医学界新聞

 

 Nurse's Essay

 天の邪鬼も大事

 宮子あずさ


 「ねえ,1999年の12月31日と,2000年1月1日生まれのどちらかを誕生日に選んでいいって言われたら,あなたならどっちを選ぶ?」
 昨日,夫が食事中突然真顔でこんなことを聞いてきました。
 「そりゃあ当然,1999年の12月31日だよ。決まってるじゃない」
 そう私が答えた時の彼のうれしそうな顔ったら,皆さんにお見せできないのが残念なほど。そして,一呼吸おいて
 「よかった。もし2000年の1月1日って言われたらどうしようかと思ったんだ。よかった~」
と言う彼の顔には,安堵感が漂っていたのです。
 夫婦の間には,はたから見るとくだらなくても,本人たちにとっては本質に関わることが,時にはあるものです。今回のやりとりについて言えば,彼は,私が自分と同じくらい天の邪鬼な人間なんだっていうことを,確認したかったんでしょう。
 これは私たちにとって,非常に本質的な話。それが試される場面であれば,問いの内容がどんなに他愛のないものでも,2人の間には緊張が走るのです。
“みんなが言いそうなことを言わない”“みんなが買いそうなものは買わない”“ちょっと日陰の道を歩くのがおしゃれ”“正論を振りかざさない”
 それぞれこだわる分野は違っても,私たち夫婦最大の共通点は,天の邪鬼であることに他ならないのです。
 思えば,看護の世界に入ってきたのも,天の邪鬼の嗅覚に触れるものがあったからかもしれません。実績がある割に,表舞台に出ない縁の下の力持ち。ほどよく日陰な世界と思っていたのが,だんだん日が当たる世界に変わってきてしまい,ちょっと困惑しているところがあるのも本音です。
 看護がきちんと表舞台で評価されるのはうれしい。でも,日が当たったからと言って,みんながお日様のほうにばかり向く必要もないはず。表舞台に出られるようになったからといって,みんなが表舞台でガンガンがんばる必要はないんです。ベースの社会的評価を勝ち取れたところで,多様性を許す「ゆるさ」を育てるためには,天の邪鬼な人間も必要なんじゃないでしょうか。
 今回で,このコーナーの担当も終了です。長い間本当にお世話になりました。宮子はこれからも天の邪鬼な生き方を物差しに,細々がんばりますね。みなさまのご多幸を,飯田橋の病院・最上階から,心よりお祈り申し上げます。

〔編集室より〕
上記のように,今回で宮子さんのエッセイはおわりです。長い間のご愛読ありがとうございました。次回(7月)からの新たな執筆陣にご期待ください。