医学界新聞

 

ホスピスでの末期患者に対する告知の進め方

山口龍彦(高知厚生病院副院長)


ホスピスにもある「告知」の問題

はじめに

 ホスピスは,自分の病状をすべて知った上で,症状をうまくコントロールして,痛みや苦しみをなくし,高いQOL(クオリティ・オブ・ライフ=人生の質)を生きるために利用するものであると思っておられる方々に,ホスピスで改めて「告知」と言いますと何かおかしな印象を持たれるかもしれません。
 第一線の一般病院においては,まだまだがんの告知が進まない現状があります。また,治らない患者さんの痛みをはじめとする症状コントロールには,必ずしも十分な時間や精力をつぎ込むことはできません。さらに,平均在院日数の縛りから,手術や放射線療法,化学療法を終了した人が,一般病院にいつまでも入院を続けることはできなくなってきています。
 そういう中で,終末期を迎えた方が精神的にも追いつめられ,痛みやさまざまな症状に苦しんでいます。そこで,ご家族はたまりかねてホスピスに相談に来られ,患者さんは転院となるのですが,自分が末期の「がん」であることを知らないままに入院となる方も結構いるのです。

入院する時の家族との約束

 私たちのホスピスは,告知の有無とは関係なく入院を受けつけています。しかし,告知されていない方の入院を受けるにあたっては,当ホスピスの原則をご家族に提示し,その趣旨をご理解いただくようにしています。その原則とは,(1)うそは言わない,(2)真実を押しつけることもしない,(3)何をどこまで知りたいのかを把握して知りたいことについて応える,の3点です。
 私たちホスピスのスタッフは,「うそつき」と呼ばれたくありませんし,うそをつかないことが人間同士の信頼関係の始まりと考えています。また,信頼関係が築けなければホスピスケアはあり得ないと思っています。ただし,真実を受け入れる準備のできていない患者さんに対しては,こちらから無理に「がん」という言葉を押しつけるようなことはしません。そのかわり,何をどれだけ知りたいのかをしっかりとお聞きした上で,「知りたいことを知りたいだけ」,正確に伝えさせていただくことを原則としています。

告知を求めた人の割合

 当院ホスピスには,開設(1995年に7床,1996年3月より9床)以来の約3年余の間に174人の方が入院されました。この中で,ご自分の病状をほぼ正しく理解しておられた方は74名(43%)です。また,がんということは聞いているが転移の事実を知らなかった(終末期にあることを知らなかった)が13名(7%),さらに痴呆や意識障害のために確認できなかったが知っていると思われたのは11名(6%)です。しかしながら,これらをすべて加えても「告知」群は56%にしかなりません。
 残りの76人(44%)は病状の正しい認識がないままホスピスに入院された方でした。その76名のうち,ホスピスにおいて告知がなされたのは27名でした。結果として,転移の事実を知らなかった13名についても正しい病状が伝えられましたので,40名ほどに告知をしたことになります。
 このように,ホスピスにおいても告知の問題は存在しているのです。また,平均在院日数40日(この1年間では30日と短くなってきている)での告知は,かなり厳しいものがあると言ってよいと思います。

どのような言葉かけをするのか

告知は技術

 すべての患者さんにがんの告知をされておられる,香川県立中央病院の泌尿器科部長朝日俊彦氏のご著書『笑って死ぬためにPART4・患者と医者のコミュニケーション』(美巧社)からの引用ですが,「……がんの告知は医療者が患者に真実を語るという意味であり,それはどのような状況下であっても守ることが前提です。また,がん告知は技術であって,研鑽を積むことによって患者さんにもご家族にも不安を与えず納得のいく説明ができるようになります……」と述べています。
 同じような患者さんに対して,ある医師は告知をしますし,別の医師は告知しません(できません)。ケースバイケースは,患者の側の問題ではなく,医師の側の問題のようです。朝日氏は,告知に関する医師のレベルを下記の7段階に分類しています。
〔告知に関する医師のレベル〕
1)告知がまったくできない(したことがない)
2)患者や家族の支えがあれば告知できる
3)初期のがんであれば少しは告知ができる
4)初期のがんであればほとんどすべてに告知ができる
5)どのようながんでも告知できる
6)転移の事実も告知できる
7)あらゆることに対応することができる
 このうちホスピスの医師に要求されるレベルは,「あらゆることに対応できるレベル」ということになります。
 私自身がまだこのレベルに到達したとは考えられず,また,あらゆることに「うまく」対応できるレベルというのは限りがないと思われますので,今後とも「告知の技術」の研鑽を重ねたいと思っています。

ホスピスでの告知の特殊性

 ホスピスで告知する場合,次のような問題点があげられます。
1)医療不信を経験してきている
2)患者に残された時間が少ない
3)体力・集中力が限られている
4)家族の心の揺れ
 入院される患者さんの特徴としては,まず,医療に対する不信を経験しておられる方が多いということがあげられます。がんのことを隠しての治療や病状説明にはやはり無理があり,「どうして治らないのか」「どうしてよくならないのか」と納得ができずに,「治療法の間違い」「医師の腕が悪いせい」ではないかと疑ったりします。また,かえって悪化しているように思われる時期に退院あるいは転院を勧めると,「それはどういうことか」という怒りの感情が医療者側に向けられます。さらに,本人の意思決定によらない(「ベルトコンベアに乗せられたような」という表現がよくあります),しかも予想以上に厳しい治療がなされたことでの恐怖感や不信感を持っておられることも多いようです。
 家族がホスピスを望む時期というのは,がんに対する積極的な治療法がなくなった時期で,すでに衰弱が進み,自由な活動ができなくなっている頃です。患者さんは身体的あるいは精神的な苦しみが増強し,残された時間はわずかです。体力・集中力も限られていますので複雑な話はできないこともあり,その場合には,患者さんの言外の思いを推し量りながらの対話となります。
 一方で家族は,本当にホスピスに連れてきたことがよかったのか,真実を知ることで患者に絶望を味わわせることになりはしないかという危惧から,心の安定を欠いてしまうことがあります。
 このような状況に置かれた患者さん全員に,医療者主導で真実を伝えるということはやや無理があるように思います。そこで私たちは,前述した3つの原則にしたがって,真実を知りたいと意志表示をされた方には,真実を伝えるようにしています。
 こちらの姿勢としては,真実を伝えてからが本当のホスピスケアであると思っていますので,真実を伝えることには積極的であり,患者さんがなるべく質問をしてくださるような雰囲気作りを心がけます。
 まずご家族には,「患者さんは,悪い情報を聞きたくない時には質問はしないものです。反対に,質問をする時は受け入れる覚悟ができているから絶対に大丈夫です」と保証をしておきます。事実,ご本人から質問があって真実が伝えられた場合,問題が生じた例はありません。

一期一会の機会をとらえる

 例えばこんな言葉から始まります。
「あなたの病気について話していただけますか?」
「あなたはご自分の病気をどう理解していますか?」
「たくさんのつらい治療を受けられたのですね」
 入院された直後の会話は特に重要です。ご自分の病気についての理解の程度を詳しくお聞きし,つらかった闘病生活の感情を理解しようと努めます。
「前の病院(主治医)からも詳しい紹介状をいただきましたので,今の診察と併せてあなたの病状がよくわかりました」
「知りたいことやわからないことがありましたら,いつでもなんでも聞いてください」
 また,これからは医療者主導でことが運ばれるのではなく,患者さんの意向を最優先にして質問や要望に応えていくことを伝えます。
 数日たって,症状コントロールがうまくなされた頃を見計らい,次のように聞いてみることもあります。
「あなたの病気はよくなっているように感じていますか?」
「今,一番心配なことや,気がかりなことは何ですか?」
 悪い情報は,病状が悪化しつつある時よりも好転しているような状況の時に伝えるほうが余裕を持って聞いていただけると思うからです。そうは言っても,意識が清明で身体的な症状にじゃまをされずに会話が成立するのはわずか1日という場合もありますし,ほんの数時間のこともあります。まさに「一期一会の機会」を逃さず,患者さんのニーズに的確に対応することが求められます。

真実を告げるということ

Yさん

 ここで告知に関する1例を提示いたします。
 Yさんは49歳の働き盛りの小さな会社の社長でした。転院前の病院の主治医は,Yさんに「胃に腫瘍があったが手術で全部取り除いた」と説明していました。その後,肝転移,肺転移をきたし,黄疸,発熱,腹痛など厳しい状態の中,ご家族が「痛みを取る専門の病院でじっくりと養生する」と説明され,当ホスピスへ転院して来られました。
 入院してきた時,Yさんの表情はろう人形のようにこわばり,眉間に深いしわを寄せていました。
 2-3日して,痛みがとれて,発熱もおさまったところで,
「おしっこの色はどうですか」
「うんと濃くてソースのようです。どうしてでしょう」
「それは黄疸の色でしょうね。顔を洗う時に,鏡で白目のところの色が黄色いのに気づいていますか」
「黄疸があるんですね……。ということは何か悪い病気の末期でしょうか」
と顔をひきつらせました。この時は,一気に「末期がんだ」とお伝えすることは無理と判断して,
「熱も痛みもなくなりましたが,病気自体はよい方向に進んでいるわけではありませんよ」とお伝えしました。
 その後は,病状や病気に関する質問はなく,硬い表情のままにさらに2日が過ぎ,徐々に衰弱が進んできました。
 その朝Yさんは,とても強い倦怠感に襲われ,死が近いことを自ら感じとられたようです。
「これはどういうことなのだ」と私に聞きました。
「俺は死ぬのか……」という意味が含まれているように感じました。
「病気の名前が知りたいのですか」と尋ねると,意を決して頷かれました。そこで,
「Yさん,あなたは胃がんだったのですよ」と告げました。やや間があって
「そうだったのか。畜生!」と彼は枕を殴りました。
 そして,沈黙の何分かが経ちました。そばにはお母さんと奥さん,そして2人の子どもがいました。
「お袋,ごめん。すまん」
それは先立つ不幸を許せという意味でした。そして,奥さんに向かって
「ありがとう」とおっしゃいました。 2人の息子にはもう言葉は出ませんでしたが,目で「後を頼む」と訴えていました。そして,彼は奥さんの腕の中でそのまま息を引き取ったのです。告知から1時間も経っていませんでした。

少しでも早く真実を告げよう

 Yさんはもっと言いたいことがあったに違いありません。会社のことも心配だったでしょう。しかし,最低限のことしか伝える余裕を与えられませんでした。死を目前にした時のYさんの態度から,Yさんは優れた人格を持った方だったことがわかります。医師が(私を含めて),Yさんに真実を伝えることをためらい続けたために,彼の真実を知ったうえで残された時間を豊かなものにするという選択肢を奪ってしまっていたのです。

おわりに

 私たちのホスピスは,「心穏やかに,満足して,感謝のうちに」を看取りの目標としています。これは患者・家族・スタッフの共通の目標です。このことが達成されるためには真実が共有されることが大切です。告知の技術のレベルアップに継続的に取り組む必要があると思っています。