〔アメリカンレポート〕アメリカの感染事情
継続的に時間をかけて変化していく耐性菌
横田京子(アメリカ在住看護婦,RN)はじめに
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌;Methicillin Resistance Staphylococcus Aureus)に対する唯一の武器として,1980年以来,バンコマイシンが開発され有効性を示してきた。しかし,約10年前からこの新薬に対する耐性菌であるバンコマイシン耐性腸内球菌(Vancomycin Resistance Enterococcus;VRE)が出現し,医療界は大きく慌てることとなり,同時に多くの関係者は,そのVREがバンコマイシン耐性ブドウ球菌(Vancomycin Resistance Staphylococcus;VRS)へと転移してしまうことを危惧し続けてもきた。1997年末に,CDC(米・中央疾病管理センター)はVRS出現の報告を行ない,その危惧は残念ながら現実のものとなった。しかもその最初となったケースは,1996年に日本で出現したとされるものであった。その報告によると,バンコマイシンMIC(Minimum Inhibitory Concentraition;最低阻害濃度)が8 μg/mlであり,100%の耐性を示すものではなく,感受性が低下したものである1)。
筆者はこれまでに,本紙上でアメリカの感染症の現状を報告してきた(1996年12月9日付2219号「アメリカにおけるO157の現状」,1997年11月3日付2263号「アメリカの食感染事情-O157を中心に」)が,次から次へと出てくる困難な抗生剤,抗菌剤治療について,改めてもう1度考えてみる必要性を感じた。VRE,VRSおよび複数抗生剤耐性菌(後述)に関し,現在私たち医療者が最優先して考えなければならないことは何であるのかを探ってみたい。
なお,VREは人間を含む動物の腸内など,きわめて酸素濃度が少なく,アルカリ性に富んだところに生息しており,一般的に人間においては胃を除く(胃は強酸性のHclを分泌するため)腸や女性の生殖器に悪さをし,病気を引き起こす。一方のVRSは,一般に体内外の酸素の多いところに生息し,それぞれが変わった生息をするのが特色。そのため,腸内球菌やブドウ球菌は酸素の多い皮膚や呼吸器系(特に肺炎等)の病気を引き起こすことが多い。
VREの実態とCDCの中間ガイドライン
アメリカにおけるVRE傾向とコスト
アメリカ・ニュージャージー州では,1992-1995年の3年間の間に3倍近いVRE血中感染者が見つかっている。一方,アメリカ国内の透析患者の11.5%がVRE感染をしているとの報告もあり,VRE透析患者は今後も増加すると考えられている。また,1989-1996年の間だが,アメリカ国内のVRE患者はトータルで5000FOLD増えているとも言われている。なお,このVRE患者にかかる1回の治療(入院)費はなんと1万8000ドルとなっているのである。VRE対策の1例
私が勤めていたパークランド病院では,1997年のVRE患者は透析患者の2人のみであった。しかし,昨(1998)年8月現在では12人と激増した。そのほとんどの患者が,他の病院または当病院の外来クリニック外の医療機関から転院,もしくは紹介されてきた患者である。この事態を重く見たパークランド病院では,インフェクションコントロール(感染管理)部が1997年1月26日以降に入院した患者100人に対し,肛門周辺部の菌を採取し培養を試みた。その上で,VREもしくはそれに類する抗生剤耐性菌の陽性が認められた場合には,その患者の入院前の医療施設へ注意を促し,耐性菌の広がりを防ぐよう喚起する対策が取られた。
並行して,院内の医療職に対してはインフェクションコントロール部から出された予防対策をもとに,各フロアのナースエデュケーター(看護教育担当者)を通してのスタッフ教育を月1回以上と,頻繁に行なう手段をとった。
注意すべきデータ
現在,バンコマイシン耐性菌に対する薬としては,Quinupristin-Dalfopristin(synercid)が開発され,すでにパークランド病院でも使用している。とは言っても,時期を経ればこの薬剤に対しても耐性菌が出現することは,これまでの経過から見ても十分考えられる。その意味では,有効性が認められる他の抗生剤を含む新薬の使用を工夫することが大切であろう。また,新しい耐性菌の出現をくい止めることや,出現を長引かせる工夫も重要となるだろう。しかしながら,パークランド病院インフェクションコントロール部が調べたVREの外界生存日数はおどろくほど長く,4日間の生存が確認された。この事実は,例えば誰かがVRE汚染をした体液,または血液,汚物といったものをベッドの柵などに間違って付着させてしまった場合,消毒剤で拭き取らないかぎり,その菌はその後4日間生き延び,次々と交差感染する原因になり得ることを意味している。これは,ことの重大さとともに感染対策の重要性が示唆されるデータと言える。
CDCの中間ガイドラインステップ1)
CDCは,日本からのバンコマイシン感受性低下ブドウ球菌出現例の報告後,ただちにすでに同薬への完全(100%)耐性菌が存在するものと仮定し,中間ガイドラインステップを発表した。このガイドラインステップは,CDCと全米病院感染コントロール・プラクティスアドバイス委員会が作成したもので,バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌を分離した時は,メディカルおよびパブリック対策として,ガイドラインステップを利用するように勧めている。以下にそのステップを紹介する。
1)バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌出現の減少を考える
2)バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌が発生していることを認識下におく
3)バンコマイシン耐性を示しているブドウ球菌感染症の患者,または同薬感受性低下の患者の治療がコントロールされていない時は,その抗菌剤について調査し,報告する
4)中間インフェクションコントロール対策の履行
バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌の広がりを予防するためのガイドライン
バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌が,施設内または他施設へと広がることのないよう,次のステップを踏襲する。1)VREを検出した検査室は,直ちにインフェクションコントロール部,病棟および主治医に報告する
2)インフェクションコントロール部は,SHD(State Health Depertment:州保健局)やCDCの専門家と協力し,研究する
3)メディカルおよびナーシングスタッフは
(1)患者を個室に移し,複数抗生剤耐性菌(Multi Drug-Resistant Organisms)の患者同様,接触,プリコーションを行なう(ガウンや手袋は1回ごとに替える。抗菌石鹸での手洗い励行など)
(2)コロナイズまたは感染している患者の病室への出入りは必要最小限とする
(3)1対1のケアを行なう
4)インフェクションコントロール部は
(1)全病棟職員に疫学上の意味での菌株およびどのように患者をケアするかを説明する。また,インフェクションコントロールプリコーションがいつでも必要であることを話
(2)コンタクト・プリコーションとともにモニターを厳重にし,実際のインフェクションコントロール実習を行なうことを勧める(以下,文末付録参照)
グローバルな視点からの対策が必要に
その他の耐性菌では
腸内球菌やブドウ球菌がバンコマイシンに感受性を示さなくなってきたことに加えて,その他の抗生剤にも耐性菌があることに気をつけなければならない。アメリカでは,一般にこれらを「複数抗生剤耐性菌」と呼んでいる。腸炎の原因のSalmonella enterica serotype typhimurium(DT104)には,すでに5つの抗生剤(ampicillin, chloramphenicol, streptomycin,sulfonamides,and tetracycline)が耐性を示すようになってきた2)。またアメリカでは,現在結核菌,緑膿菌,Acinebacter baumaniiの耐性菌が多く,治療がしにくくなった。
これらの耐性菌は,長い時間をかけて薬に対し耐性を示してきたことを,私たちは知る必要があるだろう。ペニシリン耐性ブドウ球菌肺炎菌は,25年かかってペニシリンに耐性を示してきており,Fluoroquinolone耐性腸球菌は10年かかっている。それにバンコマイシン耐性菌(腸内球菌と黄色ブドウ球菌)およびErythromycin耐性化膿レンサ球菌も各抗生剤(バンコマイシン,エリスロマイシン)に対して時間をかけて耐性を示すようになってきたことを考えなければならない。また,これらの耐性菌は,継続的に低レベル耐性から高レベル耐性へと進化,発展していることも知っておく必要がある。
家畜の成長促進剤からの要因
今後も耐性菌出現の引き金になっていくであろう見逃すことのできない大きな問題に,家畜の成長促進を目的として使用されている耐性剤の存在がある。ヨーロッパなどでは,1970年代後半から家畜への成長促進を目的とする抗生剤の使用が法律上禁止され,アメリカでも同様に禁止されてきた。
しかしながら,オランダの学者が発表した調査によると,47の農場の七面鳥およびその農家と周囲に居住する188人の健康な人々から次のようなデータが得られた。それによると,50%の七面鳥,39%の農場経営者,20%の七面鳥屠殺業者,14%の周囲に住む健康な人々からVREが検出され,なお12の七面鳥の群れ(8%)にはバンコマイシンの動物用Avaparcinを成長促進目的で投与されていなかったが,60%の七面鳥の群れには同薬が飼料とともに与えられていたことも判明している3)。
野放図に売買される抗生剤の実態
耐性菌出現要因としてあげられるもう1つの大きな問題として,抗生剤を第3国などから個々人が処方箋なしで購入し,自国に持ち込む例があることだ。私の住んでいるテキサス州は,川1つ隔てた向こう側がメキシコという位置にある。メキシコでは,抗生剤をはじめとする薬剤が,処方箋なしで安く購入することができる。そのためもあるのだろう,個々人がメキシコから購入した抗生剤を乱用,耐性菌問題と発展する例が多い。安価であるがために,旅行がてらにそれらの薬剤を多量に購入し,あげくの果ては,それを他の人に高く売るというケースも当然あり得る。このような例は,アジアではタイが該当するようだ。私の友人であるアメリカの同僚は,タイには抗生剤などの薬剤を安価に手に入れられる場所があり,旅行に来た人々が自由に購入している光景を見てしまった,と驚いていた。
ユニバーサルプリコーションの普及を
バンコマイシン耐性菌を含む多くの耐性菌は,人間の不注意な抗生剤や抗菌剤の使用によって出現し,あるものは動物から人間へ,ある例では人間同士の交差感染により現在の状況を生んだともいえる。また,nosocomial感染と言われる院内感染の頻度は高い。このように,次から次へと出現する耐性菌への対策の手だてとして考えられるものの1つとして,ワクチンの開発がある。また,新しい耐性菌に向けての新薬開発も確かに有用であろう。しかしながら,最も重要なことは,意外と忘れがちなのだが基本的な対策の実行なのではないだろうか。
医療者のみならず,市民個々人が現在の耐性菌の広がり状態を知り,交差感染予防のユニバーサルプリコーション(Universal Pricoution,後述参照)とその理念を人々に普及させていく姿勢が必要とされていると考える。いくら新薬やワクチンが開発されたところで,個人でできる基本的予防法を実現しない限りは,耐性菌の広がりをくい止めることは不可能である。そのためにも,ユニバーサルプリコーションを常に頭に置いておくことが重要なキーとなる。
なお,「ユニバーサルプリコーション」とは,1980年代のAIDS出現で考え出された概念で,1988年にCDCによって作られたガイドラインである。その基本的な考え方は,年齢,性別,学歴,健常者,虚弱者を問わず,誰もが人は感染する可能性(危険性)があるというもので,そのために医療者が患者の血液や体液を扱う時は,必ずグローブ,ガウン(ともにディスポ製品で可),時にはマスク,ゴーグルを着用をする。また,患者へ説明をすることも大切だが,感染予防上最も大切なことは,注射針を捨てる際にはキャップをしないことであり,各病室の専用ごみ箱に捨てることの習慣づけが必要である。また,感染で最も基本的な手洗いの仕方なども,ガイドラインには各項目別に書かれている
ユニバーサルプリコーションは,アメリカの感染予防教育には必ず出てくる言葉であり,どの医療機関でもこれが盛り込まれた「感染予防対策(プロトコール)」が成文化されたものがあり,医療スタッフはこのプロトコールにより教育がなされている。なお,これらが整備をされていないと医療機関としての認可が取り消されることになる。
地域に向けた予防対策も考慮に
今アメリカは,これまでのサービスフリーな医療システムから,マネージドケアに変わりつつあり,医療提供の場が病院中心から地域ベースへと移ってきている。日本もまた,高齢社会に向けて地域医療が重要視されてきていると思われる。そのような現状にあっては,耐性菌の広がり方も形を変えていくのは容易に想像がつくことである。医療者の耐性菌予防教育も,病院中心の予防対策から,地域へと転換させることが必須となろう。今後日本においても,もっと耐性菌予防策がとられ,その広がりや新しい耐性菌の出現が少なくなるよう願いつつ,この稿を終えたい。
表に示す英文は,私がプリセプター(preceptor;学生および新人看護婦に責任を持って実習指導をする担当者。看護学士以上で,2年以上の臨床経験とCNS等の免許を有するRNなら誰でも登録は可能)として受け持ったTWU(Texas Woman's University)の看護学部4年生が,スタッフ教育のために作成した接触隔離感染予防時の項目で,現在もスタッフ教育に使われているものである。あえて訳さずそのまま英文で紹介したい。
〔引用・参考文献〕
1)CDC : Reduced Susceptibility of Staphylococcus Aureus to Vancomycin-Japan, 1996, MMWR, 46, 624-626, 1997.
2)Lowy F.D. : Staphylococcus Aureus Infections
N Engl J. Med, 339, 520-532, 1998.
3)Bogoard A.E., et al : Vancomycin-Resistant Enterococci in Turkeys and Farmers; N Engl J. Med, 337, 1558-1559, 1997.
〔付録〕
◎バンコマイシン耐性菌出現予防(CDCガイドラインによる)
過度の抗生・抗菌剤使用を控えることが耐性菌出現を抑えることになる。メディカル,その他のコメディカルスタッフの正しい判断のもとにバンコマイシンにどう使用するかを決めることは重要になってくる。
バンコマイシン感受性が低下している時は,黄色ブドウ球菌が存在するのかどうかを観察しなければならない。
最も正確なブドウ球菌への殺菌剤感受性テストは,最小抑制濃度法(希釈肉汁培地,希釈寒天,または寒天勾配拡散法)を使い,24時間培養することである。
CDCによると,MIC=8μg/mlのブドウ球菌株(ナショナル委員会が使用する臨床検査基準ブレイクポイントの中間)は現在のDISK拡散法では発見できない。
また,MIC=24μg/mlの全菌株はバンコマイシン感受性の低下候補菌であることを考える必要がある。全黄色ブドウ球菌でバンコマイシン感受性低下があると推定できるものはCDCに送り確認することができる。
◎殺菌剤のチェック
バンコマイシン感受性低下ブドウ球菌による感染症を治療するためには,抗菌剤をチェックすることは重要であるが,そのためには変わったブドウ球菌株の感受性パターン,感染部位,慣習的治療に対する反応を把握しておく。
いくつかの抗菌剤は,臨床的にVREやMRSA患者を治療するために使用され,またそれらの抗菌剤は,バンコマイシン感受性低下黄色ブドウ球菌にも使われている。どの抗菌剤の有用性も黄色ブドウ球菌の感受性パターンや耐性メカニズムによる。CDCとFDA(The Foods and Drugs Administration:米・食品医薬品局)は,バンコマイシン感受性低下黄色ブドウ球菌を確認した感染症患者の臨床の治療供給者(主に医師)に接触できるようにしている。バンコマイシン感受性低下黄色ブドウ球菌患者を治療している医師は,調査対象薬について下記から情報を得ることができる。
また,それらの医師は,分離した疫学的,微生物学的評価についての説明を送ってくれるようにCDCに頼むことができる。
◆FDA's Division of Anti-Infective Drug Products
TEL(301)827-2120
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