医学界新聞

 

老年者高血圧の治療

老年者高血圧の治療ガイドライン――1999改訂を中心として

小原克彦 愛媛大助教授・老年医学


はじめに

 高血圧は,脳血管疾患,心臓疾患を含む心臓血管系疾患の最も主要な危険因子である。高血圧は加齢とともに増加し,65歳以上の高齢者では約60%が高血圧に罹患している。さらに,心血管系リスクとしての高血圧は,老年者ほど大きく,高齢社会が進行しているわが国において,高血圧は最も重要な管理・治療の対象である。1995年に,厚生省長寿科学総合研究事業「老年者高血圧の治療ガイドライン作成に関する研究」班(班長=阪大教授 荻原俊男氏)から,老年者の高血圧治療指針が発表されたが,その後,数多くの大規模介入試験が報告され,また米国合同委員会JNC-VI報告1)や,本年2月にはWHO-ISHから新たな高血圧治療ガイドライン2)が発表され,老年者高血圧治療を取り巻く問題が大きく変化した。荻原班の後を受け,「老年者高血圧の長期予後に関する研究」班(班長=愛媛大教授 日和田邦男氏)によりガイドラインの改訂が行なわれた3)
 本稿では,改訂ガイドラインを中心に,老年者高血圧の治療について概説する。

ガイドラインと治療の実際

治療対象年齢と血圧

 老年者高血圧の治療の有効性は,多くの臨床介入試験において証明されているが,その成績をみると,エントリー時の対象血圧は収縮期血圧140-160mmHg以上,拡張期血圧90-100mmHg以上が対象となっており,少なくともこの血圧レベル以上であれば治療対象となる。70歳代,80歳代では臓器障害を合併している場合があり,降圧治療対象血圧はこれより高めに設定する()。
 一方,最近のメタ・アナリシスでは,80歳以上の高齢者における全死亡率に対する降圧治療の効果はなく,また85歳以上の年齢層では血圧値と生命予後が直接結びつかないことも多く,この年齢層では,高血圧が循環系に直接悪影響を及ぼしていなければ,生活習慣の改善のみにとどめ,積極的な降圧薬による新規の治療はメリットが得られる場合のみに限定するべきである。

合併症を持たない場合,第一選択薬として持続性Ca拮抗薬,ACE阻害薬,あるいは少量の利尿薬を選択し,2-3か月で目標血圧に到達しない場合は,第2ステップとして第2薬を第一選択薬の中から組み合わせる。降圧不十分や忍容性に問題がある場合には他の第1ステップ薬剤への変更も可とする。第3ステップとしてこれでも降圧が不十分な場合には,3薬の併用を行なう

降圧目標血圧

 一般に老年者の降圧目標は,若年者あるいは中年者に比べると高めに設定すべきである。その理由として,老年者ではすでに臓器障害を有することが多く,重要臓器,特に脳血流の自動調節能の障害が見られ,薬物の副作用が出現しやすいことなどがあげられる。老年者高血圧の介入試験では,対照群に比して収縮期血圧12-19mmHg,拡張期血圧4-10mmHgの降圧により,脳卒中は40%程度,冠動脈疾患は20%弱減少することが示されている。一方,臓器障害を有する例では,降圧によるJ型現象が観察されており,収縮期血圧150mmHg以下,拡張期血圧90mmHg未満に降圧する場合には慎重を要すると考えられる。しかし,J型現象の有無を検討したHOT試験(対象の平均年齢は61.5歳)では,J型現象は認められておらず,降圧治療の効果は収縮期血圧130-140mmHg,拡張期血圧80-85mmHgで最大であった。したがって,60歳代での降圧目標レベルは対象患者の治療前の血圧値にもよるが,忍容可能ならば収縮期血圧140-150mmHg以下に,拡張期血圧は90mmHg未満とする。ただし,70歳代以上では既に臓器障害を伴っていることが多いので,これよりも高めに設定して,より慎重な降圧が必要となる()。

生活習慣の改善

 老年者においても,非薬物療法は重要である。しかし,老年者はライフスタイルが既に確立されており,その変更は実際問題として難しいことが多く,薬物療法が中心となる。

降圧薬の選択

 降圧薬選択に際して,第一選択薬として好ましい条件は,コンプライアンスを保つため,T/P比の高い,1日1-2回投与の薬剤が望ましく,また安価であることも重要である。ガイドラインでは合併症のない老年者高血圧患者に対する第一選択薬として,
 (1)持続性のCa拮抗薬
 (2)ACE阻害薬
 (3)低用量のサイアザイド系利尿薬 の3薬をあげている。
 (1)Ca拮抗薬の利点は,降圧効果が優れており,安全性が高く,禁忌疾患が少なく,他の降圧薬との併用範囲も広いことがあげられる。最近のSyst-EurやSyst-Chinaなどの介入試験でも老年者高血圧に対する有効性が証明されている。
 (2)ACE阻害薬には,降圧効果以外に,心不全に対する効果,左室肥大の退縮効果,さらに,糖尿病性腎症や非糖尿病性腎症に対する腎保護作用など,多くの臓器障害の予防効果が報告されている。ACE阻害薬を老年者高血圧に用いた大規模介入試験の成績はないが,これらの点を考慮して第一選択薬に選ばれた。問題点としては,咳と血管性浮腫があげられており,ガイドラインではこれらの副作用でACE阻害薬が使えないものは,アンジオテンシン受容体拮抗薬の適応があるとしている。
 (3)利尿薬は,老年者高血圧に対して多くの介入試験で効果が報告されている。また,老年者高血圧は,低レニン性・低アルドステロンで食塩感受性のものが多く,体液貯留傾向を有しており,利尿薬はよい適応になる。また,併用薬としての有用性が高く,安価というのも今後重要な選択基準になる可能性がある。一方,低カリウム血症,血清LDL-コレステロールの上昇,HDL-コレステロールの低下,血糖値の上昇,心室性期外収縮,インポテンツなどの副作用が認められ,注意が必要である。

α遮断薬,β遮断薬使用への注意

 Messerliらのメタ・アナリシスでは,β遮断薬は,老年者高血圧患者において,冠動脈疾患,心臓血管系疾患死と全死亡に関しては対照群と有意差がなかった。また,うっ血性心不全,徐脈,閉塞性動脈硬化症,慢性閉塞性肺疾患,糖尿病あるいは耐糖能異常の合併など,β遮断薬の使用が原則的に禁忌となる合併症が老年者では潜在化している場合があり,投与する場合には十分な注意が必要である。
 また老年者高血圧患者では,圧受容器反射機能障害などの調圧異常により起立性低血圧を呈する者が多く,このためα受容体拮抗薬の使用に関しても,十分な注意が必要になる。
 このような理由から,ガイドラインではα遮断薬,β遮断薬を注意して使用すべき降圧薬としてあげ,抑うつなどの中枢性の副作用の強い中枢性降圧薬を,比較的禁忌薬として取り扱っている。
 老年者では,薬剤の排泄が遅延すること,主幹動脈の病変により容易に臓器虚血を来しうることなどの理由から,降圧薬の増量は時間をかけて徐々に行なうべきである。初期は通常量の半量から開始し,4週間間隔以上で増量し,2か月以上をかけて目標血圧に達するようにすることを心がけるべきである。以上の診療の流れをに示した。また,合併症を有する場合の降圧薬の選択を表にまとめた。

おわりに

 「老年者高血圧の治療ガイドライン1999」につき紹介した。本ガイドラインは老年者高血圧診療における画一的な治療法を示したものではなく,あくまでも原則的な考え方を示したものである。個々の薬剤の老年者高血圧に対する有効性については今後の介入試験の成績を待つ必要がある。

〔参考文献〕
1)Joint National Committee on Prevention, Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure:The sixth report of the Joint National Committee on Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure(JNC VI), Arch Intern Med 157: 2413-2446. 1997
2)1999 World Health Organization-International Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension. Guidelines Subcommittee, J Hypertens 17: 151-183, 1999
3)日和田邦男,荻原俊男,松本正幸,他:老年者の高血圧治療ガイドライン-1999年改訂版,日老医誌1999(印刷中)