医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


心不全の病態理解を深めるのに優れた書

心不全と神経体液因子 泰江弘文 編集

《書 評》白土邦男(東北大教授・内科学)

 心不全は,心ポンプ機能の低下によってもたらされる臨床症候群であり,すべての心疾患がその原因となり得る。近年の各種心疾患に対する治療法の進歩と確実に到来する高齢化社会が相まって,今後心不全患者はその数を増し,社会的にも医療経済の面でも大きな問題となることが予測される。
 さて,心ポンプ機能が低下して心不全に陥った状態では,いろいろな代償機構が働き,病態を複雑に修飾する。しかし,これらの代償機序も長時間作用したり,過度の状態になると,心臓に対して悪影響を及ぼしてくる。それゆえ,心不全の病態を以前のように心臓への前負荷,後負荷,そして心臓の収縮性のみからすべてを理解するのは難しいことが明らかになってきている。

心不全時における神経体液因子

 近年の分子生物学の著しい進歩に伴って目覚ましい発展を遂げた研究領域の1つとして,心不全時にみられるいろいろな神経体液因子の活性化に関する研究があげられる。それらは心不全時の交感神経系,レニン・アンジオテンシン系の活性化,エンドセリン,アルギニン・バゾプレッシンの産生亢進,各種炎症性サイトカイン,NO合成酵素の発現,ANP,BNPなどのナトリウム利尿ホルモンの産生,さらにはアドレノメデュリン,アデノシン,心肥大,アポトーシス,ならびにこれら神経体液因子の相互作用など多岐にわたっている。これらの新たな解明は,現在の有効な心不全治療法の正当性を裏づける根拠ともなっている。

治療薬開発の可能性を言及

 本書では,その領域の専門家が各々の項目において,心不全時にみられる神経体液因子の活性化についての新しい知見をわかりやすく解説しており,本書は心不全の病態の理解を深めるには優れた著書といえる。さらに本書では最近の大規模・前向き・無作為臨床試験に基づく心不全治療薬の選択ならびに今後の治療薬開発の可能性についても言及している。
B5・頁160 定価(本体7,000円+税) 医学書院


本ではできない薬剤情報の検索・加工が瞬時に可能

治療薬マニュアル1999 CD-ROM版 高久史麿,鴨下重彦 監修

《書 評》山本和利(札幌医大教授・地域医療総合医学)

日常診療に必要な薬剤の情報

 日常診療を行なう上で次のような事例に遭遇したとしよう。「内頸動脈閉塞の所見はないが,一過性脳虚血発作(TIA)を起こした65歳の女性に3か月前からアスピリンを処方している。先週,2度目のTIAを起こした。患者は発作の再発を懸念し,もっと予防効果のある薬があれば,変更してほしいと申し出た」。担当医はどのように対応したらよいだろうか。
 普通は簡便に解決しようとして,先輩や同僚の医師にTIA再発予防に効果のある薬は何か尋ねる。また,教科書や製薬会社のパンフレットを参考に薬を検討することだろう。時間に余裕がある時には,最新のハリソン内科書に当たってみるかもしれない。それには「TIA再発予防にはアスピリン,ジピリダモール,チクロピジンなどがあるが,1日300mg以下のアスピリン内服が最も有効である。ジピリダモールには脳血栓を予防するというevidenceがない。チクロピジンとアスピリンの比較が行なわれているが,どちらがよいかうまく評価できていない。チクロピジンには白血球減少,下痢,皮疹などの副作用があるので,アスピリンが禁忌のものにのみ内服させるべきである」と書かれている。医師も患者も再発の懸念を漠然と感じながらもアスピリンを継続することになるのでなかろうか。

薬剤の情報を簡単に収集

 このような流れの中で,『治療薬マニュアル1999 CD-ROM版』は簡単に薬の情報を取り出すことができるという点で大変便利である。この例で述べると,「aspirin」で検索するとその商品名,適応,禁忌,作用,適応,相互作用,慎重,動態,注意,副作用,と情報を得ることができる。最後に解説としてアスピリンの使用目的,使用法,使用上の注意,副作用と対策が,解説をした者の署名入りで記載されている。チクロピジンについても同様なことがいえる。検索する際にフル・スペルを入力しなくとも「ticlo」と入力しただけで表示される。使用を前提にして薬剤情報を手に入れるためには本よりも有用と思われる。
 では,この事例に戻って,このCD-ROM版で得られた情報からチクロピジンとアスピリンのどちらかに決定できるだろうか。残念ながら,「この1冊でどんな問題も即解決」とはならない。例えば,「~の副作用がまれに起こる」と記載されていても,その具体的な頻度がわからないとEvidence-Based Medicineで用いる指標に変換できないからである。本書が添付文書の記載に基づいている以上やむをえない面もあるが,臨床上有用な情報はプラスアルファでさらに追加してほしいものである。
 これまでは,EBMを教える時は薬剤情報を取り寄せる面倒にかまけて口頭で述べたり省略していたが,このCD-ROMによって必要なところを加工して文章化して学生に配布でき,その点では大変有用である。

EBM実践のための可能性を示唆

 改訂する際の希望として,値段は高くなっても構わないので,ハリソン内科書CD-ROM版の薬剤検索ソフトのように,該当する疾患にある薬剤を用いた時の死亡率や合併症発生率についての絶対リスク減少やNNT(Number Need to Treat)を表示している文献を記載してもらいたい。EBMでは,この事例の場合,TIA再発予防に効果のある治療法を知るためにコンピュータで文献検索を行なう。例えば,stroke, therapy, randomized controlled trialsというキー・ワードで文献検索をする。文献を批判的に吟味し,適切なものをダウンロードすることになる。このような過程で『治療薬マニュアル CD-ROM版』が,薬剤情報と一緒に適切な文献をも表示してもらえれば,コンピュータによる文献検索の手間が省けて,EBMにとってなくてはならない優れ物になるであろう。
Win&Mac版 定価(本体3,900円+税) 医学書院


不整脈診療に携わるすべての医療従事者に

不整脈診療ハンドブック
臨床的な理解と対応
 D.H.ベネット 著/加藤貴雄 監訳

《書 評》杉本恒明(公立学校共済組合関東中央病院長)

現場で研修医を指導する立場から

 本著の著者David H. Bennett氏は,英国のWythenshawe病院心臓センターの専門医である。心臓電気生理学の基礎的事項についての理解がまだ十分ではない状態で現場におかれ,緊急の診断や処置を行ない,またその責任をとらなければならない研修医を現場で指導するという立場にあって,書かれたのが本書であるとのことである。一読,拝見してまさにそのような人たちのための書であるとの思いがあった。研修医がCCU(Coronory care unit)にローテイトする時に,まず目を通しておくことが勧められる書なのである。手頃なサイズの書であり,1日で通読することはむずかしいことではない。読み通した後,巻末の不整脈クイズの章で自分をテストしてみることにより,自信を持ってCCU勤務に入ることができるであろう。
 実践的なこととして目につくのは,Wide QRS頻拍が1章となっており,洞不全症候群の章には神経調節失神が含まれていること,カルディオバージョン,心肺蘇生術,心臓ペーシングなどについては手技の詳細までが具体的に記述されていることなどである。著者が研修医に対して当面要求しているのは,まずは不整脈の心電図を的確に読みとることと,心臓ペーシングを中心とする救急措置の実技を習得することであるように思われた。薬物使用に関しては,英国における使用の現況がうかがわれて興味深かった。

巻末の不整脈クイズで自己テスト

 訳出に当たられたのは日本医科大学第1内科の加藤貴雄助教授を中心とする10氏である。研究室の皆さんの互いの平素の対話がそのまま伝わってくるような滑らかな文体であり,読みやすい。いたるところに訳注があり,文献を紹介したり,日本と英国との違いにも触れていて,まことに適切である。各章の末尾には章の主要ポイントが表として示されている。読者の方々にはまず,これをみて自分の知識を確認し,ついで本文に目を通すことをお勧めする。
 巻末の69題の不整脈クイズは楽しい。変行伝導を伴う上室頻拍ではないかと思ったWide QRS頻拍の1題だけ解答が合わなかったが,楽しく自己テストをした。
 研修医はもちろんのこと,CCUに勤務する看護婦,検査技師の皆さんのためにも,また,ベテラン医師にとっても,最新の知識を整理しておくために格好の書であると考える。
B5・頁208 定価(本体5,400円+税) MEDSi


一般診療に従事する医師・医療関係者の優れた指導書

総合診療ブックス
けが・うちみ・ねんざのfirst aid
 大場義幸,他 編集

《書 評》森岡恭彦(日本赤十字社医療センター院長・自治医大名誉教授)

 近年,医学・医療の進歩とともにその細分化が加速される一方,患者全体を診る医師,すなわち総合医あるいは一般医,プライマリ・ケア医といった医師の育成が課題になっている。こういった医師は,まず病気全体についての広い知識を持ち,特に日常よくみられる疾患に対処しうることが大切である。しかし,どのような患者を専門医に送るのかということになると判然とした基準はなく,またそれは各医師の能力によっても左右される。さらに患者を専門医に送るにしても,それまでの適切な対処が必要で,first aidが大切と言える。
 このような状況の下で,今般「総合診療ブックス」シリーズの刊行が企画され,その1冊として本書が発行された。

一般外来診療に役立つ実用書

 ここで取り上げられた「けが,うちみ,ねんざ」は日常の一般外来診療でしばしばみられるもので,医師なら誰もがある程度は対処しえなければならないものであるが,特に総合医や一般医,また当直医にとっては重要なものである。そこで,こういった医師に役立つ実用的な書を作ろうということで,第一線の臨床の現場で働いている20名ばかりの比較的若い整形外科医が,それぞれの事項について分担執筆され,3人の自治医科大学卒業生が編集し本書が完成した。

診療の流れに沿った内容

 20名の共同執筆であるが記述はきわめてよく整理されており,各病態について診断と治療のポイント,専門医へのコンサルタントと移送,治療の実際といった流れに沿って,きわめて的確で簡明な記述がなされている。また参考になるような具体例の提示,用語の解説などのnote,診療アドバイス,さらに編集者のコメント,参考文献などが付け加えられ,数多くのイラスト図が挿入されていて全体として読みやすいように配慮されている。一般の診療に従事されている医師あるいは医療関係者の手頃な優れた指導書として推薦したい。
A5・頁198 定価(本体3,700円+税) 医学書院


世界中の手の外科医に愛読されてきたベストセラーの改訂版

Green's Operative Hand Surgery 第4版
D.P.Green,他 著

《書 評》堀内行雄(慶大助教授・整形外科学)

 手術治療を行なう際,われわれ医師はその時点でわれわれ自身が行ない得る最良の手術法を選択しなければならない。常に知識を集積しながら経験を積み,自分が行なっている手術法が本当に最良なのか否かを判断しながら,治療を続けていかなければならない。
 手術書は手術を行なう疾患に対する基本的な知識,手術の術式ならびに必要な解剖学的知識などを整理して与えてくれるものとして評価されている。われわれは最新の知識を得るために,学術雑誌などを読み,学会や研究会に参加したりするが,その選択にはそれなりのリスクを伴うことも少なくない。
 書評の依頼を受け,1か月ほど前にこの2巻に分かれた本を手にした。以前から手の外科手術書の中でも,世界中の手の外科医に愛読され,よく引用される本なので旧版同様,本自体の重み以上のものを感じた。短期間であったが,主な章を通読するとともに,1か月間,実際の手術の前に目を通し,旧版(第3版)と読み比べてみたところ,内容が刷新し充実していることに新たな感銘を覚えた。

肘を含む手の外科の最新情報

 本書は,記載された内容が過去の遺物とならないように,5年ごとに新版を出しており,今回で第4版目となる。今回は,Greenが巻頭言でも述べているように,マンネリ化させないために共同編者にHotchkissとPedersonの2人を加え,章も62から72に増やし,著名な分担執筆者96人が執筆しているが,その約半数が新しい顔ぶれになっている。新たに選ばれた分担執筆者も,前任者の執筆内容を尊重しながらもさらに改善を加え,内容を新しく充実させていることがわかる。しかし,不思議なことに全頁数はほとんど変わらず,むしろ2308から2302に減少している。これは,2000を越えるイラストや写真の大きさや配置を変え,新しい文献を十分に加えながらも,豊富な文献の中の不要な文献を削除したためと考えられる。
 第4版では新しい章として,延長法,肘関節拘縮,テニス肘,慢性感染および胸郭出口症候群を独立させ,関節鏡を5つの章に増やし,マイクロサージャリー,慢性局所疼痛症候群(CRPS)などのトピックスもさらに内容を充実させている。
 この本には肘を含んだ手の外科の最新情報が満載されており,今までと同様に第4版においても主なセクションでは選ばれた一流の分担執筆者たちが自分の好む手術法も記載している。また,「こんな方法はどうか」とわれわれ手の外科医が考えそうな手術法のヒントも,この本の中の随所に読みとれる。

10年先の方向性を提示

 この第4版は,われわれが実際に患者を前にどのように治療したらよいかという基本的な考え方から手術手技に至るまで実践に役立つことはもちろんであるが,今から10年先の方向性も示しているので,考えが行き詰まった時の助けにもなる本であるとも言える。手の外科診療に携わる先生方の座右の書として,ぜひ,この本を役立てていただきたい。
in 2 vols, 2302頁, 66,500円Churchill-Livingstone