医学界新聞

 

コールドスプリングハーバー・ラボラトリー主催

レトロウイルス会議に参加して

藤井雅寛(新潟大学医学部・ウイルス学教室)


 レトロウイルス会議がコールドスプリングハーバー・ラボラトリー(CSHL)の主催で,1999年5月25-30日まで開催された。筆者は金原一郎記念医学医療振興財団の第13回研究交流助成金によって,この会議に参加した。本会議の全容,およびいくつかの発表演題について紹介したい。

CSHL・レトロウイルス会議の概要

 今年度の演題総数は380題で,そのうち口演が約100題,それ以外がポスター発表であった。virus entryから始まり,レトロウイルスのライフサイクルに沿って発表が進められた。今回の特徴としては,新たに“structure”と題したoral sessionが加えられたことである。朝の口演は9時から12時まで,また14時から17時まではポスター発表,夜は19時から23時までが口演に当てられた。
 多くの参加者がCSHL内の宿泊施設(ロッジ)を利用している。2人部屋で,2部屋に1か所シャワー兼トイレが付いている。食事は3食ともCSHL内のレストランで食べることができる。恒例のアトラクションとして,屋外でのワインパーティーが2日目の夕方(16時半から18時頃まで)に,またBanquetが最終日の前日(5月29日)に開かれた。さらに,Banquetの前後には,ピアノとバイオリンのコンサートや生バンド演奏付きのダンスパーティーがそれぞれ開かれた。Banquetのメインディッシュはロブスターである。CSHLの食事の中でも,このロブスターはうまい。CSHLの周辺は車なしには出かけるところもないので,この1週間はレトロウイルスの世界を堪能できる。

ウイルスの細胞侵入機構

 Paul Bates(米国・ペンシルヴェニア大)らは,ASLV(avian sarcoma and leukosis virus)を可溶型のウイルス受容体(soluble form of the receptor for subgroup A ; sTva)で前処理することにより,受容体を持たない細胞に対しても,ASLVが感染できることを報告した。その際,膜融合活性を促進する薬剤(Polybrene)での処理,およびsTva処理したウイルスを細胞とともに遠心すれば,その時得られる感染効率は,ウイルス受容体を導入した細胞と同レベルであった。すなわち,sTvaが,envの膜融合活性を誘導できること,一端活性化されたenvを持つウイルスはウイルス受容体を持たない細胞に対しても感染できることを示した。

Viral integration

 今回は,integrationに関する数多くの口演発表があり,筆者はintegrationが本会議のメイントピックであったと思う。
1)Anna Marie Skalka(米国・Fox Chase がんセンター)らはウイルスDNAの宿主DNAへのintegrationに際して,宿主細胞のDNA修復機構が関与していることを報告した。DNA-dependent protein kinaseはDNA修復に関与する酵素の1つである。この遺伝子を欠損したマウス(scid)由来の細胞株に対するレトロウイルスベクターの感染効率は正常細胞の10%であった。また,その際アポトーシスが誘導され,scid由来の細胞は死滅した。一方で,integraseを変異させたレトロウイルスベクターによって,scid細胞の細胞死は誘導されなかった。2種類のウイルスベクター(HIVとMoloney Leukemia Virus;MoLV)で同様の結果が得られた。また,他のDNA修復酵素欠損を持つマウスから得られた細胞株でも同様の結果が得られた。
2)MoLVのintegrationに関与する可能性のある蛋白としてBAF(human barrier-to-autointegration factor)が報告されていたが,Alan Engelman(米国・ダナファーバーがん研究所)らは,BAFが試験管内integration反応に必須であることを報告した。BAFはDNA結合蛋白で,ヒトから線虫に至るまで,そのアミノ酸配列が保存されていた。BAFの変異体を用いた解析は,BAFが2量体および多量体を形成すること,2量体のみが試験管内integration活性を示すこと,DNA結合活性のみではintegration反応には不十分であり,他の蛋白との相互作用が重要であることを示した。

HIV nef

 Paul Jolicoeur(カナダ・Clinical Cancer Institute of Montreal)らは,これまでにnefのトランスジェニックマウスがエイズ様の病態を示し,死亡することを報告している。筆者が知る限り,これはnefのトランスジェニックマウスがエイズ様病気を発症するという,最初の報告である。このトランスジーンの発現には,マウスのCD4エンハンサーとヒトのCD4プロモーターが用いられている。このことがこれまでのnefのトランスジェニックマウスとの違いであるかもしれない。ただ,このトランスジーンはHIV遺伝子のかなりの部分を含み,nef以外の予想されるすべての遺伝子に変異を導入することによって,消去法でnefの重要性を示している。したがって,nef以外の遺伝子の関与の可能性も完全には否定できない。このマウスではヒトのエイズと同様に,CD4の発現低下,MHCクラス I の発現低下,T細胞の減少などが観察される。今回彼らは,nefのPXXPモチーフ(SH3結合モチーフ)に変異を持つマウスは病気を発症しないことを発表した。その際,野生型nefマウスで観察されるような,恒常的および抗CD3抗体によって誘導されるチロシン燐酸化反応の亢進が観察されなかった。しかしながらCD4の発現低下は野生型nefマウス同様に観察された。

HTLV-1

1)Marie-Louise Hammarskjold(米国・バージニア大)らはHAM/TSP(HTLV-1-associated myelopathy)様の病気を発症するHTLV-1 Taxのトランスジェニックマウスの報告をした。発現に用いたのはCD2のプロモーターとLCR(CD2 locus control region)で,元来は白血病発症モデルの構築をめざしていたと予想される。従来のトランスジェニックマウスよりもTaxの発現量が高いことが特徴であり,その中でも特に高い(コピー数が多い)マウスは生後まもなく死んでしまう。HAM/TSP同様,神経細胞のミエリンの破壊(脱随)が観察された。脊髄および脳の詳細な病理学的解析はなされていないので,HAM/TSPの病理像との異同などについては今後の解析が待たれる。HAM/TSPについては,その症状および病理像が多発性硬化症(Multiple sclerosis;MS)にきわめて類似していることから,米国ではMSのモデルとして,その解析が精力的に進められている。
2)Taxは以前から,アポトーシスを誘導することが知られていた。Chou-Zen Giam(米国・Uniformed Services University)らは,アポトーシスを誘導するTaxの機能領域を同定し,この領域がCBP/p300(CREB結合蛋白)との結合領域と一致することを報告した。
3)TaxがT細胞をトランスフォームする際に,Tax自身が細胞周期(細胞増殖)を促進するのか,増殖因子(IL-2)に対する反応性を誘導することによって,IL-2依存性に細胞周期を誘導するのかについては,以前から異論があった。そこで筆者らは,Tax遺伝子を導入することによって,IL-2依存性細胞株(CTLL-2)がIL-2非依存性に増殖することを報告した。この際,Tax発現細胞の培養液中に増殖因子活性は検出されず,オートクラインによる細胞増殖ではないことが示唆された。この結果はT細胞において,Tax自身が細胞周期および細胞増殖を誘導することを強く示唆している。CTLL-2はIL-2を除去すると,アポトーシスによって死滅する。Taxはアポトーシス抑制因子bcl-xの発現を誘導した。この誘導がCTLL―2におけるアポトーシス抑制に関与することが示唆された。Taxによる細胞周期促進の作用機構の解析にも,この系はきわめて有用である。

肺がんを起こすレトロウイルス

 Sheep pulmonary adenomatosis(SPA)は,伝染性の羊の肺がんで,ヒトのbronchiolo-alveolar carcinomaに似ている。以前から,jaagsiekte sheep retrovirus(JSRV)がSPAの発症に関与することが示唆されていた。Huang Fan(米国・University of California Irvine)らはJSRVの分子クローンウイルスを用いて,羊に肺がんを発症させることに成功した。新生児の羊に分子クローン由来のJSRVを接種すると,4か月後にSPAを発症した。このウイルスの生体内における発現は肺に限局している。彼らは,このウイルスの発現が肺組織特異的転写因子によって制御されていることを明らかにした。このウイルスは肺以外の組織由来の細胞株にも感染するが,それらのウイルス量はきわめて低値であった。さらに,JSRVのLTR(long terminal repeat)を介した遺伝子発現は肺細胞株特異性を示した。

終わりに

 最後に,レトロウイルス会議への参加に助成していただいた金原一郎記念医学医療振興財団に心から感謝いたします。