医学界新聞

 

第63回日本循環器学会が開催される

循環器学の基礎・臨床・社会-1900年代から2000年代へ


 さる3月27-29日,第63回日本循環器学会が,杉下郎会長(筑波記念病院)のもと東京・有楽町の東京国際フォーラムにおいて開催された。
 今回は「循環器学の基礎・臨床・社会-1900年代から2000年代へ」をキャッチフレーズに,H.J.C.スワン氏(カリフォルニア大)による美甘記念講演,眞崎知生氏(国立循環器病センター)による真下記念講演,6題の特別講演に加え,シンポジウム,パネルディスカッションや,一般演題,国際セッションなどさまざまな角度から討論が展開された。さらに新たな試みとして,循環器学の各分野で活躍する第一人者が研究に対する考え方やアプローチなどを話すプレナリセッション3題やコントロヴァーシィ,トピックスが企画され,多くの参加者を集めた。また2日目には「心臓移植委員会公開報告会」が開かれ,2月に臓器移植法施行後初めて行なわれた心臓移植についての緊急報告が発表された。
 「循環器病研究の歩み-生体の反応の立場から」と題した会長講演では,人間における循環器の反応系に関する研究の流れを追い,生体の反応の成立・修飾には神経体液性因子など種々の調節物質や分子生物学的機序が関与することを示した。さらに自験例からエンドセリン(ET)-1と心不全病態時の反応を検討した結果,ETは基本的に心筋収縮増強作用を示すが,ETが大量生産されると,逆に心筋傷害作用を示すことから,調節物質には拮抗作用や害を示すものがあるとした。最後にゲーテの言葉を引用して「生体の反応は無目的。ありのまま見るのが自然科学のあるべき姿勢」とし,その視点から循環器の臨床,社会的問題にも触れ,「人間の価値観の的確な判断基準をもって問題解決に当たるべき」とした。

薬物療法か非薬物療法か

 新たに企画された「コントロヴァーシィ」では,虚血性心疾患と不整脈について「薬物療法か非薬物療法か」を,第一人者がそれぞれの立場から議論するという形で進められた。虚血性心疾患(司会=日大 上松瀬勝男氏)では,薬物療法の立場から山口洋氏(順大)が「患者の長期的生命予後とQOLを勘案して治療法を選択すると内科治療が有効」とし,非薬物療法(PTCA,ステントを中心としたnew device)については延吉正清氏(小倉記念病院)が,多数の自験例からその有効性を強調した。一方不整脈(司会=愛知県立尾張病院 外山淳治氏)では,薬物療法の立場から小川聡氏(慶大)が,「過度のストレスや一過性の虚血が心室細動(VF)を引き起こす例があり,再発性VT(心室頻拍)/VF例ではないこれらのVF蘇生例には,ICD(植込み型除細動器)は必ずしも最善の選択ではない」と指摘。一方非薬物療法(ICD)の立場から笠貫宏氏(東女医大)が,欧米での成績や自施設の後向き研究を紹介し,欧米で行なわれているMADITなどのICDの予防的植込みに関する大規模試験に触れ,抗不整脈薬に比べて全死亡を54%減少させたとする報告を提示し,ICD適応についての本邦の課題を示唆した。

循環器病に対する費用効果を検証

 3日目に行なわれたパネルディスカッション「循環器病学と社会の節点-予防から社会復帰までのcost-benefitと医療費の動向」(座長=九大健康科学センター 藤野武彦氏,筑波大 嶋本喬氏)では,広く循環器病に関わる医療費の問題が多角的に論議され,さまざまな立場から10人の演者によるアプローチがなされた。

予防のcost-benefit

 最初に登壇した佐藤眞一氏(大阪府立成人病センター)は,「市町村レベルで予防対策を進めるには,経済的な効果をはっきり示す必要がある」とし,脳卒中や虚血性心疾患患者の調査をもとに,予防対策の効果を発表。続く今井潤氏(東北大)は,高血圧を例に,「自由行動下血圧装置や家庭血圧測定装置の導入が降圧薬の節約を可能にし,脳出血や脳梗塞といった合併症の予防も期待できる」と語った。また,丸山徹氏(九大)も,急性心筋梗塞に関して,日米間の比較をするとともに国際比較の難しさ,研究基盤の必要性,1次・2次予防の重要性などを訴え,3氏ともに予防の経済的効果に有効性を認めた。

治療から社会復帰まで

 治療に関しては,宮田晴夫氏(聖隷三方原病院)が,急性心筋梗塞の再潅流療法について口演。「血栓溶解療法→経皮経管冠動脈形成術→ステント留置術と変遷していくにつれ,死亡率の低下,再梗塞の減少,入院期間の短縮が認められたが,ステント留置術の医療費は高額となった」と述べた。また,「日本の材料費はアメリカに比べてはるかに高額」(千葉大 小林欣夫氏)との発言や,「発作性の心房細動に対してアスピリンと抗不整脈薬を投与すると,予防効果は大きいが,コストもかかる」(不整脈薬物療法研究会 井上博氏)など,医療費抑制の難しさも浮き彫りとなり,さらなる臨床経済的な解析が必要とされた。
 一方,西永正典氏(都老人医療センター)は,入退院を繰り返す高齢慢性心不全患者に対して包括的なチーム医療がどれほど有効であるかを検証。「主治医,看護婦の他に,薬剤師,栄養士,理学療法士,医療ソーシャルワーカーがチームを構成し,患者のADLの改善,入院回数・入院日数の削減,さらにコストの抑制を実現した」と,その有効性を語った。
 さらに,長期心臓リハビリテーションに関する口演を行なった牧田茂氏(武田総合病院)は,ドイツの外来心臓病グループ・システムを紹介。このシステムに習って実施している“外来集団スポーツ運動療法”を,「継続して参加している人は,(1)入院日数が短く,(2)運動能力がアップし,(3)他疾患での入院が減少した」と評価した。
 武田淳史氏(早大)は,ME(メディカル・エンジニア)産業の課題と展望を検討。「医療費抑制と国際化が進む中で,日本のME機器の国際競争力は低迷している。特に,治療機器は輸入超過になっており,長期的展望に立てば,保険点数の問題も含めて,製品開発への十分な対応を考える余地があるだろう」と述べた。
 また,外山淳治氏(愛知県立尾張病院)は,心筋梗塞と狭心症の発症と危険因子に関する症例対象研究を発表。「虚血性心疾患の1次予防は,(1)“国民の命の危機管理”の枠組みの中で,(2)“他の危険(事故,犯罪,他)”対策の費用効率に準拠し,(3)社会医学的に策定されるべきだ」と,“命の危機管理”という点から1次予防と費用効率に対する配慮の重要性を指摘した。
 総合討論では,(1)費用効果と治療成績の関係,(2)内外価格差の是正,(3)コメディカルとの関わり,(4)クリティカル・パスを含めたコストパフォーマンス,などについてフロアを交えて論議された。