医学界新聞

 

キーストンシンポジウム参加印象記

「シグナル伝達の特異性とOncogene network」

中野裕康(順天堂大学医学部・免疫学)


はじめに

 今回私は,4月9-15日に開催されたキーストンシンポジウムの中の1つである「シグナル伝達の特異性とOncogene network」というテーマの合同ミーティングに参加した。ご存じのようにキーストンシンポジウムは,毎年さまざまなテーマのカンファレンスが,デンバーから車で約2時間ほど離れたリゾート地で開かれており,私が参加していた間もスキーをすることが可能であり,その点でスキー好きな人にとっては理想的なカンファレンスかもしれない。しかしながら,個人的な意見を言わせてもらうならば,スキーに興味のない私のような人にとっては,外をしばらく歩くと耳が痛くなるような寒い時期に,しかも周辺にはなんら娯楽施設のないようなところでのミーティングなどすることはないと思われる。
 今回のミーティングはSMAD,STATおよびNF-κBが主なテーマとして取り上げられることになっていた。私は数年前にTNFRファミリーの下流のシグナル伝達分子の1つであるTRAF5を遺伝子クローニングして以来,TNFRファミリーを介するシグナル伝達系の研究に従事しており,今回の参加は最近われわれの作製したTRAF5ノックアウトマウスの発表が目的であった。
 参加した全体の印象としては,比較的小人数の学会であり,フロアでの議論も自由に行なえるような雰囲気であったと思う。しかし非常に残念なのは,NF-κBとミーティングのメインテーマに掲げているにもかかわらず,NF-κBで現在世界をリードしている人たち,例えばTom Maniathis,Alan Israel,Dean Ballard,Warner Green,Inder Verma,David Goeddelらが参加していなかった点である。以下に,私が特に興味を感じた点について概説したい。

NF-κBに関する話題

 NF-κBの関連では,招請講演としてDavid BaltimoreとMichael Karinの話があった。ご存じのように,NF-κBに関しては少なくとも5年ほど前まではBaltimoreの研究室は世界の最先端の研究室の1つであったが,最近ではあまりこの分野におけるめだった業績はなく,話の内容からも時代の移り変わりを感じさせるものがあった。一方,Karinの話はその直前の週に『sciecne』にback to backで載ったIκB kinase(IKK)α/IKKβのノックアウトマウスの話とIKKの活性調節の話であり,2年前のIKKのクローニング以来,彼の研究室が世界をリードしていることをうかがわせるには十分の内容であった。IKKαのノックアウトマウスはTNFやIL-1を介するNF-κBの活性化にまったく障害が認められず,少なくともin vivoにおいては,IKKβの存在だけでこれらのサイトカインを介するNF-κBの活性化はもたらされることが明らかとなった。予想外な点はIKKαノックアウトマウスは表皮の分化,増殖異常が認められ,非常に四肢が短くなるという表現型を呈していたことだ。この異常の詳細なメカニズムについてはまだ明らかにされていないが,ケラチノサイトの分化の過程で何らかのシグナルがIKKαを特異的に活性化し,NF-κBの活性化をもたらすためではないかと推測されている。
 一方,IKKβノックアウトマウスは非常にシビアな表現型を示し,RelAノックアウトマウスと同様に肝臓のアポトーシスにより胎生致死となる。さらにTNFやIL-1を介するNF-κBの活性化は完全ではないものの著明に障害されていた。
 さらに彼は,IKKの活性調節がIKKβサブユニットのリン酸化により正と負の両者の制御が行なわれていることを明らかにした。この話は非常に独創的な話であり,私は最初に論文を読んだ時に感動したことを思い出す。IKKβのIκBに対するキナーゼ活性と自己リン酸化の程度を比較した場合に,キナーゼ活性の持続時間に比較して,自己リン酸化が長時間持続するのに注目した結果,彼らはC末端のヘリックスループヘリックスドメインに存在するセリン残基のリン酸化がキナーゼ活性の減弱にともなって生じていることが明らかとなった。
 また彼らは,この領域に存在する11個のセリンをアラニンに置換する変異体を作製すると,そのキナーゼの活性が野性型に比べ長期間持続することから,IKKβの活性化の後に生じるC末端の自己リン酸化によりキナーゼ活性が負の制御を受けていると結論づけた。彼らの仮説だけでIKKの負の制御を完全に説明できるとは思えないが,彼らのデータは非常に独創的でかつ印象的であった。

MAP kinase cascadesの話題

 Roger Davisはご存じのように世界で初めてJNK/SAPKのクローニングを行なった研究者の1人であり,数年前にはたしか年間citationで世界でNo.1になったこともあるbig nameの1人である。最近はFlavellとのcollaborationでMAPKカスケードに属するキナーゼを片っ端からノックアウトしているという印象がある。彼はこれまでにjnk1,jnk2,jnk3のノックアウトマウスを作製しており,一見これらのキナーゼは機能的に相補的に思われがちだが,マウスはそれぞれ特異的な表現型を呈している。
 今回,彼は最近作製したMKK3のノックアウトマウスの話を主に行なった。MKK3はMKK6とともにp38MAPKのMAP kinase kinaseであるが,この両者のMKKが機能的にまったく相補的なのか,あるいはある刺激に対しては相補的で,他の刺激に対しては特異的なのかはノックアウトマウスを作製して初めて明らかとなった。彼の示したデータによれば,マウスのembryonic fibroblastを用いた解析では,MKK3(-/-)でTNFを介するp38の活性化において著明な障害が認められ,TNFによるIL-1やIL-6の産生に欠損が見られた。一方LPSやIL-1,sorbitolなどを介するp38の活性化には障害が認められなかった。またマクロファージを用いた解析から,MKK3欠損によりLPS刺激によるp38の活性化が障害され,その結果としてIL-12の産生が著明に障害されることが明らかとなった。これらの結果は,in vivoにおいては同じキナーゼが細胞特異的あるいは刺激特異的に働いていることを示しており,現在までの主流の実験系である過剰発現系の実験結果からは予測不能な点であった。やはり最終的なある分子の機能を明らかにするためには,ノックアウトマウスの作製が必須であると思われた。

Bcl-2ファミリーの話題

 Bcl-2ファミリーについては,Korsmeyerの話が印象に残った。BADと呼ばれるdeath agonistはSerine 112と136のリン酸化によりBcl-2との結合能を失い,death promoting activityが失われることが示されていた。その内のS136のリン酸化はAktと呼ばれるキナーゼによっていることがすでに明らかにされていたが,S112のリン酸化をリン酸化するキナーゼについては明らかにされていなかった。彼らはBADキナーゼを精製した結果,それがPKAであることが明らかとなった(これに関しては今回のミーティングでJohn Blenisはp90rskもS112のリン酸化を担っていると話しており,この部位のリン酸化に関与するキナーゼは2つあることになる)。
 またBidと呼ばれるdeath agonistのノックアウトマウスについても話があった。ご存じのようにBidはcaspase 8によって切断され,断片化したBidは非常に強いアポトーシス誘導能を有するようになるということが明らかにされていたが,実際このノックアウトマウスの肝細胞は抗Fas抗体に対して抵抗性になっていることが明らかとなり,抗Fas抗体刺激により,caspase 8の活性化は起こるものの,caspase 3の活性化は認められないことが明らかとなった。このことから,少なくともin vivoの肝細胞ではcaspase 8が直接caspase 3を活性化するカスケードは主な経路ではなく,caspase 8-Bid-(Apaf-1/caspase 9)-caspase 3という経路が主な経路であることが明らかとなった。
 さらに彼らは,Bcl-2のloop domain内に存在する70番目のセリンが細胞周期のG2/M期にMAPKKKに属するASK1→MKK4/7→JNKのカスケードを介してリン酸化されること,さらにS70をアラニンに置換した変異Bcl-2を発現させることにより細胞が死ににくくなることを明らかにした。このことは,S70のリン酸化によりbcl-2の機能が負の制御を担っていることを示しているとともに,ASK1を介するアポトーシスのメカニズムを考える上で非常に興味深い発見であった。

ポスター会場の雰囲気

 ポスター会場においては活発な議論が繰り広げられていた。特に私にとっては,Greenの研究室のポスドク3人とIKKの活性制御について議論したのが印象的であった。彼らは明らかに自分で自分のテーマを考え,発展させていくだけの力を持っており,またボスを通じて世界中の情報を得ることができる。このような人間が何人もいる“big labk”と,一方,臨床から来た大学院生数人と一緒に実験せざるを得ない自分の日本でおかれている環境を考え,あまりの差に愕然とするものがあった。泣き言をいまさら言ってもはじまらず,日本では質よりも実験の量(不眠不休とまではいかないまでも)で頑張るしかないと再認識するに至った。
 最後に,今回私に学会に参加する機会を与えて下さった伊藤正男先生をはじめとする金原一郎記念医学医療振興財団の方々に心からお礼を申し上げます。