医学界新聞

 

 〔連載〕ChatBooth

 問われる職業倫理

 栗原知女


 「病院の片棒担いで,お年寄りの追い出し屋になっている自分が嫌なんです」
 私のカウンセリングを受けに来た医療ソーシャルワーカー(MSW),A子の訴えだ。それを聞き,私の祖母が末期癌で近くの大学病院に入院していた時のことを思い出した。
 「転院していただかなければ,病院の経営が成り立ちません。困るんです」
 早く出ていけと言わんばかりのMSWの対応に,相談に行った母はショックでくやし涙をかみしめた。この体験談を話しつつ,「もっと思いやりのある言葉をかけてもらえれば,あの時母も救われたでしょう。あなたが病院を辞めるのは簡単ですが,患者や家族の気持ちを思いやって援助のできる人の存在が必要なのでは」と,A子に投げかけてみた。
 「うーん」とうなったきり言葉が出ない。通信制大学で学び社会福祉士の国家試験に合格し,他の職業から転職してきてまだ日が浅い。専門職としてのアイデンティティを確立できず,揺れていた。福祉を学ぶために北欧へ留学するという選択肢も温めているとのことだった。
 「好きな仕事で輝きたい」と,転職のハードルを難なく乗り越える女性は増えたが,好き嫌いもほどほどにと思う。仕事が楽しいのは,稼がせてもらえるのは,一体誰のおかげか。稼がせてくれる大切な「お客さま」の利益に資するという視点を欠いている人が,どうにも多い。お客さまの利益に反する仕事の仕方を職場で強要されたなら,それに抵抗し,改革のためのアクションを起こすべきではないのか。職業人の倫理,使命として。
 「職業倫理と企業の論理で利害が対立した際,身分が脅かされることのないよう,公正中立性の保証を労働契約に明記すべきです」
 最近,私がケアマネジャーの採用事情を追いかける取材の過程で出会った言葉だ。介護サービスを行なう会社に所属するケアマネジャーが,利用者のニーズを無視し,自社で扱うサービスばかりをケアプランの中に盛り込み,囲い込もうとする危険性が指摘され,厚生省は「公正中立性」の指導に躍起になっている。公的介護保険の公正中立性が守られるか否かは,ケアマネジャーの職業倫理しだいであるとも言えるだろう。
 今後,多くの民間企業が介護サービスに参入してくる。ケアマネジャー資格の有無を問わずに看護職の採用ニーズは高い。3ケタの大量採用を打ち出す企業もあるほどで,「売り手市場」の感がある。
 夜勤を嫌い,「OL看護婦ができるから」と気軽に転職する人も多いようだ。しかし,その責任の重さと,問われている職業倫理をないがしろにしてもらっては困る。パイオニア精神を発揮し,この新しい制度が本当に顧客最優先の優れたサービスとして機能するように,活躍してほしいと心から願っている。