医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


肝疾患の診療にあたる臨床医必携の書

これからの肝疾患診療マニュアル
柴田実,関山和彦 編集

《書 評》上野幸久(川崎社会保険病院名誉院長)

最新の知見をコンパクトに

 ひとことで言えば本書は,肝臓病の診療にあたる臨床医の必携書である。執筆者を見渡すと,毎回参加者の白熱した討論で知られる「川崎リバーカンファレンス」の常連が大半を占めている。いずれも現在第一線で活躍している肝臓学会の中堅実力者である(この「川崎リバーカンファレンス」はまさに本書の編集者である柴田実先生が川崎中央病院の「肝カンファレンス」より発展させたものである)。
 肝臓病学の専門書は版を重ねるごとにボリュームを増し,日常の診療においてちょっとした疑問点や記憶の定かでない事項の確認には不適である。一方,本書はコンパクトであり,その割には診断面でも,各論においても臨床的に重要な事項が網羅されており,最新の知見(例えばHGV,TTV,肝移植)も十分盛り込まれている。主要肝疾患に対象を絞ったため各項目とも意外に詳しく述べられている。
 近年の画像診断が肝疾患において比重を増大しているのに応じて,本書では何と46頁も割き,最新の検査法さえ紹介されている。肝疾患の中で最も重要なものは肝硬変であり,特に難治性腹水の治療は臨床医にとっての難題である。これをマスターすれば肝疾患の治療は免許皆伝と言ってよい。この意味で本書は肝硬変と門脈圧亢進症とを併せて,臨床的事項の約1割も割いて詳述しており,大変結構である。
 また慢性肝炎の病因診断,腹水治療,肝細胞癌の早期診断等について要所要所にフローチャートによって手順が示されている。さらに「Zieve症候群」,「ヘリカルCT」といった多数のメモが随所にちりばめられており,知識の整理に役立っている。

信頼できるデータに基づく合理的な治療をめざす

 『これからの肝疾患診療マニュアル』という書名にふさわしい本書の特色として「新しい臨床医学のテクノロジー」と題する最後の項があげられる。ここにはEBM,統計学,医療経済学など,これから肝臓病のみならず臨床各領域の診療や研究を行なうにあたっての不可欠な考え方や方法論が述べられている。
 「肝疾患診療における日本の常識・世界の常識」の項で述べられていることは,筆者もかねがね痛感しており,耳の痛い医師(医学者も)も少なくないはずである。特に治療面ではわが国の現状は無秩序というか非合理的なやり方をしばしば見聞している。発熱すればとりあえず抗生物質,腹水が溜ればとりあえず利尿剤,肝性脳症それ特殊組成アミノ酸,GOT,GPTが高ければそれSNMCと原因や誘因を見きわめる前に高価な薬剤が使用されるケースが少なくない。MRに勧められた薬剤を試みるのではなく,信頼できるデータに基づいて合理的な治療をする(EBM)ことを若き医師諸兄姉に,この機会に望みたい。
 臨床医の方々が本書をポケットに入れて,肝疾患を機械的でなく,合理的に診療する習慣をつけられるようお勧めする次第である。
B6変・頁344 定価(本体4,500円+税) 医学書院


日本の生命科学・脳科学研究の最先端を1冊に

ブレインサイエンス・レビュー1999
伊藤正男,川合述史 編集

《書 評》小幡邦彦(岡崎国立共同研究機構生理学研究所)

生命科学,脳研究領域の独創的で国際的評価に値する研究の報告書

 (財)ブレインサイエンス振興財団(伊藤正男理事長)は昭和61年の創立以来,その重要な事業として塚原仲晃記念賞の授与と研究助成を続けている。前者は生命科学の分野で独創的研究を行なった45歳以下の研究者に贈られ,後者は独創性があり国際的評価に値する脳研究に対して行なわれる。これらを受けた研究者による報告書が,故佐藤昌康前理事長の編集でブレインサイエンスやブレインサイエンス最前線のシリーズとして,毎年出版されてきた。今年より図版や構成の向上を図って出版社を医学書院に移し,装いを新たにして『ブレインサイエンス・レビュー』として刊行されることになった。
 1999年版は脊髄小脳変性症の分子病態機構の解明(辻省次),視細胞における順応の分子生理学的研究(川村悟),成熟脊髄ニューロンのNMDA受容体(籾山明子),神経伝達物質の非量子的放出機構(吉岡耕一),神経特異的新規受容体型チロシンキナーゼの機能解析(南康博),神経分化・シナプス可塑性にかかわる遺伝子制御(樋口宗史),一次求心性線維の脊髄における標的認識機構(志賀隆),下側頭葉皮質と物体認識(田中啓治),下側頭葉皮質(TE野)における物体像の脳内表現(王鋼),大脳皮質-視床下部-淡蒼球投射の機能的意義(南部篤),運動学者に関する計算論的研究(川人光男)の11編からなり,ほとんどの著者が平成8年度の賞,助成を受けて研究を発展された方である。
 近年,世界的に脳・神経研究が隆盛となったことは喜ばしいが,中には時流に追随する研究もある。何年か前,GDNF(グリア由来神経栄養因子)が発見,合成された翌年のアメリカ神経科学大会でGDNFに関するポスターが20題くらい並んで発表され,驚いたことがある。一方,本書に掲載されているのはニューロン機構から発生・分化,認知機構,さらに神経遺伝学にわたり,すべて著者が長年にわたって展開してきた独創的な研究であり,わが国の研究レベルの高さを示している。各章とも適切なイントロダクションに始まって,専門でなくともわかりやすい記述で,ほぼ15頁にまとめられているのは編者の意図の反映であろう。しかしそのような著者をあらかじめ受賞者,助成者に選考されたのはブレインサイエンス振興財団選考委員会であり,その卓見に敬意を表したい。これから毎年の発行が楽しみなシリーズである。
A5・頁222 定価(本体2,500円+税) 医学書院