医学界新聞

 

〔連載〕看護診断へのゲートウェイ

【第5回】看護診断とクリティカルパス

 中木高夫(名古屋大学教授)


クリティカルパスが大流行

 最近,いろいろな病院でクリティカルパスを作るのが大流行です。
 「この間まで看護診断,看護診断って,熱にうかされたように言っていたのが,それも十分にマスターしないまま,今度はクリティカルパス。いい加減,アメリカの流行を追いかけるのをやめたら!!」
 確かに,現象を表面的にとらえれば,そういった非難もあたっています。しかしながら,看護診断は1900年代の初めからアメリカのナースたちが心血を注いできた「看護の学問化」からの当然の帰結なのです。一方のクリティカルパスは,医療費削減政策に対抗して効率的なケアを構築するとともに,その患者さんにふさわしいケアを調達するという福祉精神を実現するための手段であるのですから,どちらもわが国の看護界に正しく定着させなければならないものであることは間違いありません。
 それなのに,それに取り組むことを単なる「はやり病い」のように批判されるのは,これまでのわが国のナースたちの姿勢にそうした面があったと,謙虚に反省する必要があるでしょう。

クリティカルパスとケースマネジメント

 クリティカルパスというと,すぐにカレン・ザンダーの名前が思い浮かびます。ザンダーの書いたものはいくつか翻訳されています。まとまったものとしては彼女が編集した『クリティカルパス-最良の成果をあげるための新しいマネージメント』(山内豊明訳,文光堂)があります。この本の原題は“Managing Outcomes through Collaborative Care(共同ケアによるアウトカムの管理)”です。クリティカルパスの本質は,その第1章「共同ケア」に書かれています(以下,表現の都合で訳語を変更している場合があります)。
 医師とナースの関係は,主従関係(master-slave relationship),冷戦構造(detante),共同関係(collaboration)の3つに分けることができますが,誰が考えたって最後の共同関係がよいに決まっています。でも,現実は必ずしもそうではないことは周知の事実です。1971年から81年にかけて,アメリカの医師会と看護婦協会が共同スポンサーになって「全米ジョイントプラクティス審議会」を設置し,医師とナースが連携することによってはじめて提供することのできる包括的なケアのための条件を検討し,提案しました。しかしながら,この提案を実行に移す施設はほとんどありませんでした。
 1983年にアメリカの医療費の支払い制度が変わり,医療資源の消費の程度に応じてグループ分けした「診断関連群」(DRG)ごとに定額を支払う「見込み支払方式」(PPS)が連邦政府によって導入さました。その結果,在院期間が極端に短縮されることになったことはよく知られているところです。
 ザンダーが勤務していたニューイングランド・メディカルセンターでは,1983年に「今までと同等,もしくはそれ以下の資源で,今までと同じレベルのケアを提供するにはどうすればよいか」を研究するプロジェクトが組まれ,それまで福祉の領域で用いられてきた「ケースマネジメントと」いう手法を応用することになりました。そして,そのためのツールとして,産業界のプロジェクト管理のためのクリティカルパスという技術が導入されたのです。
 ザンダーの著述を読むと,どちらかというとDRG/PPSに対抗するためにクリティカルパスを考案したというよりも,包括的なケアである共同ケアを実現するためにケースマネジメントを採用し,そのためのツールとしてクリティカルパスを作成したことがわかります。

取り組むべきはケースマネジメントではないのか

 ケースマネジメントは,前述したように福祉領域でソーシャルワーカーたちが用いていた手法ですが,それと看護とを結びつけると思い浮かぶのがキャサリーン・A・バウワーの名前です。
 バウワーは,1988年にアメリカ看護婦協会出版会から『Nursing Case Management』を上梓し,1992年には『Case Management by Nurses』(日本語にすると「ナースたちによるケースマネジメント」となる)という題で改訂し,1992年の「アメリカ看護学雑誌(AJN)のブックオブザイヤーに選ばれています。そして,この本の内容はアメリカ看護婦協会の看護実践委員会に採択されています。バウワーはザンダーとともにセンター・フォア・ケースマネジメントの共同経営者で,ニューイングランド・メディカルセンターで一緒に開発した仲間です。
 この本の中で彼女は,「ケアのコスト」と「ケアに期待されるアウトカム」と「ケア提供にかかわるプロセス」の関係をもう1度見直すことの重要性を強調しています。そして,その作業の中から患者さんに最善のケアを作りあげる役割をナースが担うことを主張しているのです。
 こう見てくると,わが国のナースが取り組むべきはクリティカルパスよりも,ケースマネジメントなのではないでしょうか。

クリティカルパスと看護診断

 クリティカルパスというと,経費節減とそのためのケア提供プロセスばかりが話題になりますが,バウワーはもう1点,アウトカムに触れています。ケースマネジメントは,「アウトカム(結果)に責任を負うケア」といえます。日ごとのアウトカムを配置し,そのアウトカムに到達するための介入と到達していることを確認する所見や検査を配置するのがクリティカルパスです。
 最近,次世代のクリティカルパスである「ケアマップ」はアウトカムの源となるプロブレムをとりあげるようになっているそうです。そうなると当然そこには看護診断が含まれるはずなのですが。
 アメリカ看護婦協会が1991年に出した「臨床看護実践の基準」には,その基準2に看護診断があがっているわけですから,アメリカでナースであるためには看護診断をしないわけにはいきません。さまざまなシステムにも,NANDAの用語を使用していないにしろ,看護診断が含めなければなりません。クリティカルパスもその例外ではないでしょう。