医学界新聞

ケーススタディによる勉強会

草場鉄周(京都大学医学部6年生)
[E-mail:tesshu@mbox.kyoto-inet.or.jp



草場鉄周氏:1993年,京大医学部入学。1998年7月に開催された第30回日本医学教育学会にシンポジストとして登壇し,「学生による自主的勉強会からの提言」を発表。多くの参加者の注目を集めた

 4年生の秋,「ケーススタディ」という勉強法で臨床医学を学び始めて,未知への不安と期待で胸がいっぱいだった頃から2年以上過ぎた。暗記中心の国家試験勉強の毎日の中,あらためて「ケーススタディ」による勉強の楽しさや知的興奮の素晴らしさを実感している。そして,1人でも多くの医学生にこの勉強法を知ってもらえればと筆をとった。

ケーススタディとは?

 日本語で表現すると「問題解決型の症例勉強」と言い換えることができる。これは,最近アメリカの多くの医学部において,基礎医学修得のための標準的な医学教育となっているものである。
 具体的には,「62歳の女性が頭痛を訴えて来院した。症状は……。」といった感じのありふれた1つの症例を,「なぜ来院したのか?」「この症状はどのようにして起きたのか?」「この人の診断はどのようにしてつければよいのか?」「治療としてはどのようなものが考えられるか?」というように,いくつかの切り口(=問題)から考えていく(=解決する)ことによって,医療に関する実践的知識を学んでいくという発想だ。この中で,さまざまな病気の基礎知識を学び,診断・治療のプロセスも考えることになる。もちろん,基礎医学にまで戻って勉強する必要にも迫られる。
 学習する際には,さまざまな教科書・参考書を資料として持ち寄り,学生間でディスカッションして問題点を明らかにする作業が基本となる。チューターとして教員がいる場合でも,知識を提供するのではなく,議論が見当違いの方向に進んでいないかをチェックする役割を果たすに過ぎない。
 従来からの“講義”による一方通行の知識吸収型学習の対極にあることは,すぐにおわかりいただけると思う。与えられた課題に正解を見つけ出すのではなく,むしろ課題を見つけ出し,自分なりに解決する能力の養成を主眼としているわけである。もちろん机上の学習ゆえの限界はあるが,得るものも実に大きい。

2年間の勉強会の歩み

 この2年間,ケーススタディを軸にして,私たちのグループは2つの勉強会を実施してきた。以下に記した“勉強会の歩み”を読んで,ケーススタディの魅力の一端を感じとっていただければと思う。

勉強会の歩み(1)
 4年生の春に「臨床薬理学」の演習で使われたジギタリスの副作用についてのケーススタディとの出会いは,「講義を聴き,教科書を読む」,という勉強法しか知らなかった私たちにとって実に新鮮だった。すでに始まっていた臨床医学の講義が,旧態依然とした“講義担当者の専門分野に関するマニアックな話”,“百科事典的な知識の羅列”,“結局何を知っておけばよいのかがわからない内容”で満ちていたことにがっかりした私たちは,すぐにこのケーススタディで臨床医学を学べないかと思った。しかし,肝心のテキストが見つからない。やはり無理かとあきらめかけていた時,偶然洋書コーナーで『Case』,『Internal Medicine』が題名に含まれた本が目についた。これこそ,「Diagnostic Strategies for Internal Medicine」(Mosby社刊)というケーススタディによる臨床医学(内科)の教科書だった。この本は,症例とそれに付随する問題を通して1つの疾患について学ぶシステムで,まさに私たちが探している本であった。
 そして4年生の秋,私たちはかねてから考えていた,「講義を実施している時間に,ケーススタディによる勉強会を独自に行なう」という計画を実行していくことにした。仲間が5人集まり,後にもう1人増え,10月末から勉強会が始まった。
 勉強会は,担当者が1つの症例を全文和訳し,勉強会の場では症例に付随した問題をメンバーであれこれ考えた後に,配布した和訳プリントを読んで知識を確認していき,さらにディスカッションする形式をとった。何といっても,疾患の病態生理についてあれこれ考える時間の楽しさや,本文の意外な解答を知る際の驚きは格別のものだった。前日の症例について担当者が作成したミニテストを朝一番に実施することで,医学知識を整理することもできた。
 場所は,医学部の一室と図書館を使用し,月-金曜の毎朝9:30から夕方まで実施した。また,講義に出席せずとも試験は合格しなければならないわけで,臨床医学の各科の試験勉強はまとめて週末に実施した。
 こうして,毎日毎日,たんたんと勉強会を続けていったが,必ず1冊終わらせるという意気込みがマンネリになりがちな心に緊張感を持続させてくれたこともあり,翌年7月に,テキストに掲載されていた108の症例すべてを学び終えた。

勉強会の歩み(2)
 その年の10月からポリクリ(臨床実習)が始まった。いよいよ,医療現場に赴き患者さんから学ぶことができる機会の到来だ。その際に欠かせないMedical Interview(病歴聴取)の技法と身体診察の技法は,いろいろな勉強の機会を設けて学んでいった。
 そうした勉強に加えて,ポリクリの間もケーススタディを続けていきたいという気持ちがあった。ただ,これまでとは違って,「病院での実習に役に立つような病歴聴取の訓練」と「一般的な症状(胸痛・腹痛など)の鑑別診断の能力の養成」を目標にした。“鑑別診断の能力”に注目したのは,一般的な臨床医学の学習が「ある疾患についての症状・検査所見・治療を学ぶ」という百科事典的な内容であるために,「ある症状からいくつかの疾患をピックアップし,さらに絞り込むために必要な検査を実施,診断をつけて治療する」という鑑別診断の勉強とややずれており,独自に勉強する必要があると考えたからである。そして,この目的に最も合致するテキストとして,「Problem Solving in Clinical Medicine」(Williams&Wilkins社刊)を選んだ。
 勉強会は,このテキストの1症例について,担当者と医師役・患者役を決めて模擬診療を実施し,患者役は担当者が提供するシナリオに基づいて症状や状況を踏まえた演技を行ない,医師役は病歴の聴取(コミュニケーション訓練)と身体診察のデータ収集(実技は省略)・鑑別診断・検査のオーダー・検査結果の判断・確定診断・治療の選択などを一貫して行なっていく。もちろん知識不足の点も多いため,医師役は教科書・参考書やメンバーらの手助けを借りながら,四苦八苦しつつこのプロセスを進んでいくことになる。担当者は,前もってその症例を選んで,関連する症状についての鑑別診断や検査の手順についてさまざまなテキストで学習しており,上記のプロセスの進行を統括するとともに,終了した後にレジュメを配布して,今回のポイントとなった症状についての総整理を行なう。
 このように書くと,何か堅苦しい感じがするが,実際は「医師-患者」のやり取りなどは演じ方によっては実に奥が深い。診察室に入る際からすでに歩行の異常をさりげなく演じたり,バセドー病の患者が暑がっている様子を演じてみたりと,医師役はさながら探偵のような観察力を試されることもある。また,救急疾患の症例では,迅速な診察・検査・治療を実施しなければ,患者の容態が悪化していくこともあり,医師役は冷や汗をかきながら頭脳をフルに使う必要に迫られる。重要な検査をし忘れると,誤診することもある。場合によっては,死に至ることも……。
 また,鑑別診断の中で可能性の高い疾患を,病歴・身体所見に基づいてピックアップする部分がこの勉強会の1つの山であり,メンバーの中で激しいディスカッションが行なわれる。そして,検査を選択する際にも,1つひとつの検査が何を目的とするものかについてその必要性が検討される。検査結果が予想した疾患に一致していればひと安心だが,違う場合にはまた1から考え直して紛糾することもめずらしくなかった。
 この勉強会は,5人のメンバーで,5年生の10月からポリクリと同時に,週に1回3-4時間のペースで続けてきた。主要な症状についてひと通り網羅した後も,この2月まで続け,無事47の症例を学び終えた。1回1回に担当者が作成したレジュメは,将来にわたって役に立つであろう貴重なデータベースとなっている。

基礎医学とケーススタディ

 最初に述べたように,ケーススタディは基礎医学を実践的に学ぶために欧米で導入された経緯がある。ただ,私たちがケーススタディを知った時,すでに基礎医学の学習は終わっていた。そこでぜひ,今基礎医学を学んでいる低学年の学生にもこの勉強法を知ってほしく,京大総合診療部からハーバード大学で実際に使用している教材をいただき,勉強会の場を提供し,2年生,4年生とともに1年以上細々と続けてきた。
 そこで確信したことは,適切なアドバイスと資料さえあれば,例えば「腹痛」の症例から「消化器の解剖・痛みの発生機構・鎮痛薬の分類と作用機序」を学ぶように,幅広くかつ深く基礎医学を学べるということである。ただ,この勉強会を低学年だけで実施するのはおそらくかなり難しく,やはりチューターの育成や適切な教材の作成,図書館の蔵書の充実などに大学側が取り組んで,適切なシステムを作る必要があるだろう。
 一方,ともに勉強会を実施した2年生は,各教科ごとに洋書のケーススタディテキストを使いながら勉強して成果をあげている。もし学生だけの勉強会でケーススタディによって基礎医学を学ぶのならば,彼らのように自己学習用に作られた洋書のテキストを使うのが最も現実的であろう。

まず第一歩から

 最後に,ケーススタディの助けとなる資料を紹介したい。まず,必要なテキストについての情報だが,京都大学生協が発行している「医学部基本図書目録1998年度版」をお薦めしたい。作成に著者も関与した経緯があり,基礎医学用も含めたケーススタディ関連書籍を多く掲載している。また,「Diagnostic Strategies for Internal Medicine」(Mosby社)を使って臨床医学を学ぼうという方には,私たちが勉強会の経験を生かして作成した「Diagnostic Strategies for Internal Medicine ガイドブック/問題集」をお薦めする。勉強法のコツ,症例一覧,108例の復習テストを掲載しており,特に1人で学ぼうという方には学習の指標として役に立つはずだ。
 いずれも,京都大学南部生協[TEL:(075)753-7635/E-mail:Kyodai.Nambub@ma1.seikyou.ne.jp]にて通信販売しているので,直接そちらに問合せてもらいたい。値段はほとんど実費のみで,気軽に入手できる。
  何よりもまず,「百聞は一見に如かず」である。ケーススタディを味わって,医学の修得がいかに楽しく,知的好奇心をかき立てるものであるかを1人でも多くの人に実感してもらえれば,筆者にとって何よりの喜びである。