医学界新聞

 

特集 第25回日本医学会総会

シンポ「新しいがんの治療戦略」


基礎研究の成果を臨床に統合

 「近年,癌研究では基礎研究の進歩から,がんの発生・進展機序が徐々に明らかになってきた。今後の課題は基礎の成果を臨床に統合することである」との司会の導入により,シンポジウム「新しいがんの治療戦略」(司会=名市大 上田龍三氏,都立駒込病院 高橋俊雄氏)では,5つの視点からがん治療の新しい可能性が論議された。
 最初に,原田実根氏(岡山大)が「固形がんに対する幹移植細胞」と題して,「骨髄破壊的な大量化学療法が果たして固形がんに有効か」を中心テーマに報告。造血器腫瘍への自己の末梢血幹細胞移植(PBSCT)による化学療法は,日本で約1300例,年間250例以上行なわれ,骨髄移植に変わり主流となりつつある。その一方で,乳がん,精巣腫瘍,卵巣がん,肺小細胞がんなどで積極的にPBSCTを利用した大量化学療法の検討が進められており,特に肺小細胞がんについては全国5施設共同で第2相臨床試験を進めていることを明らかにした。しかし固形がんについては,治療効果が期待されながらもまだ成績がなく,2000年に報告されるアメリカにおける無作為化比較試験の検討が待たれるとした。
 続く北島政樹氏(慶大)は,鏡下内視鏡手術について自験例を中心に報告。早期胃がん患者に対して,腹腔鏡下胃局所切除吊り上げ法(lesion lifting)84例,腹腔鏡下胃内粘膜切除術18例を施行したところ,他の手技に比べて安全性が高く,また手術時間の短縮,早期退院など患者のQOLが大きく向上したことをデータから提示した。
 一方,氏は医学と工学の融合をめざし,ロボティックス,バーチャルリアリティ,テレサージェリー等の手術補助ロボットの開発を進めていることを明らかにし,ボイスコントロールシステム,腹腔鏡を操るロボットを用いたソロサージェリー等は,現在ヨーロッパで治験が行なわれていることを紹介した。また継続的に開催される慶大と欧米を結んでの国際遠隔カンファレンスに触れ,「将来的にはテレサージェリーが可能になり,世界のどこでも同じ手術が供給できる手術の普遍化が起こるのでは」と期待を述べた。

免疫を利用したがん治療

 薬物送達システム(Drug Delivery System;DDS)によるがんの薬物療法について,山口俊晴氏(京府医大)が概説。ヒト大腸がんで免疫したマウスのモノクローナル抗体A7を作成し,この抗体と抗がん剤ネオカルチノスタチンの複合体「A7-NCS」を開発,80例に施行。しかし,マウス抗体に対するヒト型抗体(HAMA)が産生され中和されるなどの問題点が明らかとなったため,マウスとヒトのキメラ抗体とネオカルチノスタチンとの複合体(chA7-NCS)を新たに作成。これでさらなる効果は見られたが,HAMAがゼロにはならないなど,問題解決には至っていないことを示唆した。また抗体自体が少ないがん細胞が多数存在する可能性を示唆し,その対策として,あらかじめ抗がん剤を多量に結合させた抗体を作成し,がん細胞と結合した際に多量の抗がん剤を放出させる治療法を開発中であることを明らかにした。またフロアからの質問に,薬物送達に適した抗体分子の立体構造デザインの応用が進んでいる点や,乳がんのがん遺伝子受容体抗体の話題などの最新の知見が紹介された。
 米国国立がん研究所(NCI)に在籍し研究を続けてきた河上裕氏(慶大)は,「がんワクチンの可能性」について自験例を中心に概説。がんの免疫反応は,樹状細胞がT細胞を活性化し,種々のサイトカインを放出させてがん細胞を傷害するという機序をもつが,この免疫応答を治療に応用できるかを検討。メラノーマ(悪性黒腫)患者のがん細胞からT細胞を採取し,IL-2で増加させ患者に戻すと,86例中34%に有効率が認められた。そこで,cDNA発現クローニング法を用いて,腫瘍反応性T細胞を認識する抗原単離に成功した。さらにメラノーマ患者に施行した免疫療法の第1相臨床試験では42%に有効率を認めた。また,腫瘍抗原を多量に発現させた樹状細胞によって腫瘍特異的T細胞を増加させ,効果が得られたことを報告した。現在,アメリカで進められている「gene gun」(遺伝子銃)を用いて腫瘍抗原のDNAを投与し免疫応答を起こす方法(DNA免疫法)の臨床試験にも触れた。
 氏は,メラノーマ以外のがんについては免疫応答を検出するのが困難ではあるが,最近,がん患者の血清中にがん細胞に反応する抗体の存在が報告され,がん抗原が存在する可能性は大きく,「5-10年後には,結果がわかってくるのではないか」と結んだ。
 最後は,がんの遺伝子治療について斎藤泉氏(東大医科研)が,特に遺伝子治療で問題となるベクター開発を中心に解説。現在,がんの遺伝子治療は,レトロウイルスベクターを用いた「がんワクチン療法」と,アデノウイルスベクターを用いたものとの2つに分けられ,特に後者で自殺遺伝子療法,アポトーシス誘導療法(プログラム細胞死誘導療法)が進められている。
 今後のがん遺伝子治療の方向性として「腫瘍特異性」をキーワードに,(1)腫瘍特異的発現ベクター(目的の遺伝子を発現するのはがん細胞だけ),(2)腫瘍特異的導入ベクター(がん細胞にだけ入り込む),(3)腫瘍特異的増殖ベクター(腫瘍細胞のみ死滅させる)などの,「頭脳を持ったベクター開発が重要」と述べた。さらに新しいアプローチとして,アデノウイルス二重感染法による肝がんの遺伝子治療を紹介。肝がん特異的に発現するAFPプロモータと,発現量の高いCAGプロモータをそれぞれ別のウイルスに組込み,AFPプロモータに遺伝子組換え酵素(Cre)を導入し目的遺伝子だけを発現させる仕組みを開発。この2種類を混合し,肝がん細胞を移植したヌードマウスに注入したところ,高い特異性が得られたことを報告。氏は,「本法は,結合する遺伝子を取りかえれば,他のがん(特に播種性,転移性など)にも効果的では」と可能性を示唆した。