医学界新聞

 

〔連載〕看護診断へのゲートウェイ

【第4回】看護診断と情報科学

 木村 義(NEC・阪大研究生)


情報科学について

 今日のようにパソコンが普及してくると,当たり前のようにコンピュータを利用するようになり,量的にも質的にもコンピュータを使わざるを得ない状態になってきている。厳密な定義がないために,「データ」や「情報」は無意識に混同して使われているものの,慣習としては区別して使われている。「データ」は採取しただけの集合であり,「情報」はデータに意味を持たせた集合という区別である。意味を持った情報は生成から始まり,収集,蓄積,検索,加工,転送,廃棄などの経路を辿りながら,使用者の意思によってさまざまに変化する。この経路のすべてに関わるものが情報技術(IT)であり,そのITを用いて科学することを「情報科学」と呼んでいる。

看護における情報

 看護職が扱う情報は多岐にわたっており,むしろ複雑さから言えば医師以上に看護職の情報のほうが混沌としている。その理由には2つの側面があると思われる。
 1つは,対象となる患者の背景の複雑さである。つまり,病態から家庭環境,経済,心理状態,社会的役割,人間関係,さらに文化や価値観から宗教やしきたりなどに関する情報をも扱わねばならないという側面である。
 もう1つは,科学的研究が未発達であるがゆえに,解き明かしてみれば単純なことが現時点では複雑に見えているに過ぎないという側面である。
 この2つの側面は互いに排他的ではなく,両者がオーバーラップしている。本質的に複雑さを持っていても,研究が進めば複雑さが軽減されることもあるだろうし,逆に単純に見えていても研究を進めていくと複雑さが見えてくることもあるからだ。しかし,情報を扱っているのか,単にデータとして扱っているのかを考えてみる必要がある。情報科学になるためには「情報」でなければならない。病院情報システムやオーダリングシステム,看護支援システムなどと,看護を取り巻く環境はITであふれかえっている。その中にあって,看護は「データ」に振り回されていないだろうか。

看護と情報科学

 広い意味では,看護そのものが大量の情報を扱っているはずだから「看護=情報科学」と言えそうだが,それでは答えにならない。そこで,もう少し看護の「情報」を整理すると,業務,研究,管理,学習に大別できる(表参照)。このすべての内容に,科学の余地が多く残されている。
 切り口は異なるものの,欧米では「遺伝看護学」なるものが教育・研究されはじめた。しかし,これなどはITの力なくしては扱えない分野である。また「カオス看護学」という,複雑系を使った何やら難しい学問がある。複雑系の研究も同様に,ITなしでは成り立たない。話を戻すと,先にあげた情報の中には分類,共通言語化というものが必要となる。したがって,看護診断も看護情報科学の内に入るのである。
 看護診断は,1973年に始まって以来コンピュータの利用を前提に議論されてきた。しかし,分類の結果としての情報をコンピュータで扱いやすいように検討されてきただけで,分類審議の過程で本格的な情報科学的検証がなされてきたわけではない。
 アイオワ大学で開発されたNIC(看護介入分類)やNOC(看護成果分類)は,分類審議の過程で情報科学的検証がなされている。統計処理や多変量解析などに始まり,言語的曖昧さの程度の検証や使用する同義語の妥当性評価など,またバランス評価にも使われている。看護診断が裏づけに基づいていないと言っているのではない。もともと提案される時点で裏づけとなる膨大なデータや解析結果を提出しなければならないために,提案前ではそれなりに使われているが,診断審議委員会(NANDAの)での検証には使われていなかったのである。

情報科学のおとし穴

 米国カトリック大学のフェーリングが開発したDCV(診断内容妥当性評価)などは,使い方を誤らなければ看護情報科学そのものと言ってよいだろう。ただし,注意しなければならないのは,ITはあくまで道具にすぎないということである。科学するために使ってこそ情報科学になるのであって,始めに道具ありきで,その特性も十分に吟味しないままに,出てきたデータにのめり込むことは避けなければならない。
 看護に限らないが,誰かが統計を使い始めると,「統計手法を用いることが高度な研究やトレンド」と勘違いするケースが,そのよい典型である。看護職として感じたことを数量化したいのであれば,「感じること」が第1の科学であり,数量化は「感じたこと」を他の人へ伝えるため,その感覚を共有するために用いる道具にすぎないことを再確認しなければならない。
 また,他人が感じたものを共有できるかどうかは,追試してみなければ本当の意味での共有にはならない。同じ条件での追試が望ましいが,まったく同じ条件ということが臨床にはあり得ないので,似た環境条件で追試してみるしかない。共有できて初めて道具として利用できるのである。
 看護診断分類も同じことである。あくまで結果であって,この結果を使って何をするかが問われているのである。分類を研究すると,研究の浅い領域と進んでいる領域が見えてくる。美しく飾られたITや情報科学に翻弄されず,「出てきた結果に踊らされ本質を見失う」というおとし穴に引っかからないようにしなければならない。

ゲートウェイ

 この連載のタイトルにもある「ゲートウェイ」とは何であろうか。直訳すれば出入口のことであるが,塀や壁があるところに空いているゲート(門)から伸びている向こう側への道を指している。つまり壁があるわけだ。目に見える壁も目に見えない壁もある。看護診断は患者と看護職のゲートウェイであり,患者と医師の間をとりもつゲートウェイでもある。さらにアートからサイエンスへの,理論から実践へのゲートウェイであり,看護職の現実と夢とのゲートウェイでもある。
 ただゲートに立っているだけでは,感傷に浸っているだけにすぎない。ゲートに立って先を見ているだけではなく,向こう側へ歩を進めなければならない。向こう側はいくら待っていても近づいて来てはくれないのである。情報科学が,看護診断への理解を助け,看護を科学することを推進し,看護の質の向上や評価,さらには看護の労働条件を改善するのに役立ってくれることを心から望んでいる。

表 看護における情報の対象と内容
対 象内 容(これら以外にもある)
業務記録,収集,検索,診断,計画,実施,評価,連絡,勤務,病床管理,効率化研究
研究検索,統計,解析,分類,検査/実験,共通言語化,妥当性/信頼性試験
管理経営,経済,統計,評価,制度,倫理,政策,組織,人事,教育,報告
学習検索,実習,記録,実験