきました。その限りでは,臓器移植は心臓に関する限り100点満点の治療法ではないと思います。移植後,年数が経ちますと種々の問題点・薬の副作用が出てきます。
 従って,もう1つの選択肢としての人工臓器にかける期待も大きいですね。人工臓器が10年くらい保持できるになれば,これはしめたものです。

医療は何をなすべきか

 ただ,医療は何をすべきかという話はまた別のテーマですが,どんな人もすべて最大限延命させるのは医療の目的ではないと思います。生物というのは子孫繁栄のために生殖機能を持っていて,次のジェネレーションに譲っていくのが根本的な姿で,加齢によってすべての臓器が同じように老化していくわけです。それが一番幸せな姿だと思います。その中で1つの臓器だけが,例えば心臓だけが悪いという場合は心臓を,腎臓だけが悪いという場合は腎臓を移植するという形になるべきと思います。
 しかし,すべての臓器が同じペースで老化している場合に,すべてを取り替えて最大限長生きさせるというのは,医療の本質ではないでしょう。ですから,比較的若い人が,ある臓器だけが何らかの理由で非常に大きなダメージを受けた場合,それを取り替えれば社会復帰ができる場合,また本人のQOLの向上があるという場合は優先されるべきであろうと思います。
 その議論は,これから大変大事なテーマになってくると思います。と言うのも,これは費用効果の問題につながってきます。お金が贅沢にいくらでも使える時は,「どうぞ,部品を全部取り替えてください」ということになるでしょうが,限られた資源の中でやる場合,やはりベネフィットが一番大きい人から,ということになります。現在の心臓移植が60歳を限度としているのはそのためです。限られた資源を有効に使うためには,社会復帰ができる年齢ということで60歳以下ということになっているわけです。現在の移植医療の中にもすでにそういう考え方があることになります。
山口 確かに,そういう正当な議論が通っていけばいいと思います。
 しかし例えば人工透析を例にとれば,普及し始めた頃の人工透析の適応条件は「一家の主人で,アクティブに仕事をして,しかるべきお金も払える男性」ということになっていました。それでなければ,人口透析をしても意味がない。それが今や超高齢者でも透析にいきます。場合によっては,悪性腫瘍を抱えていても,透析医療を行なうこともあります。本当に必要な人に臓器が移植されることが理想的で,私もその通りだと思いますが,本当にそれができるようになるかどうかは,多少疑問があるし,心配が残ります。
 腎臓の場合,今は人工透析が非常に増えてきて,はたして上限がどこにあるのかと言えば,ないに等しいでしょう。もちろん,費用というのは一番大きな問題ですが,費用という観点でそれをカットできる土壌が少ないわが国では,なかなか難しいのではないかと思います。
 それは医学倫理の話になると思いますが,一言で言うと,お年寄りのツケが次の若い人に回されて,若い人がギブアップし出した時に,この費用効果の議論が一番表に出てくると思いますね。
山口 ただ,それでは遅いのではないかという気がしますね。
 確かに遅いですね。

「費用効果」に関して

笠貫 費用効果のお話から医療資源の再配分・医療倫理の問題に進みましたが,吉川先生,こうした観点からアメリカと比べ,日本ではどのように展開していくべきでしょうか。
吉川 私個人としては,一概にアメリカのシステムを導入するのは,少し問題があると思います。
 日本のこれまでのシステムは医療側にとっても患者さんにとってもいいところがたくさんありますから,その部分は残していかなければいけないと思います。それを残しつつ,EBMに基づいてアメリカ的に割り切って,より安価でより患者さんに有用な検査・治療を優先したガイドラインみたいなものができていいのではないかとは思います。
 しかし,基本的にはやはり日本独自のガイドラインが必要でしょうね。
 特に循環器領域が中心になって,1990年代の花形になったのは,先ほどの臨床治験と費用効果の問題ですね。
 アメリカではすでに浸透してきましたが,日本でも今後はきっと浸透してくるでしょう。同じ効果であれば安い薬のほうがよろしい。効かないグループの患者さんに,無意味に長期間ある薬を投与しておくのは無駄である。また,同じ疾患名でも,どういうプロファイルを持った患者さんであるかが識別されて,本当に有効な治療がその方に適用されるということになります。そのベースにあるのが費用効果という考え方の徹底化だと思います。

循環器疾患診療におけるEBM

笠貫 循環器疾患診療において,「EBM」という考え方をわが国でいかに普及させていくかについて,先生方のご意見をお伺いしたいのですが。
 アメリカの雑誌に,「致死率の低い有名な病院は,インターベンションのテクニックが高いのではなく,アスピリンとβブロッカーの使用頻度が高い」という記事が出ていました。
 それは何を意味してるかというと,結局,心臓病医が正しい知識を持っていればそういうことにはならない。EBMと言いながら,例えば日本でしたらβブロッカーの使用頻度が非常に低く,実際とリコメンドされているものに大きなギャップがあるのですね。それはなぜかというと,一般の医師は目の前の患者さんの副作用や本人の満足度で薬を投与するのですね。ですから,延命効果があっても,副作用の高いものはどうしても投与しないという傾向になってるいわけです。例えば,カルシウム拮抗剤の方が血圧をコントロールしやすいとなりますと,どうしても多く処方されます。
 今の先生のご質問に対するお答えの1つとして,いわゆる認定医や心臓病医を標榜をする人たちが,きちんと教育をしてそれを実行することが大事だと思います。要するに,何をやっても自由ということではなくて,評価体系というものが何らかの形で入ってくれば,かなり改善するだろうと思います。
吉川 日本心臓病学会では,「専門医の教育」を大きな活動分野として取りあげています。単に,“心臓病学”,“循環器病学”と言っても非常に広範囲ですし,かつそれぞれの進歩はきわめてrapidです。
 私自身も常に必要性を感じ,実行に移しています。EBMもその過程で定期的に学ぶべきものと思っています。
山口 現在,「EBM」がもてはやされていますが,日本の患者さんに関する十分なEvidenceがあるかというと,必ずしもそうではないですね。
 先ほども申し上げましたが,特に血管や出血,凝固に関する病気は,欧米人とは差が大きい領域ですから,欧米人のEvidenceを即日本人に適用するのは誤りでしょう。社会環境も異なりますから,費用効果の点でも異なるでしょう。したがって現時点では,メガスタディができる環境を整備して日本人のデータを確立することがまず最初になすべきことだと思います。
 それまでは欧米のEvidenceをいかに適切に日本の患者さんに適用するか,十分な配慮が必要だと思います。めざすべきものが真の「EBM」であることは間違いないと思いますが。

循環器専門医の位置づけ

笠貫 わが国の心疾患の死亡率は近年減少傾向にありますが,これは循環器疾患診療の大きな効果であると思います。しかしながら,循環器疾患診療に携わってきた医師に対する評価は正当かという疑問があります。
 これから循環器専門医になろうという若い医師にとって,学問的な魅力があると同時に,経済的な裏づけも不可欠だと思います。言い換えると,診療報酬体系の問題,さらには循環器専門医とGP(General Practitioner),施設基準など医療提供体制の問題についてのご意見をお伺いしたいのですが。
 例えば日本の場合ですと,医師免許を持ってれば基本的なことは何でもできる。一方では専門医を,さらに施設基準をという話があります。循環器疾患の診療というものを考えた場合,どのような方向に進むべきなのでしょうか。
 例えば,山口先生のご専門のインターベンションに関して言えば,特殊なテクニックを持っている人はそれなりにきちんと遇すべきであって,その人たちと一般のGPとが同じ報酬であるという必要はありません。それは悪平等だと思います。
 どんな制度がいいかどうかは今のところは言えませんけれども,やはり認定というような形になっていくだろうと思います。
 しかし,そういう技術だけ持っている人をすべて底上げすればいいかとなると,決してそうではなく,先ほどお話のEvidenceに基づいた評価体系が必要でしょう。残念ながら,現在のところそういうものはありませんね。何らかの評価体系が全体のレベルを上げることになると思います。
吉川 どのように医師を評価するか,ということは非常に難しい問題ですね。知識だけでなく,技術や経験,および人間性などを問うとなると,幅広い視点から作業が必要になります。最終的には,アメリカの「専門医認定・評価法人」のような制度が必要になると思います。
 ただ私は,GPでも勉強しておられる先生には専門医になっていただいて,他のGPを指導してほしいですね。GPは医療体系の原点に位置していると思います。そのGPの先生方の意欲をあげるシステムであってほしいと思います。
山口 専門医に限らず,より高度の診療をめざして努力することに報いる体制がない点が問題ですね。保険診療の中でも,そろそろこれを取り入れるべきでしょう。そうすれば自ずから評価体系も整備され,生涯教育も実のあるものとなるのではないかと思います。
笠貫 今回は,前回に引き続いて,「循環器疾患診療の現在,そして未来へ;21世紀への飛翔!」と題しまして,諸先生の貴重なご意見をお伺いできました。先生方のご経験を通して現在への理解を深め,近未来を展望できたと思います。
 奇しくも,2003年はポストゲノムとわが国の医療ビッグバンの年になります。目覚ましい進歩を遂げる循環器疾患の診断・治療と,大きく変化する社会の中の医療において,21世紀に向けてわれわれがなすべき多くの課題と夢の大きさを実感することができたように思います。
 本日は,長時間ありがとうございました。


表1:循環器疾患診療の現在,そして未来へ-21世紀への飛翔! Part I
心エコー図の進歩
 心電図から心筋シンチグラムへ 心エコー図の進歩 負荷心エコー図について 心エコー図研究におけるブレイクスルー
心不全診療の進歩
 「これからは,心不全の時代」と言われて 心機能を評価する4つの指標 ACE阻害剤について
インターベンション治療の進歩
 心音図の研究室に入室 三井記念病院でPTCAの第1例を PTCAの機器の進歩 Sigwartのワークショップに参加;ステントの登場
急性冠動脈症候群の意義
 急性冠動脈症候群という概念 IVUSと急性冠動脈症候群 プラークの安定化
不整脈診療の進歩
 不整脈との出会い CAST(Cardiac Arrhythmia Suppression Trial)報告による転換
(第2369号に掲載)