医学界新聞

 

 シドニー発 最新看護便
 オーストラリアでの高齢者対策[第10回]

 職場環境と看護,介護職の安全

 瀬間あずさ(Nichigo Health Resources)


 今回は,現場で勤務している職員と職場環境について触れてみたい。

Occupational Health & Safety(産業保健と安全)

 ニューサウスウェールズ(以下NSW)州には,ワークカバー(Work Cover)という,日本で言えば労災の認定機関がある。この団体は主に労災の認定や,傷害労働者に対する労働賠償金とリハビリテーション手当てにかかわる事業を提供しているが,その一方で各産業の職場における被雇用者の健康と安全基準の改善にも努めている。
 ワークカバーの労働災害・傷害に関する統計によれば,1994年/95年財政年度に保険業者から報告された労働者賠償金請求は,ヘルス産業では4831名にのぼり,これはNSW州全体の労働傷害の約8%を占めている数字である。
 ヘルス産業において,傷害頻度は病院(精神病院も含む)が最も多く46%,次がナーシングホーム(日本で言えば特別養護老人ホーム)で31%となっている。病院で生じるスタッフによる傷害は,Manual Handling(手動操作)と呼ばれているが,患者のベッドから椅子への移動中に生じる事故が最も多く53%にも及んでいる。また傷害の内容は,捻挫,関節痛,筋肉痛などであり,腰痛は身体の傷害の中で最も多い46%となっている。
 このような,腰痛などによる労働傷害賠償金の上昇は,オーストラリアにおけるOccupational Health & Safety(産業保健と安全)の発展の1つの因子となっている。企業によっては,労働傷害賠償金の上昇が組織の財政を圧迫し,それをいかに改善していくのかは,企業の存続にかかわる重要問題とされ,Occupational Health & Safety(以後,OH & S)が発達してきたわけである。

看護,介護職と腰痛

 人口の40から50%が肥満とされているこの国で,臨床現場で看護,介護職として勤務することは身体的にも楽ではない。脳血栓で片痳痺がひどく,全面介助でもほぼ毎日のシャワー浴介助,1日に1度から2度は,ベッドサイドの椅子に座って食事など,ベッドから椅子,車椅子への移動は頻回におよぶことになる。
 そのような中,つい最近,準夜勤務中にEnrolled Nurse(准看護婦)のリンは,体格のいい患者を椅子からベッドへ移動する時に,腰を痛めてしまった。
 Manual Handling中の事故で,よくあるケースだ。病棟には,パーソナルケアワーカーという職種(患者の移動時,手助けしてくれるスタッフ;多くは男性)が存在し,看護職は彼等と一緒にManual Handlingをするのだが,それにもかかわらず,Back Injury(腰痛等)を引き起こす事故は絶えない。リンは,救急外来に連絡し,すぐに医師の診察を仰ぐ。同時にIncident form(事故報告書)に記入し,その後帰宅するよう命じられる。その晩,病棟のスタッフは1名スタッフ欠員のまま忙しい勤務を送った。
 その後,病院内のリハビリテーションコーディネーターが介入し,リンのリハビリテーションプランが計画され,それにそって職場復帰が開始される。復帰の過程において,例えば看護婦であれば,「Light duty」と称し,病棟勤務からしばらく離れることができ,軽い仕事の事務作業を手配するなど職種を配慮し,1日も早く職場復帰することを奨励される。

各ヘルスケア部門での試み

 「オーストラリア ヘルスケア&高齢者ケアジャーナル」1998年10月号に,各施設での取り組みが報告されている。この報告によれば,1995年にキャンベラ病院で警告を出したが,そのような速度で生じている「Back Injuries」に対して予防に立ち向かうためのプロジェクトが開始された。
 まず,予防に対するスタッフの訓練と方針を明確にし,そしてリフター(写真)を各職場に提供することによって,大きな効果があがったという。またこのプロジェクトの実施により「Back Injuries」の統計に顕著な違いがみられたとの報告があった。1994/95年には,スタッフの労働傷害から生じるロスは50週間であったが,1998年にはそれが6-7週間に減少されたという。その病院の労働者損害賠償保険料は,約700万ドル(日本円換算 5億2500万円)軽減できたと報告している。
 病院だけでなく,シドニー中心部の訪問看護サービスを提供するシドニー訪問看護サービスとワークカバー組織,NSW看護協会が共同で「看護におけるManual Handling」について調査を行なったが,その後,調査結果をもとに在宅ケアにおけるスタッフのBack Injuries予防戦略計画を展開している。
 オーストラリアでは,いろいろな種類のリフターが販売されている。そしてそれらは,高齢者ケア施設,病院などの医療機関で使用されているが,その背景として,このような「OH & S」という分野が,整備されつつあるからといえよう。