医学界新聞

 

ルポ

COML「山下病院探険隊」

患者の声を「医療」に届けるために

  

協力:山下病院(服部外志之院長,高勝義副院長)
愛知県一宮市中町1-3-5 TEL(0586)45-4511
ささえあい医療人権センターCOML
大阪市北区西天満3-13-9 TEL(06)6314-1652


医療を選ぶ目を養う必要性

 「国民が適切で質の高い医療を安心して享受できることは,医療を受ける立場からは無論のこと,医療を提供する立場からも等しく望まれている」として,1995年7月に,日本医療機能評価機構(以下,評価機構)が設立された。また,同機構では「病院等の医療機関が提供する医療サービスは,医師,看護婦等さまざまな専門職種の職員の技術的,組織的連携によって担われているが,医療の受け手である患者のニーズを踏まえつつ,質の高い医療を効率的に提供していくためには,組織体としての医療機関の機能の一層の充実・向上が図られる必要がある。そのためには医療機関が自らの機能を評価することが重要」と定義づけ,第三者による評価を実施している。
 評価対象となるのは,(1)病院の理念と組織的基盤,(2)地域ニーズの反映,(3)診療の質の確保,(4)看護の適切な提供,(5)患者の満足と安心,(6)病院運営管理の合理性の6領域(精神病院および長期療養病院では種別特有の機能が加わり7領域)。また,機能評価は「書類審査」と「訪問審査」によって行なわれるが,評価料は120-180万円と高額である。評価調査者(サーベイヤー,3-6名)によって行なわれた評価に基づき,各項目の評点が標準的な水準以上であれば「認定証」が発行される。認定証の有効期間は5年間とされているが,本年6月までに全国で228病院が,評価機構から認定を受けている。ただ,サーベイヤーは院長,看護部長,事務部長等の病院管理経験者で組織され,評価の結果は評価機構から公にされることはない。
 医療の受け手側であるはずの一般市民がサーベイヤーとして加わることがなく,「市民や患者の視点」が反映されていないのではないかと,ささえあい医療人権センターCOMLの辻本好子代表は,この評価機構のシステムに疑問を持っている。
 「専門家の目で評価した結果が国民に情報公開されていないことに対して,強く批判する声もあるようです。しかし,手探り状態の現状の評価結果は『いらない』と私は思っています。それよりも,自分がかかっている病・医院がどうであるか。医師とのやりとりで安心し,納得できているか。あるいは施設や設備,スタッフの対応などが満足させてくれているかなど,患者1人ひとりがどのような医療を受けたいかを自問自答した自分の基準で『選ぶ目』を持つことが必要だと思っています」と辻本氏。

医療機関の改善のきっかけになれば

 COMLは,「医療を消費者の目でとらえ,賢い患者になりましょう」を合言葉に,1990年9月に活動を開始した小グループであり,患者1人ひとりが「いのちの主人公」「からだの責任者」としての自覚を持ち,主体的に医療に参加していこうと呼びかけている。また,「患者と医療者が対話を重ねる中から,互いに気づき,歩み寄り,よりよいコミュニケーション作り」をめざしているCOMLは,「病院探検隊」を1996年から始めた。「患者・市民の視点を病院改善に役立ててほしい」が原点であるが,その経緯について,辻本氏はこう語る。
 「専門家の目で評価した結果が情報公開されないという評価機構の姿勢を批判しているより,患者である自分たちが病院をみていこう。まずはその目を養いたいと考え,『病院探検隊』の活動をスタートすることにしました。元気なうちから医療機関を見学し,病気になった時にどのような医療を受けたいか,医療を選ぶ目を養なおう。そして,見学を通して感じたこと,気づいたことを率直に医療機関にフィードバックしていこう。そうすることが医療機関の改善のきっかけになれば……,というのが病院探検隊の目的です。病院を利用する私たちは,単なる見学に終わらず,現場スタッフや管理職と対話する中で患者の個別性を伝え,医療消費者としての声を届けようと考え,その実践に努力をしています」
 評価機構は,評価を終えた後報告書はまとめるが,現場スタッフとの話し合いの場は持っていない。
 「病院探検隊」は,これまでに準備期を入れて13病院・施設に入り,活動してきた(下表参照)。なお,病院探検隊はボランティアとCOMLのメンバーで組織され,病院給食の試食もあるが実費を支払うなど基本的には無料活動である。本紙では,本年5月に実施した山下病院(愛知県一宮市,服部外志之院長)探検隊に同行した。

COML「病院探検隊」のあゆみ
実施日探検隊先所在地
準備期諏訪中央病院長野県
1995.2.23島田病院羽曳野市
1995.5.20東住吉森本病院大阪市
1995.8.1松尾クリニック八尾市
1995.10.11ヴォーリズ記念病院近江八幡市
1996.3.12橋本クリニック守口市
1996.5.28湘南病院滋賀県
1996.8.15特別養護老人ホーム「喜楽苑」尼崎市
1996.10.24岡山中央病院岡山市
1997.6.25聖隷三方原病院浜松市
1997.10.6姫路聖マリア病院姫路市
1998.7.29老健施設「ウエルハウス川西」川西市
1999.5.18山下病院一宮市
※太字は日本医療機能評価機構より認定を受けている病院

「山下病院探検隊」が行く

「山下病院」概要
創  設:1901(明治34)年。地域住民の要請から内科,外科,婦人科を診療科目とする尾張地方唯一の病院(20床)として誕生
診療科目:消化器科,緩和ケア,ペインクリニック,循環・呼吸器科,整形外科
スタッフ:医師26名,看護職128名(うち准看護婦30名,補助看3名),薬剤師6名,放射線技師11名,検査技師11名,その他(事務職含む)42名。現在は144床

 山下病院は,1997年に評価機構から認定証を受けているが,「認定はもらったものの,患者の視点からの評価はなかった」と物足りなさが残り,COMLに「病院探検隊」を依頼した。同病院は,「(1)病める人への思いやりの心,(2)絶えず勉強し,質の高い医療,(3)患者さんの身になって,(4)患者さんにやさしい療養環境,(5)地域の先生方と手を取り合って地域医療に貢献」を基本理念に掲げ,「ホテルのような」快適環境を誇り,施設内には美術に秀でた院長の見識がいかされている。それは,玄関ロビーや廊下などを飾る絵画等の美術品,違和感なく配置された装飾品に表れており,誰もが癒される配慮がある。また,それまでの200床を144床へとダウンサイズ。1床あたりの面積を8m2に拡大し,本年4月には13床の緩和ケア病棟もオープン。健診,一般診療,緩和ケアと一貫した消化器病診療体制が確立された。
 今回,「山下病院に探検隊が来る」と知っているのは,院長,副院長,看護部長,事務長および副院長補佐役のケースワーカーのみで,他のスタッフは知らない。「山下病院探検隊」のメンバーは,施設職員による案内見学4名,自由見学2名,「飛び込み患者」3名,電話による医療相談1名の計10名だが,「病院探検隊」のユニークさは,「飛び込み患者」にある。見学によるフィードバックも必要だが,医師や看護職等のスタッフがどう患者に接するのかをみるには患者になることが最適だ。
 その患者の役割だが,「外来へニセ患者役で受診に行くとなぜか発熱する」という特技を持つ高橋さんは,今回も原因不明の微熱が続いている,という役となった。また,COMLスタッフの田中さんは,「両親に内緒で彼と半同棲中。今春大学を卒業したものの就職浪人で,激痛でないものの右腹と背中に痛みがあり,生理も遅れている。市販の妊娠判定薬では『妊娠の可能性あり』。保険証はなく受診料は足りるだろうと思いつつも3,000円しか持っていない」という役柄。何科の受診となり,どこまで妊娠を疑うか(山下病院には産婦人科はない),足りない診察費はどうするのかが焦点になる。同じくスタッフの山口さんは,整形外科を受診し,その時に他科への受診の依頼を行ない,接遇対応をみる。さらに電話相談の藤本さんの相談内容は,「夫が癌の手術を受けたが再発し,『もう長くない』と告げられたが,夫には良性腫瘍としか言っていない。ホスピスがいいと聞いたがどのような施設かわからない。ホスピスは真実を告げなければ入れないのか」というもの。


3階病棟の談話室で長期入院患者に声をかける探険隊のメンバー。緻密な切紙細工を仕上げていた

診察室(中待合室)に案内される辻本氏(左)。中待合室はプライバシーが守られているとの意見が多かった

高い理念の実践はすばらしい,でも…

 山下病院側は高勝義副院長が主に応対。病院の理念,施設の概要,緩和ケア病棟開設の理念と現状,そしてあるべき医療などについてのオリエンテーションを受け,院内施設をくまなく案内された。その病院は,異様なほどの静けさで,病院特有の喧騒さがない。他の病院と比べても静かなことは,山下病院の持ち味なのかもしれない。これは,探検隊の誰もが感じたことでもあった。 高副院長は,静けさの理由をこう語った。「山下病院は,病床利用率は平均82%。まして現在は入院患者が少なく,今日は外来患者も少ない。また,急性期の病院であり,平均在院日数は約20日。患者さんは治療に専念すべく,なるべくベッド上でくつろぐべきと考えている」。この「治療に専念」の理念は,食堂や外来の待合室にテレビや書籍を置かないシンプルさにも見受けられる。しかし,これに関しては患者さんから「くつろげる場所がない」という聞き込み情報があったことも事実。
 5階にある健診センターは,朝8時から2時間程度で終了する健診スケジュールプランが立てられている。それを可能にしたのは,「内科医4人が8時から活動。検査技師,放射線医・技師の数も多く,腹部超音波装置などの機材も多い」からだ。1日に50-60名,年間で1万2000名が健診を受けているという。また,4階は個室中心の病棟だが,現在は「個室利用の患者さんはほとんどいない」とのこと。1床あたりの面積が広いことは,多人数部屋でも個室感覚で使えることに理由がありそうだ。さらに2階には,本年4月にオープンした緩和ケア病棟がある。ここは現在満床の状況。
 看護職と廊下ですれ違うと「こんにちは」と挨拶される。そして,胸のネームプレートには「こころのかよう医療」の言葉が,肩には「良い説明 良い医療」の刺繍があり,「真実を語る」ことを基本とし,患者とともに治療を進める接遇姿勢が表れている。また,それに伴う医療情報公開を率先,実践する姿は,病院のあり方の見本として評価されよう。しかし,後半に行なった病院スタッフとのディスカッションの中からは,「全面告知の難しさ」も指摘された。
 1階の壁には,病院の基本理念が掲げられている。そして,初診者のために案内人が立っている。ちょっと躊躇していると「いかがされました?」と飛んでくる。それはホテルマンをトレーナーに接遇の勉強会などを開いてきた成果でもあるのだが,それを共感する一方で,探検隊の他のメンバーから「過剰なアシスト」との意見もあった。
 また,「病院特有の臭い,消毒薬の臭いのない快適な住居環境」が特徴と高副院長は言うのだが,探険隊からは,「いい意味での人間臭さが感じられない」という声があり,また「モダンな施設空間からは,施設者の個性が伝わってくるが,『押しつけ感』に似たものを感じさせられた」との感想も病院側に伝えた。
 これらに対して,山下病院側は真摯な姿勢で,素人感覚の辛口の意見に耳を傾けていた。評価機構から第1級の認定を受けながら,それを「是」としたままでなく,「患者のこころを大切に」を考えるその姿勢からは,今後ますます必要とされる医療の受け手と支え側との「共感」が見えてきた。また,その「共感」は,患者と医療者がともに手を携えることで成立していくことを,改めて思い知らされた1日であった。

  
手術の模様は,この部屋で家族もモニターを通して診ることができる(左)。特別室を案内する高副院長(右)

  
各フロアの廊下には絵画,美術品が展示されており,トイレの前,階段にもそれぞれ配慮が凝らされている。また,病室の1つを改造した食堂(左)がある。右は,5階の健診センター待合室

美術に秀でた院長の見識がいかされている玄関ロビー。岡本さん(写真左)は,総合案内のプロ。「患者と同じ高さの視線で姿勢をこころがけている」という真摯な態度に共感も 「病院がめざす医療の実現のために,医療スタッフがどのように連携をとり,プロフェッショナル性をいかに発揮するのか,スタッフ1人ひとりの意識があまり伝わってこなかった」と,辛辣な意見もあったスタッフとのディスカッションに出席した看護職

「病院探検隊」の特徴でもある病院側へのフィードバックとして,スタッフおよび管理職とのディスカッションが行なわれた。そこでは,探検隊のメンバーが見聞きしたこと,感じたことを率直に,時には辛口に意見を述べながら,ディスカッションされる
「山下病院探険隊」スケジュール
10:00~ 「飛び込み患者」外来受診
見学班はオリエンテーション
11:00~ 病院施設見学(案内,自由)
12:15~ 病院給食の試食
13:00~ 病院施設自由見学(全員)
14:00~ 探検隊打ち合わせ
14:30~ 現場スタッフとのディスカッション
15:45~ 管理職スタッフとのディスカッション
18:00 終了