医学界新聞

 

印象記

第67回米国脳神経外科学会

竹中勝信(岐阜大・脳神経外科)


はじめに

 金原一郎記念医学医療振興財団研究助成金を受け,1999年4月24日から同29日まで,米国ルイジアナ州ニューオーリンズで開催された第67回米国脳神経外科学会年次総会に参加する機会を得ました。この学会は,米国の脳神経外科医を中心とし,カナダ,ヨーロッパ,アジア諸国をはじめ,世界中の脳神経外科医の参加のもと,毎年春に米国内で開催されている学会です。同学会へは,1993年バージニア大学脳神経外科留学中,ボストンでの開催時に参加しましたが,その後6年が経過しており,今回は南部ニューオーリンズでの開催ということで,大変心待ちにしていたものでした。
 ニューオーリンズ市は,ミシシッピ川下流に位置し,人口約40―50万人,周辺人口約200万人の大都市です。学会場(写真1)のコンベンションセンターは,観光名所として名高いフレンチクオーターに隣接していて,各種学会が5つは同時に開催可能なほど大きな会場でした。今学会期間中も,米国産業医学会が同時に開催されておりました。

全体の印象

 今回の米国脳神経外科学会に関して,特に感じたことは,教育ということを1つのメインテーマに掲げていた点だと思います。一般演題に先駆けて,手術解剖および手術手技のトレーニングコースが開設され,早朝より始まるこの2日間のトレーニングコースでは,腰椎,頸椎の解剖や脳槽,脳神経,脳室系の顕微鏡学的解剖の講習,パーキンソン病や脳腫瘍の外科的治療の講習,三叉神経痛など機能外科に対する講習,腰椎の椎間板ヘルニアなどの脊髄外科の講習,各種手術アプローチ法の紹介など,各分野の専門家より熱心な指導が行なわれていました(ただし1講座ごとに学会参加費とは別に受講料がかかります)。
 第2点目としては,新しい研究分野にも目を向けていこうとする試みであると思います。例えば遺伝学的に疾患を解明しようとする試みや,悪性脳腫瘍に対する遺伝子治療などのテーマについて基礎医学者の協力のもと,積極的に討論されていました。くも膜下出血後に脳血管が持続的収縮し重篤な合併症を呈する脳血管攣縮のセッションでは,平滑筋細胞内情報伝達機構の解明と,これに基づく治療薬の開発に関する発表がされ,また疾患関連遺伝子の解明に関する研究の発表は,エール大学のギーネル先生により脳海綿状血管腫の家系調査とその原因遺伝子解明に関する報告がなされ,脳血管障害の関連遺伝子解明研究への引き金になることが予想されました。一方,工学系の技術協力により,コンピュータやハイテクを応用して脳神経外科学の発展を追求しようとする試みの発表もされていました。
 第3点目としては,日本ではなじみのない分野ですが,経済学者や衛生学者らにより診療費の適否を考えたり,コストベネフィットの概念により,現在行なわれている診断や治療について,再考していこうとする発表もなされておりました。

発表の成果

 私は,内皮細胞の機能タンパク質の1つで,特にTransforming growth factor β(TGF-β)との相同性を持つエンドグリン蛋白質の遺伝子と脳血管障害との関連について発表しました。この遺伝子は最近,遺伝性出血性末梢血管拡張症(Hereditary hemorrhagic teleangiectasia;HHT-1,またはOsler-Weber-Rendu病)の原因遺伝子の1つだと言われています。リンパ球由来ゲノムDNAを用いて,エクソン7とエクソン8の間のイントロンに6塩基の挿入の存在比率を,脳動脈瘤患者と健常人とで比較検討しました。患者群では,挿入が認められるアレルが有意に多く存在し,その臨床的特徴として高血圧や多発性動脈瘤の合併を認める傾向にあることを報告しました。
 これらに関連する分野の研究報告などより,日本においても組織だったサンプルの収集と,家系を中心とした患者の把握のもと,分子生物学や遺伝学の応用に基づく研究システムの確立の必要性を感じました。

ブッシュ前大統領の講演

 今学会のメイン講演は,ハーベイクッシング記念としてアメリカ合衆国前大統領ジョージ・ブッシュ氏(写真2)による45分間の講演が行なわれました。入場とともに会場の全員が総立ちとなり,鳴りやまぬ拍手の後,ユーモア溢れる講演が行なわれました。
 「暴君はとめられなければならない」。ブッシュ氏は,2000名を超える脳神経外科医に向かってそう訴えました。彼は,ユーゴスラビアの大統領であるミロシェビッチ氏を批判し,アメリカ合衆国は,ベトナムで行なったスタイルとは異なる形でNATOを支援して,もっと平和的なそして民主的な価値観を作り上げることを求めていく必要性を講演しました。イラク問題にも少し触れ,「私が大統領の任を辞して6年がたとうとしているにもかかわらず,サダム・フセインは未だ職についている。これはアンフェアなことではないだろうか」(会場中が拍手と笑い)というジョークを盛り込みつつ,アメリカ合衆国は21世紀をリードし,さらに資本主義と自由主義,民主主義を広く押し進めなければならないと強調しておりました。「国家のシンボルはイーグルであって決して駝鳥ではなく,アメリカ人は砂の中に頭を隠してギブアップをするということをしてはならないのである」と話すと,再度会場は大いに盛り上がりました。
 さらに興味深い話題として,彼は,米中関係に触れ,「中国はゆっくりではあるが資本主義に向かって変化しつつあり,また中国のリーダーたちも変化してきており,アメリカ合衆国は中国と大きな違いは持っているが,敵対関係を望んでおらず,交流し続けなければならない」と訴えました。彼が,唯一の医学的な話題に触れたのは,6月12日の75回目の誕生日の前に計画しているパラシュートジャンプに関するものだけでありました。それは,着地後松葉杖をうまく彼が使えるのかどうかとバーバラ夫人が心配しているというジョークでした。
 帰国直後に起きたNATO軍の中国大使館誤爆というできごとは,彼の講演をいっそう鮮明に思い起こさせました。
 ニューオーリンズの土地柄,会終了後には特産物としての立ち食いの生かき,ケイジャン料理,ジャンバラヤ,ゆでザリガニ(クロウフィッシュ)の料理を満喫することができ(写真3),学会の期間中はジャズフェスティバルが行なわれていたため,バーボンストリートには深夜でも人通りが絶えませんでした。

ユタ大学も訪問

 帰国途中,岐阜大学と姉妹校であるソルトレイクシティのダウンタウンより車で15分ほどの山沿いに存在しているユタ大学も訪問し,在住の橋口先生(留学中)に案内していただきました。国際交流センターで,同大学の学生が10月に岐阜大学へ留学される予定の情報を得た後,医学部と附属病院内を案内してもらいました。この医学部はジェネティックセンター(写真4)が有名で,ここではアンギオテンシノーゲン遺伝子や凝固系ファクターVの遺伝子と疾患との関連に関する有名な研究がなされており,またノックアウトマウスに関しても高名な先生が研究されているとのことでした。遺伝学の研究がさかんな理由として,ユタ州には何世代にもわたり家系が調査保存してあることも特徴としてあげられるとの説明を受けました。
 病院は大変大きく,中でもユタ州はじめ州外北部一帯よりヘリコプターなどを用いて患者が集まるこども病院は,真新しく輝いていました。この病院の脳神経外科主催で,来年,国際小児脳神経外科学会総会が開催される予定だと伺いました。また2002年には冬期オリンピックが,ソルトレイクシティで開催されることもあり,町全体が活気に満ちていました。
 以上,米国の脳神経外科学会年次総会への参加印象記を終えます。