医学界新聞

 

第25回日本医学会総会 看護とチーム医療

大学における看護教育のあり方を探る

 大学における看護教育は,1952年に日本で初めて高知女子大で開始,翌年には東大が開講している。その後の30年間はわずか10数校の増加にすぎなかったが,1980年代以降に急増し,現在では76校で大学教育を実施。1学年あたり,大学で看護学教育を専攻する学生の定員数は全看護学生の8%にすぎないものの,増加傾向にある。このような背景のもと,パネル「大学における看護教育のあり方」(司会=愛知県立看護大 波多野梗子氏,筑波大 竹尾恵子氏)が行なわれた。
 本パネルでは,看護大学における看護教育をめぐり,(1)大学看護教育カリキュラム,(2)大学における臨床教育,(3)大学院教育,(4)看護研究,(5)看護政策として大学看護教育に何を期待するのかをテーマに,5名のパネリストが登壇した。

大学看護教育の現状と課題

 まず(1)に関して菱沼典子氏(聖路加看護大)が,「ここ数年の看護系大学の急増は,看護教育が“看護職養成”の教育から“看護学”教育へと移行したきたことを示している」と指摘。変化する状況に対応できる看護システムや看護技術の開発をしていける人材の育成が看護系大学の目的と示唆するとともに,各看護系大学で開発された教育カリキュラムは「大学としての商品」と位置づけた。
 (2)については,中西睦子氏(神戸市看護大)が,「現在の臨床現場は,看護職の基本的な使命感や情熱に依存しているだけで十分に看護基礎教育を受け入れるだけの体制と予算措置がされていない。実習指導に携わる時間を,大学の非常勤に換算するとゆうに1,000万円を超える。大学サイドの教育理念を実現するためには,常駐指導者の配置が必要」と指摘。大学の理念,目標をもって実習を行なうには,大学,施設の双方が2-3年をかけて話し合うことが必要な事業であると強調した。
 (3)については野口美和子氏(千葉大)が,「新しい時代に対する看護の責任を果たしていくために,看護法を変えていくことのできる人材育成,高度な看護専門職の養成を大学院教育が担っている」と規定し,看護研究の基礎と高度な看護技術を身につけることが大学院教育の使命と解説。その上で,「看護実践に科学的根拠を与える基礎的理論を追究するとともに,個性的,連帯的,かつ看護の対象である患者・家族の幸福が達成されるまでの過程的な看護事象を取り扱う研究方法,看護の技術や理論の開発を習得することが,大学院教育では最も大事」と述べた。
 (4)に関しては竹尾氏が,76看護系大学の中で,修士課程は30校,博士課程が9校に増えた現実をとらえ,「学部基礎教育は大事だが,看護研究も問われる時期。“看護の専門性は何か”を見極め,明らかにしていく研究が必要」と,大学院ではどのような研究の方向性を持ち,どう進めるべきかについて論じた。
 その上で,看護研究の今後の課題として,(1)臨床研究者・指導者の必要性,(2)臨床看護職が研究能力を備え,リサーチの結果を共有できるようにする情報ネットワークの整備,(3)臨床・実践看護職に研究時間,研究費を確保することの必要性,(4)ケアの効果について,継続的に研究を積み上げていくことが重要と指摘し,「そのための実践研究も整備されるべき」と述べた。
 まとめとして,「研究が積み上げられることで,看護が医療にどのように貢献していけるのかが,研究結果として目に見えるようになり,そこで看護の専門性が示される」と述べ,看護実践の場にいる人材と同時に,研究者・大学の教員として携わる人材の育成が求められること,教育と臨床をつなげるシステムの開発の必要性を訴えた。

大学教育に何を期待するのか

 最後に登壇した久常節子氏(厚生省看護課)は,看護行政の視点から「看護の質の向上と看護政策」を論じた。久常氏は,(1)医療費の増大から,21世紀初頭には介護保険の基盤そのものを危惧する声もある中,医療の効果的な提供体制をどうしていくのかが緊急課題,(2)カルテ開示,インフォームドコンセント,広告規制緩和等,患者が受け身ではなく,当事者として医療に参加していくことが保証されるようになったとし,この2つ視点からの看護行政を語った。また,「これまでは看護者の数の確保が緊急課題とされてきたが,ここ数年で見通しがたってきたものの,十分とは言えない現在では量とともに質も求められている」と指摘。看護教育は現在約1000校で行なわれているが,そのうち大学・短大は150校にすぎない。一方では18歳の女子の50%が短大・大学への進学を希望している現実がある。久常氏はこの点からも,「質の向上には養成所の質を上げること」と述べ,今後看護系の大学・短大の増加が大きな役割を担うことを示唆し,少子化の中で学生の数の確保も課題であるとした。
 さらに久常氏は,看護婦(士)国家試験に出題基準が示されたことを報告するとともに,国試は大学・養成所共通の試験であり,大学卒業者も臨床看護婦として育成しているという考えが基盤にあること。また,リーダーシップの育成としては,1998年より臨床現場に出る修士課程(国内外)を対象とした就学資金を設置していることを報告。
 加えて,准看護婦問題に関しては,「早期に看護婦への移行教育の実施をめざしたい」と発言。多発する医療事故に関連しては,「なぜ起きるのかを正面から検討する必要がある」と指摘するとともに,看護職の臨床研修の問題,看護婦免許の更新制についても私見を述べた。


看護職から見た現代の医療

 シンポジウム「看護職から見た現代の医療」(司会=聖路加国際病院 井部俊子氏,青森県立保健大 上泉和子氏)では,「臓器移植などの医学の発展や成功の影には,医療提供者として人数的に最大を誇る看護職の並々ならぬ働きがあるが表には出てこない。本セッションでは,看護職ならではの視点から現代の医療を見つめ,意見交換をしたい」(井部氏)との趣旨により開催。(1)インフォームドコンセント,(2)看護職が病院経営に参加している状況,(3)看護の報酬体系はどうなっているのか,(4)在宅ケア,(5)医療システムの矛盾・非効率,と5つの視点からシンポジストが登壇した。

看護が抱えている問題とは

 (1)について,渡邊千登世氏(聖路加国際病院)が,「医療の現場ではインフォームドコンセントが不可欠となっている」として,癌の告知を行なった37歳のキャリアウーマンの例を提示。聖路加国際病院では,入院時に患者が告知を「望む・望まない」を聞いているが,渡邊氏は「実際の場では家族の意向が主となり,患者の意に添えない場合もある」と述べ,提示例から日本古来のパターナリズムとおまかせ医療がまだ根強く残っている現状を伝えた。
 (2)については橋本眞紀氏(かとう内科並木通り病院)が,「訪問看護ステーションは“看護を金銭で買う”という意識へ向けたものとして1992年から開始。以後も“建物,設備は医療理念を明確に表すもの”との理念から事業拡張を図ってきた」とし,癒しの場の具現化として1997年には緩和ケア専門病院を開設したことを報告。また,看護コンサルテーションの導入効果については,(a)看護チームのまとまり,(b)看護理念と実践の矛盾に気づく,(c)セルフケアレベルの評価により患者の持っている力を引き出す視点が生まれたなどをあげた。
 (3)に関して石田昌宏氏(日本看護協会)は,1999年1月の「診療報酬見直し作業委員会報告書」に関して報告。同報告書には,「医療はチームで行なう」旨が明記されているとして,「退院指導料の点数化の条件に医師,看護職,その他必要に応じて関係職種が共同して行なうとあり,今後の診療報酬については,看護だけの評価という方向ではなくチーム医療の面が強化される」と述べた。
 (4)に関しては小橋美栄子氏(在宅ケアのアドバンス)は,個人契約と健保の委託で営業を行なっている開業看護婦の立場から発言。「マスコミに影響される健康観,健康食品の普及などから,健康は金を払ってもよいが,医療はタダとの観念が市民にはある」とする一方で,「医療に求められるのは安心感だが,それに応えるだけのサービスを返していない」と指摘した。
 (5)に関しては司会を務める上泉氏が,「いつでも,どこでも,誰もが安価に治療を受けられる時代からの変革が迫っている」として,情報の開示の必要性を訴えるとともに,「医療内容については開示されてもわからないのが一般市民」との矛盾を指摘。また,看護には経済的評価がないことから,「看護料を技術料とするなら,ケア開発が重要となる」と述べた。
 総合ディスカッションの場では,フロアの内科医から「看護,介護,ヘルパーの区別は」との質問があった他,癌告知などが話題になった。司会の井部氏は,まとめにあたり,「医療は,利用者が主体となってきているとの共通認識は持てた。4年後の医学会総会でもう1度同じテーマで語りあうのも一考」と述べ,幕を降ろした。


地域医療における訪問看護

 パネル「地域医療における訪問看護」(司会=聖路加看護大 川越博美氏,健和会訪問看護ステーション 宮崎和加子氏)では,さまざまな問題を抱えながら介護保険制度の実施に向かっている現在における,地域医療のあり方が話し合われた。

大切な医療・保健・福祉の連携

 1992年に登場した訪問看護ステーションは,1999年1月現在,3232か所で開設され,多くの人々の在宅ケアを支えている。この訪問看護の立場から,上野桂子氏(訪問看護ステーション住吉)と,横田喜久恵氏(新宿訪問看護ステーション)が口演。上野氏は,訪問看護の目的について「当初は“介護”だけだったが,年々“在宅医療”に転じてきた」と語り,期待の高まりと役割の変化を指摘した。また,今後のあり方として「ヘルパーやデイサービス,ショートステイなどを効率的に活用し,医師会や開業医とも密接な関係を築く必要がある」と述べた。
 横田氏は,医師との関わりの重要性を主張。「訪問看護は医師の指示書があって初めて成り立つ仕事であるため,医師の信頼を得ることが大切」と語り,活動の難しさと成果を発表した。
 さらに野中博氏(東京都医師会)は,地域に密着する“かかりつけ医”の立場として訪問看護ステーションとの連携の大切さを強調。寝たきりに対する考え方にも触れた上で,「病気を持っても人間としての尊厳を尊重し,住み慣れた地域で安心して暮らせる医療を実現したい」と語った。
 一方,ソーシャルワーカーと訪問看護婦の関わりについて,太田貞司氏(北大)が口演。両者の連携が必要な場面として,(1)退院援助,(2)QOLの向上,(3)地域社会への働きかけをあげ,「ソーシャルワーカーの役割も制度の紹介にとどまることなく,他の分野と協力し,在宅医療の限界を広げていくべき」と提唱した。
 総合討論では,教育体制や効率的な活動方法,在宅支援センターの役割にも議論が発展し,地域社会全体がケアをする時代に向けて,コーディネート役としての訪問看護婦に期待が寄せられた。