医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


基礎と臨床の隙間を埋める臨床家必携の1冊

臨床医のための心血管疾患の病理診断基準
Sherman Bloom,他 著/由谷親夫 監訳

《書 評》和泉 徹(北里大教授・内科学)

 心臓病や血管病の病理にいささかでも興味を持っている臨床家には必携のガイドブックが現れた。この“Diagnostic Criteria for Cardiovascular Pathology―Acquired Diseases (ed. by Bloom S, Lie JT and Silver MD,) Lippincott-Raven Pub, 1997”を,すぐさま本邦でも日常診療上役立つようにまとめてくれた由谷親夫博士をはじめとする国立循環器病センターのスタッフの努力に心から感謝する。

心臓は単調な臓器?

 多くの解剖学者や病理医に出会うたびに交わされてきた会話がある。「なぜ,君らはあのような単調な臓器に興味を持っているのか?」である。心筋に血管。確かにマクロやミクロからみればシンプルすぎる。ダイナミックな臓器は動きが止まれば,ただの筋肉塊でありチューブでしかない。
 しかし,心・血管病の臨床医は心臓や血管が持つダイナミズムに魅せられて,19世紀から診断法と治療法を追い求めてきた経緯がある。不肖,私もその脈絡をなぞってこの分野に足を踏み入れた。20年前のある日,心電図診断に頻繁に用いられる「心筋障害」に大いに疑問を持ったのである。高度の心筋障害との臨床診断が得られながら,剖検時には2-3行の簡潔な記載で淡泊にまとめられて病理報告が帰ってくるのである。あまりにも大きなギャップに好奇心をそそられて今日に至っている。今なお,この疑問は氷解していない。むしろ,内分泌学,免疫学,分子生物学,そして遺伝子学検索を通じて心筋や血管のパトメカニズムを追い求めるたびに謎は深まっている。
 その大きな理由に,心・血管病では一般的に1つひとつの疾患概念が多方向からの定義づけに欠けている点があげられる。例えば,心不全である。この疾患概念には生理学的な特徴は明記されているものの,形態的特徴は何1つ見られない。心筋症も冠スパスムも然りである。病理学的特徴が決して病態を理解するキーポイントにはなっていない。心臓病や血管病には,未だ,生理学的,生化学的,形態学的,代謝学的にまとまりを持った説明ができる疾患概念が少ないのが実情である。その意味では発達段階の医学である。しかし,臨床的なアプローチは診断法や治療法の進歩もあって基礎医学者が考える以上に進んでいる。この臨床と基礎との間に生じた隙間を多くの臨床医が常々不満に思っていた。
 このガイドブックがめざし,由谷博士が翻訳を企画した意図も,臨床・基礎間の隙間解消に凝縮されるであろう。したがって,評者も,ガイドブックに記された病理診断基準が広く繁用され,使いこなされ,数々の異論を巻き起こしながら心・血管病の病理学的理解がさらに進むことを心から願っている次第である。
B5・頁208 定価(本体6,000円+税) 医学書院


新しい時代における医療の指針を提示

内科外来診療マニュアル 第2版
吉岡成人 編集

《書 評》山本和利(札幌医大教授・地域医療総合医学)

患者にどうアプローチするか

 右肩から前腕にかけてのしびれが3か月前より悪化した63歳の男性が受診した。どのようにアプローチしたらよいのだろうか。『内科外来診療マニュアル』第2版をもとに,順を追ってみよう。第1章の主訴から診断への19項目の中にしびれが取り上げられている。そこを開くと「しびれをきたす疾患の鑑別」としてまず問診のポイントが8つ書かれている(運動麻痺,感覚異常の性状,時間による変化,職業,アルコール摂取など)。次に,急性,亜急性,慢性のしびれ(上肢・下肢)の3つに分けて鑑別診断があげられている。「上肢に起こった慢性のしびれ」をみると,変形性脊椎症,手根管症候群の頻度が高いと記載されている。正中神経,橈骨神経,尺骨神経のそれぞれに障害が起こった時の例が図示されている。上肢,下肢の神経支配の分布図も載せられている。診察のポイントとして,赤で囲って最低限のものが記されている。尺側の痛覚低下が手掌尺側に限局し,第4指に境界があり,前腕にまで伸びているので,C8-Th1が考えられそうだ。「検査のポイント」には必ず行なう検査として,CBC,ESR,一般生化学,血糖値,HbA1c,CKとある。この患者のように変形性脊椎症が疑われた場合には,RAテスト,FreeT3,FreeT4,TSH,血清ビタミンB1,頸椎X線写真撮影,神経伝導速度を行ない,頸椎X線写真で変形が著しければMRIを行なうとある。最後に治療として,急性の脊髄障害,脳血管障害への対応が述べられ,あいまいな診断の下でのビタミン剤処方を戒めている。
 第1章の主訴から診断では,間違いを減らし,患者の損害を最小にするために,「典型的な症状を呈するまれな疾患よりも,非典型的な症状を呈していても日常ありふれた疾患を想定すべきである」と認識し,「治療可能な重篤な病気は見逃さない」という姿勢で臨床を行なうよう書かれている。また,side memoや本文の中に,解釈モデル,健康信念モデル,家族ライフサイクルなどの患者の背景(病歴,家族,地域,文化)を重視する医療人類学的な知識を散りばめている。
 第2章の「common diseaseへの対応」は,いわゆる「治療マニュアル」と同様に代表的な治療メニューの記載になっている。その中にあって異彩を放つのは,日常診療と臨床疫学という項目を設けて,検査をするときの心得(検査前確率,感度・特異度,尤度比)を簡単な数式を示して説明していることである。その具体的な例として,高脂血症と糖尿病についてはnumber needed to treat(NNT)が導入されて,「1人の患者の予防効果をみるためには何人の患者を治療しなければならないか」というような説明がすぐに使えるようになっている。
 第3章の「検診異常者への対応」は,臨床疫学的アプローチまでは触れていないが,日常よく遭遇する問題への対応のしかたをわかりやすく解説している。

EBMと行動科学的手法

 近年,臨床経験や病気とその病態生理を十分に理解するだけでなく,臨床疫学を基礎知識にして,それを実践する方法論(答えられる疑問文を作り,情報を収集し,文献の批判的吟味をし,自分の患者への適用を判断する)としてのEvidence-Based Medicine(EBM)が注目を浴びている。ただこれだけで理想の医療が展開できるわけではない。実施すべきかどうかという点で意見の分かれる治療法や,治療法を科学的に評価した根拠がまったくない事項が多いことも事実である。それゆえ,患者の苦悩を察知する能力も要求され,その解決には行動科学的手法も必要とされる。実際,ありふれた問題ほど診断法,治療法は不確実で,相対的で,選択肢が多いと言える。そうなると,必ずしも正しい答えがあるわけではないので,どのような診断法や治療を選択するかは,患者の考えと医師の考えとを突き合わせて決めることになる。
 この本の著者たちは,70点の合格点がとれる診療を目標としたと述べているが,あえて付け加えると,内科の第一線で診療を行なう研修医や学生に,これまでの臨床の方法から新しい方法へとパラダイム・シフトしつつある過渡期における医療の指針を示そうとしているように,私には思える。
B6変・頁368 定価(本体4,100円+税) 医学書院


医学生・研修医のための最良の診察・診断マニュアル

ミシガン診察診断マニュアル
高久史麿,竹田津文俊,箕輪良行 監訳

《書 評》川西秀徳(福岡徳洲会病院副院長,教育研修センター長)

 内科治療マニュアルとして米国の高学年医学生・内科レジデントの座右の書となっているのが“Washington Manual”である。私も米国での内科初期研修中いつもポケットに入れて活用していた。日本語版『ワシントン・マニュアル』も,グローバル医療のレベルを知り実践するための書として,日本のすべての内科系医師・研修医に推薦する次第である。

確かな診断・診療スキル

 さて,この高い水準の治療を支えるのが,確かな診察・診断スキルである。今回『ワシントン・マニュアル第8版』と同時に刊行された『ミシガン診察診断マニュアル』は,私がファカルティメンバーとして働いた米国ミシガン大学の内科・外科系のスタッフが共同執筆した医学生・研修医対象の診断学マニュアルで,初版は1936年と古い。
 このマニュアルを読む前に,まず付録Aのミシガン大学医学部1995年卒業生Adam Goldsteinの講演録を何度も読むとよい。彼の患者体験を通しての医師のあり方が書かれた真珠のように輝く心打つ一編で,ここによき臨床医の真髄をみるであろう。
 本文は簡潔に「病歴」の章から始まり,臓器系統別に第2-16章まであり,適当な図表が付いていて大変読みやすい。各章のはじめには専門用語の説明があり,初期医学生にもわかるように配慮されており,診察手順,診察所見(正常・異常所見),主症状,有用な検査,診断方法(費用の目安も含めて),時に臨床例,最後に文献データベース用のキーワードまで丁寧に記載されている。加えて第17章に外傷急性期の患者,第18章では小児診療についても述べられ,内科・外科ばかりでなく全科をカバーしている。「前文」にもあるように,臨床診断スキルを学び取りそれを十分に駆使するのは,患者のベッドサイドであり,外来診察室である。この診断スキルを通して正確で信頼度のあるデータを集めるプロセスが,その患者の疾患を誤診なく,効率よく,経済的に治療することにつながる。

常にポケットに入れ臨床研修の現場に

 本マニュアルは医学生ならびに初期研修医の方々にぜひ読んでほしい診断学入門書であり,常にポケットに入れ臨床研修の場で十分に役立たせてほしい。
A5変・頁456 定価(本体6,000円+税) MEDSi


病院医療の現場に新しい息吹き

クリティカル・パス
わかりやすい導入と活用のヒント
 立川幸治,阿部俊子 編集

《書 評》岩崎 榮(日医大常任理事)

医療の質向上・改善を考える

 時代の潮流だから仕方がないといえばそれまでだが,実に最近の医療界,特に看護界での情報の流通は早くて目が廻るほどだ。
 ことクリティカル・パスについては,またたく間に日本を席巻したといっても過言ではない。しかし,ケアマネジメントツールとしてZanderらが「CareMap」と商標登録したことをクリティカル・パスの始まりとすれば,爾来もう7-8年は経過したことになる。
 今わが国はようやく医療変革が始まろうとしている矢先でもある。それは,英米に遅れること10年余りとみられる。しかし見方によっては,今もってしても改革は始まっていない。
 医療現場では毎日の診療の場で,国民や患者の要望に直接的に応えなければならない状況におかれている。制度が変わらなくも,提供の仕方は変わらざるを得ないところにまで来ている。医療の質を維持させながら,効率性の追求をしなければならない。むしろ効率性をよくすることも質の向上・改善の1つなのである。
 このように考える時,クリティカル・パスが導入されたのも至極当然のことであろう。クリティカル・パスが患者サービスの質の改善や向上に役立つことであれば,双手をあげてすべての医療機関が導入しなければならないことになる。
 本書の編者代表が言うように,わが国の医療界(看護界といったほうがよいのかも)は,従来から“カタカナ言葉”での新しいシステムを導入するのには,いささかの抵抗もなかった。問題指向システムといわれるPOSも然り。しかし,すばらしいシステムでありながらも,定着するところにまではなかなか至らないのも日本の現実である。
 今回のクリティカル・パスがどうなるかについては,その動向を見極めなければ検証できないが,一時のブームに終わらせたくないというのは,本書の執筆陣の願いであろう。
 食わず嫌いな人を含めて,1度はこのクリティカル・パスに接してみてはどうだろうか。なぜならば,一般産業界においては,この程度のマネジメントツールはすでに十分に検証済みなのだ。問題はこのツールをいかに患者の問題解決のための過程(作業工程)に応用できるかということなのである。

医療に対する認識が変わる

 本書はクリティカル・パス導入のための入門書であるだけでなく,病院医療の現場に新しい医療の息吹きを与えることができるものとなっており,それはまた本書の最大のねらいともなっている。本書の活用の段階において医師をはじめ,すべての医療従事者(事務職を含めて)の医療に対する認識が大いに変わることは間違いない。現場が変われば病院全体が変わる。日本の多くの病院が変われば医療提供システムが変わるはずである。引いては,遅々として進まない医療の抜本改革が,現場から迫られることにもなるであろう。
B5・頁152 定価(本体2,300円+税) 医学書院


効率的に学べる脳波判読の実用的入門書

脳波判読 Step by Step 入門編/症例編 第3版
大熊輝雄 著

《書 評》加藤元博(福岡県保健環境研究所長)

原寸大の脳波で判読トレーニング

 1986(昭和61)年の初版以来脳波判読の定番的入門書として評判の高い『脳波判読step by step』の“入門編”と“症例編”が,第3版としてこの度改訂された。
 今回の改訂の要点は,(1)重要な部分はゴチック活字にして目につきやすくしたこと,(2)脳波には可能な限りタイトルを付けて所見の要点をつかみやすくしたこと,(3)必要な場合には脳波にモンタージュの図をつけて視覚的にモンタージュを把握しやすくしたこと,(4)脳波に加えて模式図を多用し,脳波所見の本質的なポイントを理解しやすくしたこと,などである。これらの改訂によって,本書の特徴である視覚的に理解することの容易さが,さらに倍加したように思える。
 “入門編”では,脳波の基本的構成要素である波について,その周波数や振幅の測定方法が具体的に図示され,また波形,時間的出現様式,頭皮上分布など脳波観察上の重要項目についての読み方が具体的に脳波を示しながら解説されている。しかも所見記載に必要な脳波用語が正確な定義のもとにゴチック活字で示されているので,これらを拾い上げながら所見記載の練習をすることもできる。脳波判読上達のコツは,視察的に判読した脳波所見を文章として記載し,その結果を臨床像と比較・検討することであると思う。文章化することによって,所見の視覚的イメージが頭の中で系統的,具体的に整理され,正しい脳波用語を用いることによって,そのイメージを他人へ客観的に伝えることができる。よい脳波の記載とは,他人にその脳波のイメージを思い浮かばせるような記載であり,その情報が臨床に何らかの有用な貢献をすることであると思う。そのためのトレーニングに,本書は大いに有用であると考える。
 本書の脳波が原寸大で示されていることも重要である。脳波判読に慣れてくると,いちいちスケールをあてなくてもおおよその振幅,周波数,あるいは持続時間などを推定できるようになる。そのトレーニングにも本書は役立つ。また主要項目の後には練習問題がつけられているので,理解の程度を自己評価することができ,また知識の整理にも有用である。

脳波所見と臨床との相関を理解

 “症例編”では,てんかんを中心として,その他にも腫瘍,血管性,炎症性,外傷性,内分泌・代謝性疾患や精神疾患など,広範な脳疾患例が具体的な脳波と簡潔な解説で示されており,脳波所見と臨床との相関を具体的に学ぶ上で非常に効率のよい構成となっている。
 以上述べたように,本書は入門編,症例編ともに,脳波判読を具体的かつ系統的に効率よく学べるよう工夫されているので,脳波判読の実用的入門書として広くお薦めしたい本である。
入門編:B5・頁436 定価(本体7,500円+税)
症例編:B5・頁368 定価(本体9,000円+税) 医学書院