医学界新聞

 

参加印象記

第12回胃十二指腸病理とヘリコバクターピロリに関する国際会議

東 健(福井医科大学医学部・第2内科)


はじめに

 金原一郎記念医学医療振興財団第13回研究交流助成金を受け,フィンランドのヘルシンキで開催されたEuropean Helicobacter pylori Study Group(EHPSG)'99 Workshop:XIIth International Workshop Gastroduodenal Pathology and Helicobacter pylori(9月1-4日)に参加した。
 この会は1987年に結成されたEHPSGが1988年から年1回主催するワークショップで,今年で12回目になった。年々H.pyloriの関心が広がり,今年は世界各国から427題の演題が採択され,そのうち,72題が9つのワークショップの口演に選ばれた。また4つのシンポジウム,2つの招待講演と充実した会であった(下表参照)。世界中からH.pyloriの研究者約1600人が集まり,日本からは25演題,約50人が参加していた。

今年の特徴

 今回は病理のShipponen博士が会長を務め,今年の特徴として,フィンランドのグループSiurala博士,Shipponen博士と長年研究を積み重ねてきた胃炎,特に萎縮性胃炎をとりあげた演題が多く認められた。会にはSiurala博士が参加され,特に彼のこれまでの功績を称えた“Siurala賞”を設け,アイルランドのO'Morain博士が受賞し,「Dyspepsia-still causes indigestion」という招待講演をされた。Siurala博士が86歳という年令を感じさせない元気な姿で壇上にあがられたことに,大変深い感銘を受けた。O'Morain博士の講演は,dyspepsiaとH.pylori感染との関連性について,さらに,dyspepsia患者に対するH.pylori除菌治療の効果についてであった。このテーマは最近のNew Engl J Medにも肯定的なものと否定的な両者の論文が同じ号に掲載されたほど(New Engl J Med 339:1869-1874,1998;339:1875-1881,1998),まだ十分なコンセンサスを得ていないものであり,講演でも,現時点でdyspepsia患者に対するH.pylori除菌の有用性について結論を出すまでには至らなかった。

興味ある発表

 本会は,日本の研究者にとってフィンランドと共通する萎縮性胃炎が脚光を浴びた会であり,特に親しみが感じられた。今回の会で特に興味ある発表について紹介させていただく。
 まず,シンポジウム(1)Helicobacter pylori Infection and GORDである。このシンポジウムでは,「Pros and cons of H.pylori eradication versus H.pylori non-eradication in reflux disease」と題して,アメリカのBlaser博士とイギリスのAxon博士がPanel Debateを行なった。Blaser博士はH.pylori除菌に対して“cons”の立場に立ち,「H.pylori感染は消化性潰瘍,胃MALT(mucosa-associated lymphoid tissue)リンパ腫,胃癌の発症に関与し,人類にとって有害な細菌であるが,一方では逆流性食道炎や食道癌とは逆の相関関係を示し,H.pylori感染はこれら疾患に対しては防御的に働くと主張した。すなわち,人類と長年共存してきたH.pyloriには腸内の常在菌と同じくcommensal bacteriaと考えられるgood H.pyloriと,病態に関与してくるbad H.pyloriが存在すると考えられ,すべてを人類から取り除くことはよくない」と主張した。また,今後H.pylori感染率が低下するにつれ食道癌の発症が上昇すると警告した。一方,Axon博士はH.pylori除菌に対し,“pros”の立場に立ち,「H.pyloriはWHOの下部組織である国際癌研究機構(IARC)が明らかに胃癌と関わりのあるグループ1(definite carcinogen)であると認定したpathogenであり,慢性胃炎,消化性潰瘍,胃癌を生じ,世界中で最も感染率の高い感染症である。さらに,消化性潰瘍や胃癌で死亡する人数を考えると,最も死亡者の多い感染症である。H.pyloriは人類に対しては有害であり,無症候者といえどもH.pyloriにより胃粘膜の慢性炎症が生じるのは明らかであり,除菌し世界から撲滅すべきである」と主張した。
 このdebateを聞き,日本の実状を考えてみた。日本ではH.pylori感染により,欧米で認められるような前庭部胃炎にとどまらず萎縮性胃炎に進展することがほとんどであり,胃癌の発症が多い。この病態がH.pylori菌株に日本特有のものがあるのか,日本人の遺伝的な背景によるのかは現在も謎であるが,私個人的には,日本のH.pyloriはpathogenicであるとして除菌をするほうがよいと考えている。現在日本では,いまだH.pyloriの除菌治療が消化性潰瘍に対しても保険適応が認められていないことは大変残念でならない。

まとめ

 本会でのもう1つの話題は,H.pyloriのゲノム解析である。H.pyloriのゲノムの全塩基配列が1997年に引き続き今年も別な株でNatureに報告された(Nature 397:176-180,1999)。本会でも多くの遺伝子の解析が報告されたが,H.pyloriの病態により多彩な消化器疾患が生じることを理由づける,疾患特異的な遺伝子については特定されていない。ポストゲノム時代に入ったH.pylori研究が今後どのように進んでいくのか,来年のローマでのこの会が楽しみである。

表 本会議の主な内容
ワークショップ
(1) Community and General Practice, and Diagnosis
(2) Microbiology and Molecular Genetics
(3) Epidemiology and Transmission
(4) Virulence Factors and Pathophysiology
(5) Pathology and Neoplastic Diseases
(6) Pediatrics
(7) Clinical and Treatment Studies
(8) Animal Infections, New Helicobacteria, Host Responses, Immunology and Vaccines
(9) Extragastric Diseases. Ulcer and Oesophageal Diseases

シンポジウム
(1) Helicobacter pylori Infection and GORD
(2) New Aspects of H.pylori infection:Bacterial versus Gastric Biology
(3) The Management of H.pylori Infection:A European Primary Care Perspective
(4) H.pylori Pathology and Clinical Practice-Now and the Future

Invited lecture
(1) Dyspepsia-still causes indigestion: C.O'Morain
(2) Biological significance of Cag A: M.Blaser