医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


病理検査の染色をわかりやすく解説

病理組織染色ハンドブック 高橋清之,他 著

《書 評》由谷親夫(国立循環器病センター臨床検査部長)

 近年,病理組織検査分野における染色法の進歩は著しく,酵素抗体法を中心とした免疫組織化学の普及は,今や従来の各種特殊染色法を凌ぐ勢いがある。これに反して,ともすれば従来の各種特殊染色法が軽視され,病理検査室においてもすべての分野に精通している病理医も検査技師も少なくなったと感じている。このような中で今回,『病理組織染色ハンドブック』が刊行された意義は大きい。

染色カラーアトラスとしても申し分ない内容

 本書は第一線で活躍されている医師をはじめとして,かつて私どもと一緒に仕事をしていた国立療養所西奈良病院技師長の岩信造先生ならびに,ベテランの病理検査技師の方々によって執筆されている。内容は染色の良否に影響を及ぼす固定法,染色理論,免疫染色のノウハウ,さらに術中迅速凍結切片作製法に至る総論と,免疫染色やISH法を含む63種に及ぶ染色各論に分かれている。
 当センターにおいても多岐にわたる特殊染色法や免疫染色を実施しているが,常に私が感じることは,固定の時間,どこを切り出すか,そして脱水,包埋,薄切といった基本的な事項が完璧になされていないと,決して良好な病理組織診断標本としての染色結果が得られないということである。この点において本書は微に入り細を穿っており,染色カラーアトラスとしても申し分なく,固定,薄切,染色のいずれをとっても非の打ちどころのないハンドブックとなっている。内容としても染色原理,操作法,染色技術のコツが1頁にアトラス付きで簡略にわかりやすく記されており,医師にとっては組織診断と染色パターンの関係,そして特に病理検査技師の初心者の方々にとって染色パターンの模範になり得るものと確信する。
 さらに,この種の本は顕微鏡の横に,あるいは染色するときの机上にと常に置いておくことが多く,どうしても装丁が悪かったり,紙質が悪いとパラフィンがついたり,染色液が染み付いて長期の使用に耐えられなくなる。その点も本書は十分考慮されていて,心強い。
 少し贅沢を言わせてもらえるならば,代表的な組織化学による染色法や細胞診における染色法のコツ,病理医にとってはどのような疾患に対しこれらの染色が有効なのかなどについても記載がほしいと感じたが,これは次回の改訂に待つこととしよう。

全国の病理検査室に必ず1冊

 本書は税別3,000円ときわめて手頃な価格であり,特に新人の病理検査技師の方々や病理検査実習学生の教科書としても求めやすく,全国の病理検査室に必ず1冊置いておきたい本である。ぜひこの機会に本書を購入し,改めて免疫染色に加えて従来培われてきた数多くの特殊染色をマスターし,病理検査や病理組織診断の幅を広げてほしいと思う。
B5・頁96 定価(本体3,000円+税) 医学書院


自分を物語ることの治療的意味

アディクションアプローチ
もうひとつの家族援助論
 信田さよ子 著

《書 評》なだいなだ(作家・精神科医)

 本書を読みながら「老兵は消え去るのみ」だなという感慨を深くした。昭和の40年代の初めに,日本でアルコール問題にたずさわっていたのは,ぼくを含め,せいぜい10人に満たなかった。だが,時代の流れだったのだろう,それから学会が作られるほど専門家が増え,しかも優秀で勉強家の後輩たちが,ぼくたちをどんどん追い越していった。今,ぼくに残されているのは,この方面の「先駆者」というタイトルだけ。これだけは死ぬまでぼくのものだろうが,それしか残らないというのも寂しいものだ。だが,日本のためには喜ばしいことと考えて,自分を慰めよう。

読む人間をぐいぐい引き込む

 アルコール患者を開放で治療し,さらに入院を省いて外来だけで治療するようになってから,治療の主役は,病院の医者や看護婦に替わって,ソーシャルワーカーや訪問看護を担当する保健婦や看護婦,精神保健相談員たちが演じるようになった。今や,時代の光を浴びる職場といってもいい。だが,新しい職場だけに,古い教育カリキュラムで養成されてきた人たちは戸惑い,途方にくれることも多いだろう。その人たちにぼくが自信を持って推薦できるのがこの本だ。この方面でこれまでに出された専門家の本は,決して少なくないが,実践で役に立つ本は少ない。知識は与えても知恵はは与えない。言葉が難しいばかりか,読む人間をぐいぐい引き込む力に欠けているのである。それがこの本にはある。
 この本の主な主張は2つある。アルコール依存の治療で得てきた経験は,他の医療の分野で参考にしていけるということ。これが1つ。そして,その経験の中で得た重要な果実が物語療法であること。これが2つ目である。ぼくもそれには異論はない。

医療者に必要なのは献身よりも好奇心

 ナラティブ・セラピーなどとカタカナでいわれると,戸惑いを感じるかもしれないが,物語を語ることが重要なんだ,と単純に考えればいいだろう。フロイトの自由連想による精神分析療法が発表されてまだ間もないころ,詩人ポール・ヴァレリイは,フロイトのこの療法が有効だとすれば,それは分析によるよりも,患者本人が物語りを語る点にあるのではないか,と言った。まさに先見の明のある批評だった。それが,しばらくして,自助グループを作ったアルコール依存の患者たちで実践され,実証されたのである。
 ぼくは医療にたずさわる人間には,これまで要求されることの多かった献身という美徳よりも,この仕事のおもしろさを知ることのほうが重要だと思っている。他の病気のように,治るとか治らないとかが問題ではなく,ここでは1人の人間とその周りの家族たちが繰り広げるそれぞれの人生が問題だからだ。治療の場では,その人生が物語られる。物語は語り手だけで成立するものではない。好奇心と誠実な関心を抱いた聞き手が必要なのだ。訪問看護者たちに必要なのは,その好奇心と誠実な関心だ。その点ではこの著者も同意見らしい。わが意を得た。

繰り返し読まれるべき「教科書」

 この本の眼目は,著者が,ある日,彼女を訪問した訪問看護婦を登場させたことだろう。また彼女の物語る経験は,実に現代的だし,学生たちも卒業し,活動を始めれば,すぐにもぶつかりかねない状況である。これからこの方面の仕事をしようと思っている学生たちには,問題点はどこかわかりやすく,つかみやすい。こういう本は,いわゆる学術用語という業界用語を並べた,ありがたそうな教科書よりどれだけ有用かわからない。手垢にまみれ,赤線だらけになり,表紙がとれ,それをテープで繕われるようになるまで,繰り返し読まれるのは,著者冥利というものだろう。この本は,若い後輩たちにそのような形で読まれるのではないかと思う。難しいことをやさしく書き,やさしいことを深く書いた教科書はいいものだ。
(『看護管理』9巻10号より転載)
A5・頁207 定価(本体2,000円+税) 医学書院


日本における現時点の炎症性腸疾患のバイブル

炎症性腸疾患
潰瘍性大腸炎とCrohn病のすべて
 武藤徹一郎,他 編集

《書 評》千葉 勉(京大院教授・内科学)

 本書を読ませていただいて,これはまさしく現時点でのわが国における炎症性腸疾患のバイブルだと思った。実際本書は,ただ単にすべてを網羅しているというのではなくて,かゆいところに手が届くと言うか,本当に皆が知りたいところを明快に教えてくれる,といった内容になっている。そして,それはきわめて適切に,またわかりやすく基礎研究から得られた知識が紹介されていること,また一方,臨床においては病理,内科,外科といったあらゆる方面から,より集学的な観点にたって,診断,治療が語られている,という2点によって大きく特徴づけられている。

基礎研究より得られた知識を紹介

 本書の読者は大半が消化器病臨床の専門医と考えられるが,私たち臨床医にとっては,臨床の場における診断と治療が最も大切であることは言うまでもない。しかしそれらの質を向上させ,特に新しい,かつ優れた方法を臨床医学に導入していくためには,疫学や,免疫学を中心とした基礎研究から得られた最新の知識をより早く,よりどん欲に吸収することが必須である。特に現在のように,基礎医学の進歩が著しい時代にあっては,臨床医といえどもそうした基礎的知識の修得は今や不可欠である。例えば,最近のノックアウト・マウスやトランスジェニック・マウスを用いた研究から明らかになってきたことは,T細胞系の免疫反応の回路の一部を変化させてやれば,容易に炎症性腸疾患類似の病変が作成できるという事実であるが,このことは炎症性腸疾患の病因を解明するきっかけを得る意味で,またそれを基に予防や治療法を考えていく意味で重要である。さらにその一方で,臨床の場では抗TNFα抗体がきわめて有効であることが明らかとなったが,このように臨床側からも病因論に迫れるようになってきた。本書はこのような最新の情報に基盤をおいた基礎と臨床の対話を,どちらかと言えば臨床家の立場に立って論じていると言えよう。

内科医に外科的治療の,外科医に内科的治療の重要性を教える

 その意味で,臨床の,特に治療の場においては,先の抗TNFα抗体投与や栄養療法のように,より内科的な治療から白血球除去療法,さらに外科的手術療法と,役者がでそろいつつある印象を受けるが,今後はますますこれらを統合した,より集学的な治療方針が要求されることは明らかである。そうした意味でも,本書は内科医に外科的治療の重要性を,逆に外科医に内科的治療の重要性を教えてくれるものであり,きわめてバランスがとれている,という印象を強く受ける。
 上記のような特徴は,序文にも述べられているように,本書がわが国で炎症性腸疾患研究が始まった当初から本疾患の研究と臨床に深く関与され,努力されてこられた方々が中心となって構成され,執筆されていることによっていることは明白である。炎症性腸疾患の研究,臨床の歴史についての記載もふんだんに盛りこまれており,特に若い人たちにぜひ読んでもらいたい快著である。
B5・頁320 定価(本体13,000円+税) 医学書院


透析スタッフが求める情報に即座に対応できる事典

透析療法事典
中本雅彦,佐中孔,秋澤忠男 編集

《書 評》越川昭三(昭和大藤が丘病院教授・内科学)

 これまで透析療法に関する本は,硬表紙の本格的専門書から新書版のマニュアル的なものに至るまで,数多く出版されてきた。しかし,事典あるいは辞典の類が出版されてきたことはなかった。透析療法においては,透析特有の知識・技術の量が多いうえに,全診療科にわたる知識を必要とし,しかも社会・福祉面とのつながりも大きく,従事する職種は医師・ナース・臨床工学技士・栄養士・ケースワーカーなど多種にわたるというかなり特殊な領域である。そのため大量の情報が簡潔に解説され,かつどの職種のスタッフにも役立つという,事典的な本が前々から求められていたのである。にもかかわらずこれまで出版されなかったのは,事典・辞典は編集がきわめて難しいからである。普通の解説書と異なり,事典という以上,必要項目がすべて網羅されていなければならず,しかも説明は簡明かつ適切でなければならない。目的とする項目を探したのにそれが記載されていない,あるいはその解説不十分で結局別の本を参照した,などということになれば,それだけでこの事典はだめだと烙印を押されてしまう。事典を作るとなると,特別の心構えとアイディアが必要なのである。

臨床に役立つプラクティカルな面も

 中本,佐中,秋澤の3氏によって編集されたこの『透析療法事典』は,以上のような事典に求められる要件を十分に満たしていると言ってよい。まず,項目の立て方である。この事典では項目を五十音順に並べる事典の形式をとらず,通常の解説本の章節形式をとっている。透析療法という特定の領域を扱う事典としては,この形式のほうが実用的である。各章の中に細かく項目を立て,その項目を1-2頁で解説する。項目の数は575項目に及ぶ。技法・検査・合併症・食事・薬剤・社会福祉・災害に至るまで,すべての項目を網羅しようとする配慮が行き届いている。第2は,各項目の解説である。解説内容にバラツキや落ちが生じないように,各項目をさらに小節に細分し,各小節のテーマと順序を編者が細かく指定したようである。例えば,症状の項目ならば,機序・診断・経過予後・治療,技術ならば適応・方法・実施上の注意点,という具合に統一されている。編者の序言によれば,項目ごとに字数を制限したとあるが,各小節の長さも大体200-300字に収まっている。この形式をとることにより,内容がきわめて明解・簡潔となり,事典的機能をあげる効果を果たしている。しかも,単なる用語の解説に終わらず,実際の臨床で役立つプラクティカルな面が記述されている。執筆者の数が多数にのぼるが,この編者の意図をよく理解して執筆しており,編集方針がほぼ実現していると言える。

豊富な図や写真

 その他,図表や写真が多いこと,7頁にわたる略語一覧がついていること,図表一覧まで用意され,さらにほとんどすべての項目に2-3編の文献がついていることも親切である。索引は30頁に及ぶ。索引が充実していることは,この種の本には特に重要なことであり,660頁の本に30頁にわたる索引が用意されているのは,通常の本では考えられないボリュームである。この索引によって五十音配列の辞典的利用法が可能になっている。しかし,自然科学系の事典では,全頁数の10%を索引に割いている事典もある。事項をどこまで索引に拾うかは難しい問題であるが,本書のような実地臨床に直結した事典では,本文中ではたった1行だけ解説されている単語とか,類語の解説の次に副次的に名前だけ出てくるような単語でも,索引に登録されておれば,その頁を見ることによってどのような内容の事項であるかを推定することができる。欲を言えば,そういう事項も索引に採択してほしかったものである。
 それはともかく,この事典は,透析スタッフの求めている情報に対して,即座に対応できるような配慮の行き届いた事典といえる。大きさも厚さも価格も手ごろである。待望の事典がやっと現れたというのが実感である。本事典が広く利用されることであろうことを信じて疑わない。
A5・頁660 定価(本体4,800円+税) 医学書院