医学界新聞

 

医療における教育と福祉
卒後臨床研修必修化を目前にして

シンポジウム「臨床研修のあり方」


 国試に合格しているにもかかわらず,病歴や身体所見をとるなどのイニシャルアセスメントを適切にに実施することができなかったり,診療プランを立てることできないなど,日本の研修医は臨床能力が劣ると以前より指摘されている。近年,意欲的な教育改革に着手する大学も出てきたが,全国的に見れば,臨床教育の改善は「遅々として進んでいない」(司会者)といえる。シンポジウム「臨床研修のあり方」(司会=京大 吉田修氏,天理よろづ相談所病院 今中孝信氏)では,このような状況を踏まえ,卒前卒後の臨床研修をいかに改善していくかが討議された。

日本の医師に欠けているものは何か

 初めに登壇した伴信太郎氏(名大)は「基本的臨床能力の教育」について口演。基本的臨床能力を「知識」,「情報収集力」,「総合判断力」,「技能」,「態度」の5つに分けて検討した。それによれば,日本の学生・研修医の能力は,知識面においては「想起レベル」に著しく偏り,「解釈レベル」,「問題解決レベル」が劣る。また,情報収集力についても「検査」に多くを依存してしまい,「身体診察」や「インタビュー」の技能の習得が不十分であり,さらに総合的判断力(倫理,心理,論理),技能(コミュニケーション・スキル,テクニカル・スキル),態度(研究,教育,診療それぞれに対する)に至っては,教育がほとんどなされていず,学生・研修医の能力として身に付いていないという現状だという。
 続いて,森田孝夫氏(埼玉医大)は「テュートリアルとクリニカル・クラークシップ(以下,クラークシップ)」を口演。テュートリアルとは「一定の問題について少人数の学生からなるグループで討論し,学生自身でその問題を解決する方法であり,講座制を基盤とした従来の系統講義に変わる新しい教育システムである」とその特徴を述べた。また,クラークシップについては「医療チームの一員として責任の一端を担いつつ,患者診療に実際に参加しながら訓練を受ける臨床実習方式である」と述べ,昨今の卒前教育への導入状況なども交えて,その教育効果を指摘した。
 さらに森田氏は「テュートリアルとクラークシップの導入が現在の医学教育改革の流れとなっている」との見解を示した。

卒後臨床研修必修化の問題点

 一方,「研修する立場から見た臨床研修のあり方」を口演した川越正平氏(虎の門病院)は,「21世紀の医療をつくる若手医師の会」での活動や,意欲はあるものの何をしたらよいのかわからない学生・研修医のための書籍『学生のためのプライマリケア病院実習』,『初期プライマリケア研修』(いずれも日野原重明監修,医学書院刊)の刊行で知られるが,「教育の主役は学習者」との立場から現在の臨床研修の問題点,その解決策に迫った。
 川越氏は「大学病院ではcommon diseasesに触れる機会が乏しい」が,「一般病院では忙しすぎて知識が身につきにくい」など,それぞれ一長一短があることを指摘。「(大学,一般病院など)単一の施設にこだわらず,複数の施設の組み合わせで研修を行なうべきだ」と提言した。
 また,次期国会での法制化が確実視される「卒後臨床研修の必修化」については,「身分保証と経済保障」がなされることを前提に「期待している」と述べ,その場合「複数施設で,複数の診療科で,病棟にこだわらず,在宅や救急も包含すべき」との考えを示すと同時に,「プログラムが研修を受ける側にゆだねてもらえるかが問題だ」と指摘した。

教えることを通して学ぶ

 ところで,近年米国流の医学教育手法が,その有効性から注目され,導入が検討されるに至っている。先述のクラークシップなども米国で生まれ,確立されたものである。当シンポジウムでは,米国のメディカルスクールで学び,『アメリカの医学教育』(日本評論社刊)などの著作で知られる赤津晴子氏(スタンフォード大学)が招かれ,「米国における臨床教育」を口演した。
 赤津氏は「米国ではよい医師と呼ばれるにはEBM(Evidence-Based Medicine)を実践していなければならない。Evidenceは文献から,そして患者から引き出すものである」と述べ,医学部1年生の段階から,患者と向き合いインタビューの技法を学ぶ米国での基礎教育のあり方や,「初日に人形を用いて分娩の練習をし,2日目に分娩の見学,3日目には実際に新生児をとりあげる」という「産科クラークシップ」など,興味深い事例を紹介した。同時に,米国では「前の日まで学生であったとしてもインターン,レジデントになった日から,下の者に『教えること』が義務となる。そして教えることを通して学んでいく」と臨床教育の流れの特徴を概略し,聴衆の関心を呼んだ。
 また,小泉俊三氏は「日本の卒後研修の現状と将来像」を口演。「卒後臨床研修の必修化」を前に,「卒後研修を統括する部門としての総合診療部の位置づけ」,「大学附属病院共通カリキュラム/研修目標の作成」,「研修プログラムの監査を行なう独立した評価機構の設置」,「ティーチャー・トレーニングセンターの設置」などを提言した。
 最後に特別発言に立った黒川清氏(東海大)は「明治以降130年におよぶ官僚支配の歴史,それにもたれかかり『すべて役所に決めてもらう』というシステムとメンタリティから脱却すべき時期」と指摘。「教育に携わる者のすべてが,自らの社会に対する責任を果たさなければ」と述べ,受け身で硬直的と言われる日本の医学教育の改革に向けて教育者の資質,教育技法,横断的な交流が可能になるような環境の整備,などについて提言を行なった。
 以上のような熱い議論が交わされた当シンポジウムは,立ち見が出るほどの盛況となり,医学教育への関心の高まりを示した。