医学界新聞

 

「原点から考えなおす医療科学」をテーマに
第49回日本病院学会が開催される


 さる6月10-11日の2日間,第49回日本病院学会が,西村昭男会長(日鋼記念病院理事長)のもと,札幌市の北海道厚生年金会館,ロイトン札幌を会場に開催された。
 本学会では,「今日,“医学と医療(現場)のはざま”が広く開いており,このはざまを埋める“新しい医療の枠組み”として“医療科学”を提起し,人間と社会が織りなす医療・保健・福祉という複雑系においても,科学・技術の進歩を人間の幸福に最適性をもって役立てられるように,ともに思索し,議論をしたい」(西村会長)の主旨のもと,「原点から考えなおす医療科学-輝かしい未来への挑戦」をテーマに据えた。

多彩な演者によるプログラムを企画

 このテーマに沿い,本学会では会長講演の他に,特別講演として(1)「病院化社会のゆくえ」(明大名誉教授・哲学者 中村雄二郎氏),(2)「21世紀の医療をめざすサイエンスとアート」(聖路加国際病院理事長 日野原重明氏),(3)「医療科学のルネッサンス-医療の高度情報化をめざして」(札幌医大教授 辰巳治之氏),(4)「荻野吟子とその今日的意義」(作家 渡辺淳一氏)の4題,またシンポジウムが,(1)「医学と医療のはざま」(座長=東海大医学部長 黒川清氏),(2)「医を測る」(座長=日医大常任理事 岩崎榮氏),(3)「看護,新しい世紀の役割」(座長=青森県立看護大教授 上泉和子氏),(4)「中小病院の経営戦略」(座長=織本病院名誉院長 織本正慶氏)を企画(本紙2面にシンポ(1)(2)を掲載,2348号に(3)を掲載の予定)。なお,一般演題451題は口演,ポスターで発表された。

複眼・羽化・飛翔・スピード

 西村氏は会長講演の中で,今学会のシンボルマークとした“トンボ”(図参照)に関して,「トンボの古名である“あきつ(秋津)”は,日本国の古称である“あきつしま”に由来しており,日本は建国の昔から“トンボ”にゆかりの深い国であった。日本病院学会は,深い専門性と広い総合性を兼ね備えた学術集会であり,“虫の眼”と“鷹の眼”の使い分けが求められる。今学会では,その中庸の視野である“トンボの眼”を強調し,複眼・羽化・飛翔・スピードをキーワードとした」と解説。複眼は「全体と部分」の象徴であり,医療の当事者と同時に局外者,提供者と受領者,医療者と受療者の関係であること。また羽化については,「混迷と閉塞の迷路から,正道への復帰」へつながるものと定義し,飛翔に関しては自らの転機となった第2次世界大戦終結,米国留学と学内(東大)紛争の際の思いなどを語った。さらに「医学教育改革は心・技・体の良医育成の精神で」と強調し,「医師には,心=人間性,技=操作的な能力,体=知的な能力を兼ね備え,情報収集・処理から総合能力と統括能力が求められる」と述べた。
 西村氏はその上で,「医学の枠組みは,(1)科学としての医学,(2)技術としての医学,(3)医療行為としての医学,に大別できるが,(1)(2)については“医科学”として純粋な科学/技術の場としてとらえることができ,(3)は社会,心理,経済など多角的な人間の営みの側面を加えた複雑系を科学する場として位置づけられる。これからの“医療行為”は,科学/技術の個人,社会への最適化をめざす“医療科学”となるべき」と論じた。
 また西村氏は,今学会の開催記念として,自らが編集した書籍『医療科学 原点から問いなおす』を参加者に配付。「この“医療科学”の考えは,わが国の医学/医療の現状を正当な規準から大きく外れた異常状態とみている1人の異端の勝手な見解であり,未だ未熟なもの」としながらも,「医療科学の確立とわが国の医療革新に道がつけられれば幸い」と結んだ。

テクニカルフォーラムから

 なお,学会前日にはTechinical Forum「医療の電子化による病院運営の実際-実際の導入事例とデモを通して現場の運用・管理を検討する」(コーディネーター=宮崎医大教授 吉原博幸氏)を開催。同フォーラムでは,吉原氏による「医療の電子化による病院運営の方向」の口演をはじめとして,先進的な取り組みを進めている病院医師など6名が登壇し,21世紀の病院医療には欠かすことのできない医療現場での電子化についての取り組み例を紹介した。
 その中で,木村幸博氏(盛岡友愛病院,前岩手県川井村診療所)は,「地域介護における電子化の効果と課題」を口演。川井村は人口4300人,高齢化率(65歳以上)32%,診療所は1つで,他に保健センターがある村だが,1994年には住民全員のカルテのデータベース化を図った。木村氏は,このデータベースから作成した「ゆいとりネットワーク」と称する,E-mail中心のローカルネットワークが,医師・保健婦・ヘルパーをはじめ,老人保健施設スタッフなど介護にかかわる職種に活用されていることを報告した。また,「住民が4000名程度だから健康状態も把握できるデータベース化である」としながら,褥瘡などのデジタルカメラ撮影による画像での経過説明が可能なこと,訪問看護婦などが家庭をおとずれた折りに記録更新を行なうことで最新情報が載せられること,管理は保健センターで行なっていることなど,そのシステム運用についてもデモを通して紹介した。
 なお,6名の口演後に行なわれたパネルディスカッション「現場主導の医療システム構築の効能」では,「コンピュータによるインフォームドコンセントは,患者に驚きも与えるが,口頭説明よりも信頼性が高い」,「E-mailの活用は,患者が質問しにくい項目も聞けるというメリットがある(特に婦人科領域で)」,「ベテランでなくとも,新人に処理(対応)可能なカルテ処理である」,「人件費の節約になる」などのメリットが語られた。その一方で,プライバシー保護,大規模都市での可能性,コストの問題など,多くの課題が残っていることも示唆されるなど,活発なディスカッションがフロアの参加者を交えて行なわれた。