医学界新聞

 

印象記

第9回ヨーロッパ高血圧学会

加藤規弘(帝京大・内科学)


はじめに

 前後1日ずつのサテライト・シンポジウムをはさんで6月12-14日の3日間,ミラノ大学のキャンパスにおいて第9回ヨーロッパ高血圧学会(ESH)が開催された。例年,ヨーロッパが最も美しくさわやかな季節である5月ないし6月に催される学会である。本年も最初の2日間は晴天に恵まれて,日中は半袖でも少し暑く感じるくらいであったが,3日目はうって変わって曇天,時折小雨のぱらつく天気であった。
 発表者には欧州各国の研究者以外に日本,カナダ,米国,オーストラリア,ロシア人などがめだち,参加者の総勢は5000人以上と推定された。国際的な高血圧の学会としては2年に1度開催される国際高血圧学会(ISH)が最大であるが,毎年開催されるものの中でヨーロッパ高血圧学会は,アメリカ高血圧学会(ASH),アメリカ心臓病会議(AHA)の高血圧分科会などに匹敵する規模の大きな学会である。本年は3つの会場で同時並行して合計13のテーマに関する発表(口演176題,ポスター515題)がなされ,活発な質疑応答が交わされた。それらの中から今回の学会で個人的に興味深いと感じたテーマを選んだ列挙したい。

「血管とその内皮」「神経性因子」

 1つ目は「血管とその内皮」についてである(これはBlood VesselとEndotheliumの2つのセッションに分かれていたのだが,便宜上まとめて扱う)。ベルリンのDr. HellerがState-of-the-Art lectureとして,この分野に関する最近の進歩をわかりやすく報告していたが,中でも血管内皮が“内分泌器官”として昇圧機序および脳卒中などの臓器障害の発症に関して本質的に重要な役割を果たしていること,その解明に向けて最新の分子生物学的研究(モデル動物であるSHRSPとWKYラット間でのdifferential displayなど)がめざましい成果をあげつつあること,などが印象に残った。さらに循環器系の組織構築の中で,大小サイズの違う血管が“内分泌器官”としてそれぞれ異なる働きを示しており,機能面からは区別して扱う必要があることも強調されていた。
 2つ目は「神経性因子(Neural Aspects,特に交感神経系)」についてである。交感神経系はrenin-angiotensin系と並ぶ生体内の主要な血圧制御機構であり,その病因的意義は古くから注目されてきた。単に高血圧症全体としてのみならず,特に慢性腎不全や肥満を伴った高血圧患者で,交感神経系の亢進がより顕著であるという報告がなされた。このことは,動物モデルや疫学的研究においても高血圧性臓器障害の進展や関連する疾患(高脂血症・糖尿病・肥満などの動脈硬化危険因子)の集積に,何らかの遺伝要因の関与が示唆されている点とも併せて考えると興味深い。またlectureとしてモントリオールのDr. Champlainが,現在一般的に用いられている降圧剤(α・β交感神経遮断薬だけでなく,ACE阻害薬やカルシウム拮抗薬を含む)の作用機序を「交感神経系の修飾」という観点から論じていた。

「遺伝学的研究」

 興味深いと感じた3つ目のテーマは「遺伝学的研究(Genetic Aspects)」についてである。このセッションは筆者自身の発表もあったため重点的に時間を割いた。現在の当該分野の研究状況をよく反映していると感じたのは,plenary sessionとして行なわれた討論“Are genetic polymorphisms relevant to the management of hypertension?”の模様であろう。パリのDr. Corvolが擁護する立場で,そしてローザンヌのDr. Brunnerが批判する立場で議論されたが,聴衆の反応も含めての大まかな合意点は「遺伝子多型を用いたヒト高血圧の研究はこれまでにいくつかの有望な遺伝子の病因的関連を示してきたものの,いずれも確固とした結論にまで至っていない。1つには高血圧における遺伝要因の解明が,当初考えられていたほどには容易でないことが理由としてあげられるが,今後,モデル動物における知見などを合わせて包括的に評価がなされねばならない。将来的には,高血圧の疾患予知や最適な治療法の選択などに遺伝情報の活用が期待されるものの,現段階はまだ時期尚早であろう」という内容であった。
 この点に関連して,もう1つ興味深い発表があったので紹介する。従来,高血圧やその関連する病態の候補遺伝子としてangiotensinogen(AGT)の多型が注目され,数多くの研究がなされてきた。病態との有意な相関を認めるという報告も多く,その機序としておそらくAGTの特定の対立遺伝子を有する者ほど高い血中AGT濃度を示すのではないかという仮説が提唱されてきた。そこでパリのDr. Demenaisらのグループは130家系を用いたsegregation-linkage analysisを行ない,血中AGT濃度の5%以下がAGT遺伝子座の多型,それも少なくとも2つ以上の多型によって規定されていることを見出した。このことは単一の遺伝子多型のみを取り上げて因果関係を説明しようとするアプローチの限界を示しているとも解釈できよう。
 その他には,最近のEvidence-Based Medicine(EBM)重視の風潮を踏まえて企画された討論“Evidence-Based Medicine:does it provide the only solid information for guidelines and medical practice?”が,臨床家を中心とした多くの聴衆の注目を集めていた。

おわりに

 以上,ミラノで行なわれたヨーロッパ高血圧学会の学会印象記をごく簡単にまとめてみたが,テーマがあまりにも広範囲にわたるため,発表内容の紹介は3会場のうちで筆者の出席したセッションに絞ったことをご容赦願いたい。