医学界新聞

 

脳卒中診療の新しい可能性

鈴木明文氏(秋田県立脳血管研究センター・脳卒中診療部長)に聞く


 発足から2年を迎えた秋田県立脳血管研究センター脳卒中診療部では,診療に際して脳神経外科医と神経内科医がペアを組み1人の患者の主治医となるなど,かつてない大胆で理想的な脳卒中診療のシステム作りを可能にした。
 小紙では,診療部の部長として,また脳神経外科医として,設立当初から脳卒中診療における新たな試みを展開しつづける鈴木明文氏にお話を伺う機会を得た。


診療科の壁を取り払って

脳外科医と神経内科医が1つのチームに

――脳卒中診療部の概要をお話ください。
鈴木 秋田県立脳血管研究センターでは,1997年9月に脳卒中診療部(以下,診療部)を新たに設立しました。これは,脳卒中の患者さんに対して,統一した放射線学的検査指針,治療指針,臨床症状評価方法に従って,脳神経外科医と神経内科医が共同して診療と臨床研究にあたり,治療成績の見直しや研究結果から治療指針を改訂し治療法を進歩させようとするプロジェクト・チームです。
 現在では,1人の患者さんに脳外科医1名と神経内科医1名がペアを組み担当医となって,2人で共同して治療方針を決定し診療にあたっています。現在のスタッフは,脳神経外科医3名,神経内科医4名の7名構成です。
 年間に入院される患者さんの数は,脳出血130-140例,脳梗塞が350-400例,その他,100例ほどが来院されます。
 この診療部で利用する病床数は40-50床で,急性期症例はストローク・ケア・ユニット(SCU,22床)や特定ICU(集中治療室,6床)に収容します。また,慢性期になっても重症でADLが低い方はハイケアユニット(11床)に入ります。
 この脳卒中診療部は,診療科の「壁」を名実ともに取り払った医療チームで,これまで一種の理想型ではあるものの実現が難しいと考えられてきた外科系と内科系が実質的に融合した体制をとっています。「脳卒中診療における内科医と外科医の間に意見の一致を見ない限り,問題は解決しない」との考えのもとに,このようなシステムを作り上げました。現在では,「脳卒中」と診断され,手術適応となった患者さんについては,診療部内の脳神経外科医が手術にあたります。クモ膜下出血以外の脳出血については,診療部が担当します。また一方では神経内科医もSCUにおける患者さんの術後管理を行なう場合もあり,お互いの科の担当と思われていた仕事についても積極的に関与しています。
 この体制に至るまでには,もちろん多くの時間が必要でした。最初の6か月間は,お互いの診療方針や考え方を理解しあうのに費やされました。というのも,当時コンセンサスが得られていたのは,脳卒中急性期の放射線学的検査指針のみだったからです。
 当センターでは設立当初から,患者さんを外科,内科と分け隔てなく診ようという空気がありました。しかし専門化が進み,センター内でも同様の症状を呈する患者さんに対して,科ごとに診療方針が異なる場合もみられるようになり,その中で,議論をしても解決できない問題が出てきました。そこで,設立当時のように一緒にチームを組んで診療にあたろうと,センター所長である上村和夫先生がリーダーシップを取られ,診療部設立に至ったのです。

他職種,地域病院との連携

鈴木 他に脳卒中診療に携るスタッフとして,今年度から理学療法士(PT)が1名配属され,ベッドサイドでの早期リハビリテーションも可能になりました。また臨床心理士が2名いるため,患者さんの心理的なケアやサポートとともに,高次脳機能も詳しく評価を行なえるようになっています。
 また,当センターでは県内の6病院と連携し,週1度外来診療を行ない,患者さんが発症した際には当センターで診療するなどの,協力関係を作っています。さらに県内の4病院とCTスキャンなどの画像電送システムを作り,各病院から脳卒中と疑われる患者さんのCT画像を送ってもらい,センターへの搬送をお願いしたり,スタッフの足りない地域の病院との情報交換を行なっています。

「脳卒中治療指針」

鈴木 現在の一般的な脳卒中急性期の治療方法の考えや,これまで当施設で積み重ねてきたデータを参考に,診療部スタッフで討議を重ねて「脳卒中治療指針」を作成しました。1998年7月から実際の診療に利用しています。ただし,現状で脳卒中の治療法が完成しているわけではありませんので,むしろ今後検証を要する部分が多いものです。
 この治療指針は半年から1年に1度見直して,改訂していく予定です。今年9月に改訂が出る予定です。改訂にあたっては,治療指針による治療成績の評価が基礎となります。そして検証が必要な部分については,プロスペクティブ・スタディとして臨床研究を行なっています。例えば現在,「運動麻痺の強い脳出血例で,麻痺の予後が手術の有無と関係するか」を,倫理委員会の承認のもとに無作為抽出試験を行なっています。
 病態を詳しく知るためのベッドサイドでの補助検査も必要です。当センターは放射線科の体制が整っており,またPET(陽電子断層撮影装置),MEG(脳磁場測定装置)などの,最新の機器をはじめ脳の検査機器が充実しています。これらを急性期から駆使すれば,病態にもとづく適切な治療法選択がより厳密に行なえるようになるでしょう。
 一方,毎日の診療や臨床研究を行なうにあたって,統一した臨床症状の評価方法も必要となります。ここではNIHストローク・スケ-ルを中心に急性期を評価し,Barthel indexやRankin scoreで慢性期のADLを記載しています。近々,ジャパニーズ・ストローク・スケールに変える予定です。

最良の脳卒中診療システムを確立する

ストローク・ケア・ユニット

――診療部ではSCUを設けているそうですが,もう少し詳しくお聞かせください。
鈴木 診療部ではSCUの運営も行なっております。現在22床で,インテンシブにケアを行なう特定ICU6床が隣接しています。ここは,急性期や術後など状態の不安定な患者さんを集中的にケアする体制を整えたユニットです。
 過去に比べて最近は,予後に大きく影響する有効な急性期治療が開発されてきました。しかし,それらを24時間体制で行なうには,高価な診断・治療機器と専門スタッフ,およびそれらを有効に機能させるシステムが必要です。当センターのSCUは単に病棟を指しますが,実際の診療,つまりソフト面では病棟を越えて放射線科や循環器科部門へと広がっています。実質的には当センター自体がSCUと言えますが,その中核に脳卒中診療部と病棟としてのSCUが存在するということになります。脳卒中診療部がシステムとしてのSCUを運営するにあたり,放射線科チームと循環器科チームの強力なサポートは欠くことができないものです。
――欧米では,SCUでの治療効果が報告され,設立が進んでいるようですが。
鈴木 欧米におけるSCUについて詳しくはないのですが,主体は神経内科医で,手術が必要な患者さんは脳神経外科医にコンサルテーションするというシステムのようです。急性期の血栓溶解療法などの華々しい治療法も行なわれていますが,治療の主体は急性期からのリハで,論文などもリハの有効性についてはよく目にします。
 脳卒中の患者さんにどのような治療を提供するのがベストか,そのために都合のよいシステムや人の配置はどうすべきか,という点から考えて,診療のシステムを構築すればよいわけで,「SCUとはこうだ」,と決めてそれに合わせようとすると,なかなか定着しないのではないでしょう。当センターのSCUの設備は,ICUと変わりませんし,どの病院でもハード面でのSCUを作るのは可能だと思います。

新たな可能性を追求

――このようなシステムによる成果と,今後の展望についてお聞かせください。
鈴木 これまで以上に,患者さんから得た経験を次のステップに反映したいと考え,毎日のベッドサイドでの臨床に加えて,データベースの作成,解析なども並行して行なわねばならない,と日々試行錯誤を繰り返しています。
 これまでセンターでは外科,内科と別々に脳卒中の患者さんに関する資料を作成してきましたが,診療部設立後は統一したデータが蓄積されています。また,「日々の診療そのものが研究だ」という話しもありますが,私たちは,治療法の妥当性を検討するための臨床研究を積極的に進めていこうと考えています。
 脳卒中治療においては,今後も有効な治療を考えなくてはなりませんが,劇的な新薬が出てきているわけではありません。ですから,現在すでに使用されている薬に関する有効的な使用法を決めていくことも重要だと考えています。有効な薬剤は種々ありますが,それをどのような患者さんに,どのくらいの量を,どの程度投与すればよいのか,これは実際にははっきりとわかっていないのが現状です。診療部では,そのあたりを明らかにできるような臨床研究のプランを組み,数年単位で検討を重ねていきたいと考えています。そこに手術も入ってきますが,どのような手術方法で,どのような手術適応で行なうのか,その根拠となるようなevidenceをもっと作っていきたいと思います。
 また,PTによる急性期からの早期リハを導入し,発症翌日からベッドサイドで行なっていますが,このような早期リハの効果についても議論の分かれるところです。できれば早期リハの有効性についても,なんらかの答えを出していきたいですね。
 先ほど申しました治療指針は,具体的な方法は病院ごとに異なるものですが,根幹となる部分は統一されるべきです。私たちの施設では,その「幹」となる部分を発信したいと考えています。「この治療薬はこういう理由からこの期間有効」とか,「この薬とこの薬は,このような患者さんには有効である」などの具体的な情報を発信したいですね。
 診療部におけるこれらの試みは,脳卒中の診療を今後どのように発展・進歩させるかを実践する上で,貴重なデータを提供できるのではないか,と期待しています。
 また,診療部では現在,脳卒中の臨床に携りながら,治療法の進歩をevidence basedに求めていきたいと考える医師を募集しています。若手の医師だけでなく,ベテランの医師にも来ていただき,脳卒中診療の現状を知るためにも利用してほしいと思います。毎日の診療に加えてデータの整理,解析,データベースの作成など,行なわなければならない仕事がたくさんあります。成果が得られた場合は基本的に若手の医師に発表してもらおうと考えていますが,データベースの作成にも人手が足りなくなってきました。診療と研究を積極的に行なおうと考えている医師にぜひおいでいただきたいと強く願っています。
――本日はありがとうございました。

●秋田県立脳血管研究センター・脳卒中診療部では,専門科にかかわらず,脳卒中治療の進歩をめざし,治療の実際に関する研修を希望する医師を募集している。詳細は下記まで問合せのこと。
・待遇:秋田県の規定による非常勤医師(健康保険付)。1年ごとの契約更新が必要
・連絡先:〒010-0874 秋田市千秋久保田町6-10 秋田県立脳血管研究センター脳卒中診療部(鈴木明文)
 TEL(018)833-0115/FAX(018)833-2104
 E-mail:akifumi@akita-noken.go.jp