医学界新聞

 

座談会

教員と指導医の教育能力の開発
Faculty Development

尾島昭次氏
岐阜大学名誉教授
日本医学教育学会副会長
金 勇一氏
ソウル国立大学教授
Director, National Teacher
Training Center,
Republic of Korea
堀 原一氏<司会>
筑波大学名誉教授
日本医学教育学会会長
細田瑳一氏
榊原記念病院院長
日本医学教育学会副会長


FDとは?-その意味と必要性

「Teacher Oriented」から「Patient & Student Oriented」へ

 この度,日本医学教育学会が創立30周年を迎えました。学会が30年間努力してきたことをひとことで言えば,「Faculty Development(以下FD)」ですが,30周年を記念して,それをテーマとした「環太平洋医学教育シンポジウム'99」が1999年2月初めに,日本学術会議講堂で開催されました(本紙第2329号にて既報)。
 このFDという言葉の適当な日本語訳がない(注)のですが,「大学医学部教員・臨床研修病院指導医の教育能力の開発」と定義してみます。もちろんFDという言葉には,教育能力だけでなく,医師であれば臨床能力,また研究能力,リーダーシップおよびポリシーメーキング,管理運営能力ということも重要な対象として含まれます。
 〔(注)かりに「教員・指導医の開発」と言う。中国では「師資発展」とする名訳がある(堀)〕
 大学の教員は,初等・中等教育の教員と違いまして教員免許証も持たず,教育方法,評価方法などについての修練を経ないで教育しています。またよく言われることに,わが国では主として研究業績で大学教員が選考されているという問題もあります。
 まず尾島先生,大学教員あるいは研修病院の指導医の備えるべき能力あるいは任務について具体的にお考えをお述べ下さい。
尾島 戦後多くの方が欧米諸国に留学して研究方法を学んできましたが,教育方法や教育に対する意識についてはそれほど学ばなかったのではないでしょうか。そのひずみが昭和40年代当初の大学紛争につながったと言っても過言ではないと思います。
 欧米では伝統的に研究のみならず教育にも力を入れてきましたが,わが国ではそうはいきませんでした。その上,ここ約20年間の医学・医療が「分子」のレベルまで深くなると同時に,一方では社会への広がりを持ってきましたが,そうした深まりと広がりに対してわれわれ教員の側が十分対応していなかった。そこに一般市民や患者さんからの医学・医療に対する不信や苦情が増えてきています。つまり社会のニーズに十分対応し切れなかったことに,近年わが国でもFDの必要性が高まり,また叫ばれている歴史的必然性があると思います。
 あくまで社会,特に患者さんと医学を学ぶ学生のニーズに対してわれわれはもっと努力を払う必要があります。つまり,従来は「Teacher Oriented」とも言うべき教師中心の教育や研究であったものを,これからは「Patient & Student Oriented」に転換していかなければならない。そこら辺りにこのFDの意味と必要性が強調される所以があるのではないかと思います。

韓国の医学教育事情

 今回のシンポジウムには,お隣りの韓国や中国,フィリピン,スリランカ,オーストラリアおよびアメリカ合衆国など環太平洋の国々のリーダーをお招きしましたが,特に今日は韓国のソウル国立大学の教授であり,またNTTC(National Teacher Training Center)のディレクター,韓国医学教育学会前会長でもある金先生にご出席いただいております。金先生,FDについてのお考えをお聞かせいただけますか。
 FDに関して私どもはそれほど経験があるわけではありませんが,韓国における医学教育の問題点は日本とあまり変わらないと思います。というのも,韓国の医学教育も「教師が教えないと学生は学ぶことができない」という考えに始まっていますが,尾島先生が言われたように,医学教育は他の分野と異なり,社会や地域と非常に密接な関係を持っています。地域に対する影響が甚大ですから,教える側が関心を持たなければ,医学教育と医療が別個に動くという結果になります。
 今回,日本の大学や病院を拝見させていただきましたが,ご自分の学生の教育は熱心にしておられるのですけれども,それは自分自身,もしくはご自分の大学だけのものであって,まだそれを国全体として拡げて盛り上げておられないという印象が残りました。最近は,医療の質が大きく変わっています。例えば老人問題。それからコンピュータや分子生物学など医学の周辺科学が拡大しています。教師たちはそういうことに関心を持っているのですが,それをどう教えるか,あるいは学生たちがどう学ぶかということには関心を持っていないことが問題になっています。
 また,地域の住民は従来は病気に罹ってから病院に来ましたが,21世紀になると,「Better Quality of Life(QOL)」という考え方を基盤にして,疾患の予防やHealth Promotionに関心を持つようになります。したがって,疾患について教えるだけでは真の医学教育にならなくなります。もう1つは,これまでの医学教育の経験則的な側面を改善しなければならないと思います。これは教師自身の問題だけではなく,大学や国の問題であるとすれば,誰がそのようなことに関心を持って解決していくのかが重要になると思います。

広い視野に立った認識を持って

 韓国もわが国と似た問題を抱えていることがわかりました。
 細田先生はどのようにお考えですか。
細田 両先生からお話がありましたが,医学・医療の社会的な意味合いという観点からは,社会の変化に応じて大きく変化しています。これまで日本では国民皆保険という面での貢献もあって,「延命」「予防」「母子衛生」,あるいは「疾患の治療」という点に大きな力が注がれ,それなりに成功してきました。しかし近年,社会のニーズが大きく変化し,それに対応する医師像が求められています。
 また一方では,QOLという面における価値観の多様性と問題もあります。他方では,情報開示,あるいは人権の問題という世界的な社会の動きに応じた変化があって,そうしたニーズの変化に応ずるためには,従来の教育・研究とは趣きが異なってこざるを得ません。広い視野に立った認識を持って教育に当たらなければいけませんし,医学教育全体をもう少し見直さざるを得ないと思います。

社会と医学の変化-社会・医学からの要求

5つの問題点

 ところで,WHOが1968年にいわゆる「アルマアタ宣言」を提唱した頃から,社会と医学が急速に変化する時代に入りました。WHOが,発展途上国を中心とする世界の数十億の人々の健康をより良く保つために,病院を建て,医療機器を高度化し,医薬品を湯水のごとく供給することよりも,Health Manpower,つまり医師や看護婦をはじめとする医療者の教育が最も有効で,かつ必要だと言われ始めました。しかも,そのためにはまず医療者を教育する指導者を教師として養成することが,迂遠に見えて最も近道であるという考え方を出しました。それに通ずるのが本日のテーマFDだと思います。
 皆さんが異口同音に指摘なさったように,社会が大きく変化してきました。高齢化や慢性疾患の増加,あるいは医療資源の限界という問題だけでなく,医学そのものも価値観,サイエンスやテクノロジーおよびその評価が変化しているわけです。これらの変化に伴う社会・医学からの要求が,医療者を教育する者の双肩にかかってきていると言っても過言ではないと思いますが,その点に関してはいかがでしょうか。
尾島 先ほどの話にもう1つ付け加えれば,教師のグループ,つまりFaculty(教師団)としての組織面におけるシステム作りがわが国では遅れていました。この両者の意識を変えていくことが現在の医学教育で最も必要なことだと思いますし,また社会から求められているのではないかと思います。そうした個人と社会,個人と組織の両方を改革するための要素として,私は5つの点を挙げたいと思います。
 1つは医学教育を取り巻く制度的な環境です。大学設置基準の改正や,「21世紀医学・医療懇談会」の報告書などもその1つです。それから,これまで乏しかった医学教育に関する研究を深めることが第2点目にあります。最近はFDという立場から医学部の中にそうしたデータを開発していく組織ができ,名称はさまざまですが,80医科大学中10大学がそうした組織を持つに至りました。また,それとは別に,現在「日本医学教育学会」は6つの常置委員会と10のワーキンググループを置いて,医学教育に関するリサーチを行なっています。先ほど述べた10の大学のみならず,ほとんどの大学からたくさんの先生方が参加して改革を促進しています。
 第3点はそれらの教員の中にプロモーター,コーディネーターというべき教員の存在ないし出現も重要だと思います。第4は教員の意識の変革です。そして最後に,学長,学部長,病院長など管理者のリーダーシップの重要性を5つめに挙げたいと思います。これらがすべて,現在の教育改革を促進し,それの結果,FDが進んでいくのではないかと思います。

医学・医療教育者の任務と使命

「What to teach」から「How to study」へ

 金先生,FDという観点からみて教員の任務,責任,使命は何でしょうか。
 韓国においても,大学の教員の義務としては,研究と診療と教育の3つがバランスよく発展することが必要だと言われていますが,重要なことはそれらの比重です。 研究や診療に比べると,教育は最終選択肢になっています。特に,大学院教育は力を入れていますが,学生教育は教師たちはそれほど関心を持っていません。研究に比べて学生教育への力の入れ方は1%もないと言ってもいいのではないでしょうか。
 私はこれまで教授中心,講義中心だった教え方を変えなければいけないと思います。教師自身が「何を教えるか」という姿勢から,学生を主語にして「どのように学ぶか」という姿勢,つまり「What to teach」から「How to study」という考え方に変えていかなければいけないと思います。

良い研究者・良い臨床医はすべて良い教師か

 主体は学生で,教師は支援者ということですね。ところで,昔から,「良き研究者は良き教師である」,また「良き臨床医は良き教育者である」という神話のもとに,大学の教員や研修病院の指導医が選ばれてきたと思いますが,その神話はいまや通用しないのではないかと言われ,FDの重要性が指摘されている原因でもあると思います。放っておいても,教員は研究をしますし,指導医は診療をします。しかし,こと教育ということになると軽視される傾向にあります。先ほど尾島先生からご指摘がありましたが,FDの方法論として遅まきながらわが国の医学部にも「医学教育研究室」や「医学教育計画室」などの名称を持つ部門ができつつあります。また,日本医学教育学会も,数多くのワークショップを催したりお手伝いしています。細田先生,これらの点に関してご意見をいただけますか。
細田 日本医学教育学会のワークショップは,教育技法や臨床研修の指導医師養成の観点からも大きな役割を果たしてきたと思いますし,今後も大きな期待を担っていくと思います。私は,医学は実学であって,実践の伴わない医学教育は意味がないと思います。先ほど金先生が,「研究,診療,教育」と言われましたが,この3つとも実践が伴わないと意味がない。韓国も同じような事情のようですが,大学というものはどうしても研究が中心になって,その業績によって評価されがちになります。Faculty作りに際しても,それを優先しました。しかし,診療や教育もやはり実践を重く考えるべきで,わが国の現状を反省してみますと,本当に診療がよくできる人が大学のスタッフにいたかどうか,また,本当に教育ができる人がいるのかというと,疑わしいところがあります。そういうことが,先ほど金先生がご指摘なさったように,「教育」が段々小さくなってきた理由の1つではないかと思います。

「情報開示」の時代の医学教育

細田 昔の医師は「知らしむべからず,よらしむべし」という考え方でしたが,現在は情報を開示し,医師も患者さんも協力して診療に当たる時代です。患者さんを教育できなければ診療できない。つまり,教育技法を身につけていなければ診療ができない時代になってきました。それが現在,医学教育の重要性が強調されている理由の1つであると思います。そういう意味で,教育技法と言うと,大学の中で,もしくは研修病院の中で上級医が下級医に対して行なうものと思われがちですが,これは日常の診療に直接役立つという形で浸透させなければいけないと思います。そのためには,従来の知識教育だけでは済まされません。やはり,計画立案から,リソースをいかに上手に使うか,そして結果の評価までの技法を身につけた医師を養成することが大事になっていると思います。
 そのとおりだと思います。教員・指導医はもとより,すべての医師や医療者は,患者さんに対して教育者でなければならないと思います。そうでなければ,医療費をいくら投じても意味がありません。
細田 医療チームとしてもそうです。
 団体あるいは組織全体としても広い意味の教育能力を身につけないと,日本の医療は良くならないことがわかりました。

学長・医学部長・病院長・委員長などの責任

リーダーシップやマネージメントも医学教育の対象の1つとして

尾島 医学・医療教育者の任務と使命という点で,細田先生や金先生がご指摘なさったことにはまったく同感です。「研究」「診療」「教育」と次第に細くなってしまいますが,今回のシンポジウムに来日されたトーマス・ジェファソン大学医学部長(Dean)のJoseph S. Gonnella先生の見解をお借りして補足しますと,先生はその3つの他に「リーダーシップ」と「マネージャーシップ」も教育者には必要で,そこに至って初めてFDに繋がると言っております。わが国では,管理職は2-3年で交替することが多いですが,Gonnella先生はもう15年も医学部長をしております。先生のように能力のある人,人望のある人が長くリーダーシップやマネージメントシップを振るえる立場にいてFDのために大きな役割を果しています。
 また,わが国では管理職者はある日突然選挙で選ばれて学部長などになります。トーマス・ジェファソン大学の場合はそれとはまったく異なり,Deanの下にAssociate Deanが5人,そしてその下にAssistant Deanが5人います。Associate Professorの中からAssociate Deanが,またAssistant Professorの中からAssitant Deanが任命されます。専門分野以外に,助教授や講師の時から,そうしたリーダーシップやマネージメントのトレーニングを受け,Assistant DeanがAssociate Deanになり,Associate Deanの中からDeanが選ばれます。こういうヒエラルキーがうまく運営されて,リーダーシップもマネージメントも医学教育の対象の1つになっています。そこが,日本とは大きく異なる点だと思います。
 医学教育と言うと,どうしても教育技法を身につけることだけだと思われがちですが,FDには研究,診療,教育の他にリーダーシップや管理能力が要求されることがいまのお話でわかりました。医学部長や学長,病院長などの管理職者は相当の責任を持っているはずですが,わが国では順番の任期制という弊害もあります。細田先生は病院長をなさっておられますが,ご自身のご経験からお話しいただけますか。
細田 これは非常に難しい問題です。たしかに,マネージメント能力やリーダーシップをとる能力は,それまでの多くの経験に基づくある程度視野の広さが要求されると思います。社会全体を見ていける,あるいは周辺の社会や人間関係について自分の意見を持てる。そういうことがリーダーシップをとる人の素質として求められると同時に,基本的な理念と高い人格,そして将来の方向の見通しを持っている必要があるのではないかと思います。
 それと,“Position makes man”とよく言いますが,マネージメントしていますと,どうしてもそこに情報が集まるようになってきますから,自然と視野が広くなるという側面もあると思います。しかし,先ほどご指摘がありましたが,日本では比較的管理職者としている期間が短いことが大変マイナスになっています。最初から完成された視野が広い人でないと,その能力を十分に発揮できないことになります。
 それでは,いかにして適切な方向へ導くか,いかにしてリーダーシップを発揮するかということになると,ここでも教育技法が非常に大事になると思います。リーダーシップを発揮するにしても,うまくマネージメントするにしても,周りの人を説得しなければなりません。納得させる,説得することは,いわば教育することでもあります。たくさんの情報を集め,その中から先見性を持って,時にはみんなの後ろから付いていくようにしてリードするのがマネージャーの仕事ではないかと思います。

「準備された管理職者」を

 FDの中には管理職者の開発も含むと解釈したいと思います。金先生,韓国ではいかがでしょうか。
 ご指摘のように,リーダーシップがとても重要なことと私も感じています。韓国の金大中先生が大統領に就任した時,「私はPrepared President,つまり準備された大統領だ」という有名な言葉を残しました。ところが,私たちの国でも,準備されていない人が選挙で選ばれて医学部長になります。そして,医学部長になってからはじめて「何をするべきか」と考えますが,2-3年で交替しますから,それほど十分な時間があるわけではありません。
 それでは,金大統領のように準備された状況を作るにはどうすればよいのでしょうか。例えば,将来を展望することや,優先順位を正しく選択することができるか。そういうオリエンテーションを医学部長などになった人に極力早期に行なうことが,わが国の医学教育の発展のためには欠かせないことだと思います。

FDの方法・組織と連携

韓国のNTTCについて

 WHOが1970年代の初頭に,「Health Manpower Development」という戦略を立て,今日のテーマのFDを行なうTeacher Training Center(TTC)を各地に設置することを勧告しました。そして,リージョナル・レベルのものとして,西太平洋地域ではまずオーストラリアのシドニーに設置され,ナショナルレベルのものとしては,韓国がいち早くソウル国立大学の中に設置しました。わが国でも日本医学教育学会が25年前からその設置を提唱してきましたが,1997年7月に日本学術会議の「医学教育学研究連絡委員会」が「医学教育センターの設置について」という報告書を提出し,つい先日,日本医師会が「日本医学教育センター(仮称)設立に関するプロジェクト委員会」を設けましたが,金先生,韓国における経緯と成果をご紹介いただけますか。
 ご指摘のように,1970年に西太平洋地域のTTCがシドニーに設置され,その後ナショナルレベルでは1975年にフィリピンと韓国にNTTCができました。WHOというインターナショナル・レベルがあり,リージョナル・レベルとして西太平洋地域のシドニーがあり,ナショナル・レベルとして各国にNTTCがあるわけです。 私どものNTTCは,来年創立25周年を迎えますが,その間,全国の医科大学の教員,ことに新任教員に対して232回ほどのワークショップを行ない,ここでトレーニングを受けた教師は 現在8000名ほどになります。プログラムの対象には,医師の他,看護婦,歯科医師,その他技術学校の教師などがすべて含まれていますが,約80%は医師です。韓国のNTTCは,「生涯教育(CME:Continuing Medical Education)」「FD」「R & D」「Media Development」の4つの部門から構成されていますが,そのルーティンの活動をまとめると,(資料1)のようになります。

アジア特有の問題点

 ところが,西太平洋地域でアメリカ地域,ヨーロッパ地域のスタイルのトレーニングを試みると,いくつかの問題が生じてきました。というのも,アジア地域の文化の発展形態を考慮すれば当然かもしれませんが,「ジュニア」と「シニア」を一緒にトレーニングすると,どうしてもジュニアは発言しなくなってきます。欧米,特にアメリカの教育はディスカッションの中から始めましたが,中国や韓国,日本の教育は書かれたものを読むことから教育を始めますので,ディスカッションということは馴染みにくく,シニアが優先になって,若い人のアイディアは出てきません。
 そこで,われわれは2つのグループに分けて,特にJunior Faculty Member,若い人たちに対するワークショップに関心を持って見てみましたが,若い人たちは医学教育に関してそれほど固定観念を持っていませんから,斬新なアイディアを発想できるという優位な面があります。しかし,その一方で,やはり診療や研究のほうに強い関心を持っていますので,教育をより実践的に,より身近な課題として捉えられるように方向づけとして,「診療も研究も教育と共にある」という認識を持ってもらえるようにします。

わが国のFDの歴史と現状

 尾島先生,わが国のFDの歴史について解説していただけますか。
尾島 韓国では金先生がおっしゃいましたようにNTTCがいち早くできましたが,わが国には残念ながらできていません。しかし,NTTCなしにそれに近い活動をこの25年間行なってきたことは,ある意味では評価されるべきだと思います。
 わが国に「医学教育者のためのワークショップ」が初めて導入されたのは1974年のことです。その前年に,医学教育界を代表して日野原重明,牛場大蔵,館正知の3先生が,先ほどからお話に出ているシドニーにおけるWHO主催の西太平洋地区Dean'sワークショップに参加して強烈なインパクトを受けて帰られました。その先生方のご推薦で,1973年-1974年に参加の機会を得た数名(順天堂大学医学教育研究室の故吉岡昭正教授,鈴木淳一前日本医学教育学会会長,堀原一先生や小生)が,さきほどの3先生を中心にして1974年に,厚生省主催,日本医学教育学会,文部省科学研究費の助成,WHOの後援のもとに,第1回の医学教育者のためのワークショップを富士教育研修センターで立ち上げました。通称「富士ワークショップ」と言われるているものです。1979年から,厚生省,文部省の主催,日本医学教育学会と医学教育振興財団,WHOの協力・後援という形になって現在まで続いています。その参加内容の概要を整理しますと(資料2)のようになります。韓国の8000人に比べれば遥かに少ないですが,この25年間でほぼ1000人が参加したことになります。
 また,大学,病院単位の医学教育ワークショップの開催状況は(資料3)のようになります。ここで注目すべきことは,国立の場合,設置後の年数とークショップの開催率とは明らかに反比例し,逆に教育改革の熱意はワークショップ開催率とおおむね符号していることです。そこにこの教育者のためのワークショップの意義があるように思います。つまり,一口で言えばこれは教員の意識改革でしょう。新設医大や私立医大のほうが意識改革が進み,ひいてはカリキュラムの改善などとも結びついてくるわけです。その参加者は約1000人になると推測されます。
 さらに,1995年度から「臨床研修指導医養成講習会」というワークショップも開催しています。これは,臨床研修開発をテーマとし,オリエンテーション・プログラムを含むカリキュラム立案能力ならびに臨床研修指導技法の修得を目標とするもので,臨床研修研究会主催,日本医学教育学会後援,医療研修推進財団の委託のもとに行なわれています。1回50名で,すでに12回ほど実施されましたので,600名が参加したことになります。

教員の意識改革が最重要事

 細田先生,この問題についてご意見はございませんか。
細田 私も尾島先生が言われた教官の意識改革,教育に関する意識を高めることが一番大事ではないかと思います。私の経験の中で,最も成果があったと感じたのは,自治医大にいた頃,TTCとほぼ同じ内容の「Problem-Solving Workshop」というものを10年ほど行なった時のことです。堀先生にもご協力いただきましたが,学内で教育に関するプロブレムを取り上げ,日常的に次々と新しいテーマを投げかける。教官がそのテーマに対して自分なりに考え,そこで方針を決めて討論するわけです。学生も一緒でしたが,モチベーションを高めるのに役立ったと思います。
 教育というのは,大学の中ではやはり日常的なことですので,例えば新しいカリキュラムを作るとなると,その時は確かに皆が一生懸命になって活性化するのですが,どうしても長続きしません。教材としてビデオなどを作りましても,1年目,2年目は使うけれども,3年目になるとそうはいかないことがあります。
 教育を受ける側は毎年新しい人ですが,教員の意識の中にこういうことをやろうという意欲がないと,教育というものはなかなか発展しないのではないでしょうか。そのためには,改革という大げさなものでなくていいのですが,教員の精神と言うのでしょうか,新しいことをやるという意識を持ってもらうようにすることもテクニックではないかと思います。
 例えば,アメリカには「ネクスト・チーム」,あるいは「シャドー・ファカルティ」というものがありますね。つまり「再来年に君にやってもらう。再来年の分を,あなたが今年作りなさい」という形で,別にまったく新しいことをやるわけではないけれども,現在担当していない人を引き入れて,次からはこうしようと討論しながら考えるわけです。アメリカの医学教育を見ていますと,そういうことも精神的なモチベーションになって次々と改革を実現しているような気がします。
 そういう常に新しい目標を持って改革することが一番大事なことです。かりに「これで完璧によろしい」というものを作って,形の上ではきれいにできても,これを実践する人はまさにFacultyなのですが,古くなってしまうともう1度実践する意欲がなくなったり,その精神が古くなってしまうと,新しい学生を迎えても,彼らに対応できないのではないかと思います。
 それでは,変化することを恐れないというわれわれの信条を大切にして,これで終わりたいと思います。本日はありがとうございました。


(資料1)NTTC/Koreaのルーティン活動
(1)To conduct the promotional type of 3-day national workshops on medical education, especially for the newly appointed faculty members from 41 medical colleges
(2)Advanced course for curriculum development and test item construction
(3)Technical support for individual school-based workshops or seminars
(4)Curricular development and various demonstration projects in CME(the national master plan of Korea CME, distant learning, correspondence program, publication of self-guided monographs)
(5)Services as the Secretariat on the Dean of the National Medical Colleges
(6)Operation of data base for medical education

(資料2)
医学教育者のためのワークショップ
(1)参加大学と人数
(第1回/1974年-第24回/1997年)

設置基準総数参加大学参加者数
国立新設
既設
18
25
18
24
100
96
 
小計4342 212
公立878831
私立新設
既設
16
13
16
13
100
100
 
小計2929 100194
総計8078 98437

(2)臨床研修指定病院と大学の総計
 総数参加機関数参加者数
大学関係
(病院)
1257898437
臨床研修
指定病院
32519159435
総計   872

(資料3)
大学,病院単位の医学教育ワークショップ

設置基準総数実施大学
国立新設
既設
18
25
12
10
67
40
小計432251.2
公立8225
私立新設
既設
16
13
14
13
87.5
100
小計292793.1
総計805163.8

〔注:新設は1970年以降設立]
(資料2-3:日本医学教育学会編「医学教育白書1998年版['94-'98)」)より,一部字句修正)