医学界新聞

 

視覚障害者のリハビリテーション

ロービジョンケアとは何か

高橋 広(産業医科大学眼科学教室)


はじめに

 眼科を訪れる人は何らかの視覚的問題を持ち,これらを解決するのが眼科医療機関の使命である。近年の眼科治療,特に手術療法の発達はめざましく,失明する患者は減少しているが,網膜色素変性症や遺伝性視神経萎縮など治療できない疾患もいまだ数多い。また,糖尿病網膜症や緑内障などでは治療によっても視機能が回復できない病態に陥った患者がいるのも現実である。
 私は診療中に眼底検査に用いた+20Dレンズを患者の目の前に置く。すると患者はしばしば驚嘆の声をあげる。
 「見える。見えるぞ」。このことからロービジョンケアは始まる。

ロービジョンケア(low vision care)

 視覚障害は「盲」と「ロービジョン」に分けられる。盲とは視覚を用いて日常生活を行なうことが困難なものを言い,ロービジョンは弱視(partial sight)と教育や福祉分野では呼ばれている。
 この弱視は,眼科でいう斜視弱視や不同視弱視などの医学的弱視(amblyopia)とは異なり,社会的弱視(教育的弱視)の意味で視覚による日常生活が不自由なものを指す。具体的には,世界保健機構(WHO)の基準では盲は視力が0.05未満,ロービジョンは0.05~0.3とに区分されている。
 しかし,網膜色素変性症や緑内障患者で視力が0.7もあるのに,10°(40センチ離して7センチの円)の求心性視野狭窄より日常生活で苦労している方に出会うことがある。わが国でも,このような視野障害の影響を鑑みて身体障害者手帳の基準が1995年4月に改正されたが,その改正はいまだ不十分である。しかも,日本語には平仮名,カタカナや漢字,それにアルファベットが混在しており,アルファベットのみの文章に比して,よりよい視力が必要である。現在日本では,手動弁以上の視力があるが,眼鏡を装用しても日常生活に支障がでたり,困難さを感ずる人をロービジョン者と呼ぶようになってきた。患者,すなわち視覚障害者の保有視機能を最大限に活用し,Quality of life(QOL)の向上をめざすケアがロービジョンケアである。

視覚障害者対策の現状

 視覚障害者は,1996年の厚生省の実態調査では身体障害者手帳該当者31万人とされ,日本眼科医会の推定では低視覚者(ロービジョン者)は100万人といわれているが,その実態は明らかではない。
 QOLの向上を目的とした眼科リハビリテーションは,欧米においては1970年代からが飛躍的に発展してきた。わが国でも順天堂大学の中島章氏,赤松恒彦氏や名古屋市の高柳泰世氏が福祉関係者と協力して導入した。一方,大阪市立小児保健センターの湖崎克氏や帝京大学の丸尾敏夫氏,久保田伸枝氏が小児眼科の分野で弱視児・障害児に対して教育者と協力し,小児眼科リハビリテーションを展開させてきた。
 従来の「失明の宣告」から始まり「歩行・日常生活訓練」へつながる眼科リハビリテーションでは,患者は医療から離れ,心理状態が「失望期」,「否認期」,「不安・混乱期」,「解決への努力期」を経て,「受容期」になってようやく教育・福祉での訓練開始に至るため無為な時間を要した(図1)。
 最近,国立身体障害者リハビリテーションセンターの簗島謙次氏や川崎医大の田淵昭雄氏らにより,眼科内でのロービジョンケアが重要であると主張され,各地にロービジョンクリニックが開設されるようになった。また,北九州視覚障害研究会(眼科医,視能訓練士,看護婦・士,教員,福祉や行政の関係者でつくる勉強会)では病院眼科での視覚障害者の実態を明らかにするため,1997年2月の1か月間に北九州市内19病院眼科に受診した患者に行なった調査では22,117名の患者から602名(2.7%)の視覚障害者が通院しており,1か月の平均通院日数から病院眼科には約5%の視覚障害者がいると推測した。7割以上が日常生活に困難を感じている視覚障害者,つまりロービジョンケア対象者であることが判明した。

プライマリロービジョンケア

 眼科医は患者の治療中に,早期に,適切にロービジョンケアを開始すべきで,眼疾患の病状から考え,視覚的困難が予想されたり,患者が視覚的困難さを訴えた時点からロービジョンケアを導入している。十分な病状や予後を説明するので,明確な失明の告知は必要ないし,行なっていない。眼科医によるこのようなケアを,われわれはプライマリロービジョンケア(primary low vision care)と呼んでいる。そして,さらに視覚的補助具やケアが必要と判断した場合,眼科医の下で,視能訓練士・メディカルソーシャルワーカーなどの基礎的ロービジョンケア(basic low vision care)を開始する(図2)。
 ここまでが医療内で行ない得るロービジョンケアであるが,各施設のスタッフや諸事情によりサービスできるケアはおのずと異なっている。視能訓練士がいない施設では基礎的ロービジョンを他に依頼することは可能である。しかし,眼科医がいる限りプライマリロービジョンケアはでき,看護婦・士などが日常生活の支障度を聞いたり,福祉サービス情報を提供したり,簡単な歩行の介助法を指導することは十分に可能である。それゆえに,ロービジョンケアの成功のいかんは眼科医にかかっているといっても過言ではないと考えている。その後,各種補助具の日常生活での適合性の判定や自立のための訓練,職能判定や職業訓練(実践的ロービジョンケア:advanced low vision care)は歩行訓練士,盲学校教員や職業指導員に依頼している。
 産業医科大学病院眼科で開設しているロービジョンクリニックでは,主に基礎的ロービジョンケアを行なっており,視覚的援助やQOL向上以外に,同大学の設立目的である産業医学においても大いに役立っている。すなわち,従来の眼科リハビリテーションでは困難とされていた仕事の継続が80%以上の視覚障害者で可能となった。

包括的リハビリテーションをめざして

 21世紀のわが国では高年齢化が進み,視覚障害を持つ高次脳機能障害や肢体不自由などの重複障害が増加することが予想されており,内科医,外科医,リハビリテーション医,産業医と理学療法士や作業療法士などの協力を得ながら,包括的なリハビリテーションが求められている。このため視覚領域でもより進んだ高度な訓練(先端的ロービジョンケア:high-graded low vision care)が必要となる。情報の8割は視覚から得ると言われており,これらのロービジョンケアにより視覚を活用できれば,他のリハビリテーションでも大いに役立つと思われる
 しかし,視覚障害者の抱える問題は医療だけでは決して解決できないのは自明のことである。それゆえ,医療以外の視覚障害児・者に係わっている教育・福祉関係者とも積極的な交流を行ない,広範なチームアプローチを行なうことにより,視覚障害児・者のQOLが飛躍的に向上するものと考える。

ロービジョンケアは地方から発信し,世界へ

 現在わが国の医学教育では,視覚障害学やロービジョンケアに関して系統立てて行なっているところはない。また,眼科医の卒後教育としてあるのは,国立身体障害者リハビリテーションセンターで厚生省の主催している「視覚障害者用補装具適合判定医師研修会」のみである。21世紀は“cure and care”の時代と言われているがわが国のこの分野は非常に立ち遅れている。
 このため,われわれは1997年年から九州ロービジョンフォーラムを組織し,眼科医・視能訓練士,教育・福祉関係者への啓発や一般市民対象のシンポジウムを行なっている。昨年も5月の九州眼科学会時に眼科医を含む専門職講習会,9月に佐賀市(バリアフリー),10月福岡市(重複障害),11月に北九州市(地域)にて公開シンポジウムを開催し,本年2月に大分市(就学・就労)で開催した。このようなロービジョンケアは九州以外に北海道や岡山などの地方の都市で着実に定着してきている。この中核となっているのが前述の研修会受講者で,毎年眼科医ロービジョン研修会を開催しており,昨年の日本臨床眼科学会でのロービジョン関連演題は一昨年に比して倍加した。
 本年7月,ニューヨークライトハウスが主催する国際ロービジョン会議「Vision 99」もわが国から多数の参加が予想されている。九州の視覚障害者から「Vision 99」に参加したいとの強い要望があって,九州ロービジョンフォーラムでは参加ツアーを企画しており,全国の視覚障害者の応募も期待している。
【連絡先】産業医科大学眼科学教室
高橋広〔TEL(093)691-7261〕