医学界新聞

 

プライマリ・ケア指向のクラークシップ
-「病棟・外来・在宅」での実習を3本柱に-

松岡 角英(千葉大学医学部・6年)


現行のクラークシップの問題点


喘息発作で来院。入院から退院まで担当した4歳の女児
すっかりなつかれ,回診の度に抱きつかれて困りました。「先生のお嫁さんになるー」
 クリニカル・クラークシップ(以下,クラークシップ)は,英米の医学部での臨床実習の際に,医学生が研修医の下に付き,診療スタッフの一員として実際の診療の基礎を体験学習することです。これは,知識や技術の習得のみが目的ではなく,医療のあり方を実際の診療場面で自ら体験的に学ぶことに意義があります。近年では日本でも,従来行なわれていた「知識伝授型」の臨床実習(BST)から,「問題解決型」の臨床実習(クラークシップ)への転換が徐々に図られ,一定の評価が得られてきています。
 しかし,現在各大学で行なわれているクラークシップには課題が多く,問題点として
・患者の信頼を得ることよりも「医行為」の習得が重視される傾向がある
・実習の場が病棟に限られがちである
・今後必要とされるプライマリ・ケアに十分対応できていない
などがあげられます。私は,これらの問題点を補うようなクラークシップのあり方を考え,『「主治医見習い」として患者を担当し,「病棟・外来・在宅」と多面的な場で実習を行なう,「プライマリ・ケア指向」のクラークシッププログラム』を受け入れ病院とともに作成し,実施してみました。

プライマリ・ケアを実践するフィールドを生かす

 受け入れ病院は中規模市中病院(船橋二和病院:285床,日本内科学会認定教育病院)にお願いしました。この病院は病診連携をして包括的な地域医療を展開し,船橋市の2次救急も受け入れている一般病院です。実習は春休みを活用して6週間,「病棟・外来・在宅」での実習を同時並行で行ないました。
 病棟実習では,主治医の下に直接付く「主治医見習い」として患者を担当し,医師のみではなく,多職種からなる診療チームの一員となりました。「bio-psycho-social model(全人的医療モデル)」に基づいたproblem listを作成してカルテ(学生用)を記載し,多職種と協力してアプローチしました。症例には内・外・小児・産婦各科のcommon diseaseを選び,毎週1-2人の患者を担当,主に主治医に指導を受けました。週末にはまとめとして科長クラスの上級医に症例提示し,指導を受けました。また,評価シートを作成して,指導医・看護チーム・受け持ち患者からのフィードバックを受けました。この実習では,様々な職種と協力し,ヒトを部品の寄せ集めではなく,1つの全体としてみて治療する「総合的な視点と力量」の必要性を学びました。
 外来実習では,救急車を受け入れる「救急外来」と,一般外来である「夜間外来」を活用し,指導医のもとで問診・診察・医行為を行ないました。診断のプロセスを学ぶ「Real Time Case Study」を目標にし,入院後の転帰が気になった患者は翌日以降も経過をフォローしました。この実習では,外来・入院・退院と一貫して同一患者をフォローできた症例もあり,プライマリ・ケアにとって重要な要素である,「継続性」を学ぶことができました。
 在宅実習では,週1-2回×6週間,同一患者の往診・訪問看護に同行しました。診察や処置の介助,カルテや指示書(学生用)の記載を行ない,介護者の苦労話を傾聴,福祉制度の紹介も行ないました。この実習では,医師の役割は重要ですが,在宅ケア支援の一部に過ぎないこと,家族の悩みを聞き精神的支援をし,福祉制度の活用で家族の介護負担を軽減することが不可欠であることを学びました。

印象に残った受け持ち患者さん

 私にとって忘れられない患者さんとの出会いがありました。患者さんは67歳の男性。自覚症状がなく,食欲不振の精査目的で外来を訪れ,進行胃癌が見つかり手術目的で入院しました。術前のムンテラでは胃全摘で完治が望めると言われており,患者さんは希望に満ち,私も一生懸命励ましていました。ところが,いざお腹を開けてみると,腹膜に広範囲の播種があり,腹腔内リンパ節にも多数の転移が認められ,手術は中止。予後不良が判明してしまいました。
 私は,受け持ち患者が「完治するはずの患者」から一転して「ターミナルの患者」となってしまい,動揺しました。「明日からどういう顔をして会ったらいいんだろう?」と悩み,患者さんを訪れる回数が減ってしまいました。しかし,患者さんは自宅療養のために,退院する時に「あなたは,いい医者になりますよ」といって私の肩に優しく手を置いてくれたのです。私なりに一生懸命患者さんを支えようとしていたことを,わかっていてくれたのでしょう。この経験をして,学生でも「主治医見習い」として深く患者と関わることで,限りなく「主治医」に近い,良好な信頼関係が築けることがわかりました。

オーダーメイドのクラークシップのススメ

 今回の試みで最も重視すべき点は,プログラムの作成に実習の主体者である学生が関わったことです。「知識伝授型」の教育に慣れていると,「教育は黙っていても与えられるもの」と受け身な発想をしてしまいます。しかし,その感覚で医師になると,「問題解決能力」が求められる医療現場では苦労します。「(医学教育上の)問題解決」のために,自らの実習プログラムの作成に主体的に関わるのも,1つの「問題解決能力」の育成法と言えるのではないでしょうか。
 今後は「臨床実習における大学病院と一般病院の連携」が積極的に行なわれていく時代です。それに伴いクラークシップを行なうフィールドもどんどん拡がっていくでしょう。それぞれのフィールドの特性を生かしたオーダーメイドのクラークシップが主体的な学生によって作られ,実施されていくことを期待したいと思います。


受け入れ病院から(指導医のコメント)


在宅実習での訪問風景(左は橋場氏)
患者さんとはもちろん,介護をする家族ともじっくりおつき合いできました。まさに「地域のかかりつけ医」実習
■橋場良氏(船橋二和病院内科)

 今回の実習は,病棟医療・外来医療・在宅医療の3つの分野を網羅しており,第一線の医療機関の特徴を生かした内容になっていると思います。またこの実習内容そのものの計画も,当院の研修委員会と医学生自身との共同作業で行ないました。彼の感想にも書かれている通りいろいろな意味で実りの多いものになり,医学教育学会でも発表された本実習は,クラークシップのあり方に一石を投じ得たものと考えています。私自身は週末ごとに彼の受け持った症例の提示を受け,気づいたことや改善点の指摘をさせてもらいましたが,問診のとり方や診察所見,プロブレムリストの作成など週を追うごとに進歩しており,指導しがいがありました。反省点としては指導する側が,教育目標をきちんと定め,それに基づいた指導方法の検討と評価を行ない,再度指導を行なうというサイクルを十分に作りきれていない点があったと思います。これは当院の研修医に対しての指導のあり方の反映であり,今後の課題と考えています。

■近藤克則氏(日本福祉大,船橋二和病院研修指導医)

<よい研修の4条件>
 私は,質の高い研修の条件として,以下の4点が重要であると考えています。
(1)学ぶ側がビジョン(「医師像」)と動機を持っている
 めざす「医師像」を自分の言葉で語れ,努力できることが重要です。これらは,指導医からは(援助は得られても)与えられません。これらがあれば,現状の不十分さを補うプログラムを自分で作ることもできます。
(2)受け入れる側にそれにふさわしいフィールドがある
 プライマリ・ケア研修は,それを実践していない(大学)病院では不可能でしょう。在宅医療をしているフィールド(研修病院)でしか,在宅医療研修はできません。
(3)モデルとなり指導力もある指導医がいる
 bio-psycho-social modelに基づいた研修をするには,それを実践している指導医が必要です。また,指導医には,名医であることだけでなく指導力も求められます。
(4)研修に責任を持つシステムがある
 研修医・指導医ともに,個人の力には限界があります。それを支える研修委員会・システムが重要です。