医学界新聞

 

 連載

「WHOがん疼痛救済プログラム」とともに歩み続けて

 武田文和
 (埼玉県県民健康センター常務理事・埼玉医科大学客員教授・前埼玉県立がんセンター総長)


〔第9回〕カンボジアのがん疼痛治療・緩和ケア対策見聞記(4)
がん疼痛治療・緩和ケアプログラム策定へ向けて

カンボジア初のワークショップ「がん疼痛治療と緩和ケア」

 カンボジアのがん克服政策の最優先課題として,がん疼痛治療と緩和ケアプログラムが起案され,その実施の第一歩としてWHOの協力による国主催の初めての「がん疼痛治療と緩和ケアに関するワークショップ」が,2月22-23日に,プノンペンの保健省講堂で開催された。この初のワークショップには,国と地方の各省のレベルの指導者になるべき医師,看護婦ら56名が招かれた他,保健省の7局の担当官も出席。さらに,プノンペン滞在中のフィージー保健省看護課長も飛び入りで参加した。
 本ワークショップでは,保健副大臣が開会の挨拶に引き続き,開催の目的を述べた。次いで私が,WHOのがん疼痛治療と緩和ケアに関するプログラムの概要と進展状況を解説し,問題解決に向けた加盟各国へのWHOの勧告,国連国際麻薬統制委員会の勧告,先進国と発展途上国での政策と取り組み状況を伝え,カンボジアのがん患者の状況からみて,このプログラムの早急な導入が必要かつ重要と説いた。
 続いて国立大学医学部,5つの国立病院,6つの地方の省の中央病院からの現況報告があり,盛んな質疑のうちに第1日目のプログラムが終了した。しかしながら,出席者の関心はがん病変とその治療に集中しており,がん患者の苦しみや人間像には向けられていないとの印象を受けた。私はこのことを遠慮なく伝えた。
 第2日目の午前中には,私が緩和ケアの概念や目的,実践システム,WHO方式がん疼痛治療法,特にモルヒネの安全な使用法,その他の症状のコントロールなどをカンボジアの実情に沿って講義。がんのみならずエイズ,その他の慢性疾患患者のケアにも活用できることをも述べ,自験例の経過やモルヒネ服用中の日本人患者の元気な姿も披露した。この講義に対しては,出席者からモルヒネの副作用,依存性,在宅患者への応用,チームワーク,告知の問題などについての多くの質問が寄せられ,1時間以上にわたるホットな質疑,討論によって参加者は理解を深めてくれたと感じた。
 午後からは,参加者が2つのグループに分かれて,国としての「がん疼痛治療と緩和ケアプログラム」の立案(第1グループ)と,教育カリキュラムと教材の作成(第2グループ)が行なわれた。その後の2グループからの討議報告の席には,保健副大臣も出席した。
 討議報告で第1のグループは,「カンボジアがん疼痛指針は,WHO方式がん疼痛の3段階除痛ラダー()の第2段階(コデインなどの弱オピオイド)を省略し,(1)非オピオイドと強オピオイドの2段階ラダーとして策定する,(2)緩和ケアをがん医療全搬に導入する,(3)経口モルヒネの供給を国が早急に確保すること」などを提言した。
 また第2のグループは,「(1)医学部と看護教育機関ががん疼痛治療と緩和ケア教育カリキュラムを導入する,(2)WHOのモデルに基づいてグループで作成した案に沿ってカリキュラムの作成を進めること」を提言した。
 副大臣はこれらの提言に対して賛意を表明し,私には労いの言葉をくださった。また,薬務当局者は「これで経口モルヒネ導入の基盤ができた」と喜んだ。この様子を見ていたWHOのヴァンダーバーク博士は,「こんなに熱気のこもったワークショップはカンボジアではめずらしい」と感想をもらした。WHO支援のもとに,2年前にもがんに関するワークショップを開いたのだが,その時の参加者は無言に等しかったそうである。「目的が達成された」と感じた私は,それまでの疲れがスーッととれていくのを覚えた。

WHOによる勧告の草案作成

 任務を終えるにあたり,離任の挨拶に保健省を訪問した。その保健省の階段を上っていく途中で,私は大柄なカンボジア紳士から声をかけられた。
 「WHOコンサルタントの武田先生でしょう。私は保健担当国務大臣です。昨日までの成果の報告を受けています。保健省中にインパクトを与え,職員が興奮しているようです。ここでお会いできたので一言礼を言いたかった」とのこと。
 私は,「閣下から大変なお言葉をいただき感謝します」と挨拶を返し,国務大臣室での公式会見の場に臨んだ。その後,保健次官を表敬訪問したが,その席で再び医療用オピオイドによる依存症と不正使用との関連について質問された。私は,それらについての世界の現況を詳しく伝え,彼らの理解を得たことを感じ取った。
 こうしてカンボジアでの公的な任務は終わったが,WHOへの任務完了報告書の中にWHOによる勧告案を起草する仕事が残っている。
 私は,勧告草案には次のことを含めようと考えながら保健省の玄関を出た。それは,(1)カンボジア保健省によるがん疼痛治療と緩和ケアプログラムの確立,実施およびモニター,(2)がん疼痛治療と緩和ケアのがんの全経過に対する医療への導入と,エイズ,その他の慢性疾患患者への活用,(3)経口モルヒネの幅広い導入とWHO方式がん疼痛治療法にしたがっての使用,(4)指示された範囲内でヘルスセンターの看護婦が経口モルヒネの投与量を調整できる条件作り,(5)医学部と看護教育機関におけるがん疼痛治療と緩和ケアの教育カリキュラムの確立と教育担当者の育成,(6)医療従事者の継続的教育,(7)国際機関による協力の継続,(8)1年後の追跡訪問などである。
 この項の最初にお断りしたように,このカンボジア報告はWHOとしての見解ではなく,私の見聞記である。この見聞記から,WHOが,がん疼痛治療と緩和ケアのプログラムに力を入れてきた理由に理解を深めていただけたと思う。また,いくつかの点は日本にも共通する課題でもあった。
 ポルポト時代に知識人の大多数を失ったカンボジアは,苦難を乗り越える努力の真っ最中であり,国際社会からの協力と支援とを大いに必要としている。カンボジア国民の日本に対する期待とこれまでの協力への感謝は大きなものであった。これからも応えていくべきだと思いつつ,平和な日本に戻った。

(この項おわり)