医学界新聞

印象記

第6回アルツハイマー病とその関連疾患における国際会議

井桁之総(群馬大学医学部・神経内科学)


 1998年の7月18日から23日まで,「第6回アルツハイマー病とその関連疾患における国際会議」がオランダの首都,アムステルダムで開催された。本学会は2年に1度開かれる国際学会であり,ポスター,スライドを合わせ1300にものぼる発表があった。初日に行なわれたオープニングセッションでは,Dick F. Swaab会長からアルツハイマー病の臨床症状と全経過,社会福祉についての講演があり,それに続くレセプションでは多くの研究者の熱心な議論と情報交換がなされた。
 幸運にも金原一郎記念医学医療振興財団から第12回研究交流助成金をいただき,発表の場に恵まれた。ここにお礼を述べるとともに,本学会の主な発表内容と最近のアルツハイマー病研究の流れを概説したい。アルツハイマー病の研究とはいえ広範囲にわたるため,以下の内容は著者の専門分野に限局していることを諒承いただきたい。

アルツハイマー病

 アルツハイマー病(AD)は痴呆を呈する進行性の神経変性疾患である。病理学的にはアミロイドβ蛋白(Aβ)からなる老人斑が神経細胞外に沈着し,神経細胞にはリン酸化Tau蛋白からなる神経原線維変化,シナプスの減少と神経細胞死を認める。常染色体優性遺伝を呈する家族性アルツハイマー病(FAD)には,アミロイド前駆体蛋白(AD1:第21番染色体),Presenilin-1(AD3:第14番),Presenilin-2(AD4:第1番)の遺伝子異常があり,異なる遺伝子が共通の病理過程を引き起こすものと考えられている。現在,ADのほとんどを占める孤発性ADの病的機序を解明するためにFAD原因遺伝子,およびその遺伝子産物の研究が中心となっている。

新しい原因遺伝子の発見

 M. P. Vanceらは一昨年,晩期発症型家族性AD(Late onset FAD; LOFAD)の原因遺伝子が12p11-12に存在すると報告した。
 本学会でR. TanziはLOADがalpha-2 macroglobulin(α2M)遺伝子にリンクしていると発表した。α2MはAβと強固に結合し,Aβの分解に関与すると考えられている。Tanziはα2Mに遺伝子異常があるとAβ代謝に異常が起こり,一生涯にわたってAβ沈着が増加し続けるのではないかと仮説を立てた。
 しかし,Hyslop,Vance,Goateらの3グループは,α2Mにリンクしていないと発表し,α2MがFADの原因遺伝子であるかどうかの問題は今後も議論を呼びそうだ。

Presenilin蛋白

 早期発症型FADの主要な原因遺伝子であるPresenilin-1(PS1)遺伝子は,第14番染色体にコードされている。43kDaのPS1蛋白は7-8回貫通膜蛋白であり,28kDaのN末端側(NTF)と17kDaのC末端側(CTF)に代謝され,粗面小胞体やゴルジ装置に存在する。
 PS1遺伝子異常を持つ患者のファイブロブラストや血清中,もしくは培養細胞中でAβ1-42の産生が亢進し,PS1がAPP(アミロイド前駆体蛋白)代謝に直接関与していると考えられている。現在,PS1の主要な生理的働きやAβ1-42産生亢進の機序が精力的に研究されている。

PS1ノックアウトマウス

 PS1ノックアウトマウスでは胎生期に脳出血や骨格形成異常を起こし,PS1は個体発生に関与している。De StrooperらはPS1ノックアウトマウスの胎児脳にAPPの野生型,または変異遺伝子を過剰発現させ培養すると,APPが蓄積しAβ1-40,1-42の産生が低下すると報告している。
 本学会でも,PS1ノックアウトマウスの脳で,APPのCTFが蓄積しているという発表が,W. Xiaをはじめ,いくつかのラボからなされた。APPは,695から770個のアミノ酸からなる1回膜貫通型蛋白でC末端の99番目からAβがコードされている。APPはAβのN末端で切断される分泌型APPと膜に残されたC末端側(CTF)に分けられる。CTFは,さらにAβのC末端側で切断されAβ1-40,Aβ1-42,Aβ1-43,P3(Aβ17-40,17-42)として代謝される。それぞれの部位で働く酵素は,α-,β-,γ-secretaseと想定されている。PS1ノックアウトマウスでAPP CTFが蓄積していたことは,PS1がAPP CTFのγ-secretaseによる代謝(γ-cleavage)に関わっていることを意味する。
 さらにW. Xiaらは,同ノックアウトマウス脳の膜分画抽出でPS1とAPP CTFが結合していることを証明した。また,S. J. LeeらはAβ1-40はトランスゴルジネットワークに存在し,Aβ1-42は粗面小胞体に存在していることを報告した。以上の所見より粗面小胞体の膜上のPS1が,同部にあるAPP CTFからAβ1-42が産生される機序に関与していると思われる。

PS1結合蛋白

 W. XiaはPS1がAPPに結合していることを,PS1遺伝子とAPP遺伝子を過剰発現させた培養細胞で証明している(PS1-APP Complex)。またTwo hybrid interaction trap assay法によってもPS1-APP Complexは証明されている。
 しかしA. Capellらは培養細胞内でPS1-CTFとPS1-NTFが100-150kDaのComplexを形成していたが,その構成成分にはAPPを認め得なかったと報告した。また,G. Yuらも,PS1-CTF,PS1-NTFとβ-cateninが,培養細胞内とヒト脳での180-250 kDaのComplexを形成していたが,PS1-APP Complexは証明できなかったと発表した。われわれは,ヒト脳の膜蛋白抽出分画を等電点電気泳動でpHごとに分割した後,再び可溶化して免疫沈降法を行ないPS1がAPPとComplexを形成していることを証明した。さらにそれぞれのpHでPS1-APP構成要素が変化していることを示した。
 このComplexの構成要素は,APP-PS1CTF-PS1NTFであるものがAPP全体の52%でありAPP-PS1CTFであるものが26%,APP-PS1NTFが18%,APP単独が4%であった。この結果はヒト脳でAPP-PS1 Complexが,実際に検出された初めての報告であった。
 また,β-cateninをはじめとするarmadiro蛋白とPS1が結合しwntシグナル系で細胞間情報伝達に関与しているという研究が報告され,さらにW.J. Rayらはノッチ前駆体蛋白とノッチのCTFがPS1と結合しており,PS1が細胞内輸送に関係している可能性もあると報告した。
 AD脳では異常リン酸化を受けたTauが不溶化し神経細胞内に蓄積して神経細胞死を起こすという説がある。高島らは,PS1がTauとglycogen synthase kinase 3β(GSK-3β)に結合していると報告した。
 PS1のTau binding siteは250-298であり,この部分には多くの遺伝子異常が報告されている。遺伝子異常があるとPS1とGSK-3βの結合が3倍強くなり,Tauの異常リン酸化が増加する。この結果からPS1がGSK-3βによるTauリン酸化をコントロールしていることが示唆される。
 さらに新しいPS1結合蛋白の発表があった。N. Tezapsidisらは,PS1が,膜器官を微小管への橋渡しをする蛋白,Cytoplasmic Linker Protein 170(CLIP 170)に結合していることを発表した。その結合はCa2+依存性で,PS1 mutation(+)ではその結合力が増す。また,E. K. ChoiらはCa結合蛋白であるCalsenilinとPS1,PS2とが結合することを証明した。
 これらの発表からPS1が,Ca2+依存性の構造蛋白としての役割を持つことが想定される。M.P. Mattsonは,PS1遺伝子異常があると粗面小胞体でのCa2+調節に異常が起こり,Ca2+が異常に流入してoxidative stressが生じ,ミトコンドリア機能異常による神経細胞アポトーシスを誘発するのではないかと述べた。
 これらPS1結合蛋白はPS1と相互作用をもち,その機能異常がAD発症機序に関係する可能性があり,今後の研究の成果が期待される。

アルツハイマー病治療薬

 C. Sotoは,彼らが作成したAβのβシート構造を破壊する11もしくは5アミノ酸の合成蛋白(β sheet breaker)がアミロイドーシスを引き起こすラット脳でアミロイド線維形成やアミロイド沈着を抑制し,培養細胞での神経細胞死を妨げると発表した。このβ sheet breakerは,Blood brain barrierを通過しADの治療薬として期待できる。
 また,最近の報告では閉経後にエストロゲン治療が行なわれている患者にADの発症率が低く,発症年齢が遅いことが知られている。H. Cuは神経芽細胞腫とラット,マウス,ヒトの胎児大脳皮質の神経細胞から分泌される可溶性APPとAβの産生が17β estradiolによって抑制されることを示した。
 17β estradiolはトランスゴルジネットワーク(TGN)からの分泌顆粒の放出を促進させる。そのため17β estradiol投与によってTGNに存在するAPPの分泌促進が起こり,基質として利用されるAPP量が減少するためAβ産生が低下すると考えられている。

ADとの関連疾患:Front-Temporal Dementia

 メイヨー・クリニックのM. Huttonは,65歳以下で発症する進行性の痴呆と錐体外路症状を呈するFront temporal dementia and parkinsonism(FTDP)の原因遺伝子が,17q21-22に位置すると同定した。病理学的には神経細胞とグリアが免疫組織学的にTauで染色される。
 興味深いことに,これらの所見はADの所見に類似していることからTauに関わる機能異常が異なる病気を引き起こしている可能性があり,「Tauopathy」という新しい概念が確立したことになる。

おわりに

 APPに変異を持つ家系は,そのプロセッシングの異常がAβ沈着増加をもたらしAD発症に直接結びつくのではないかと予想される。
 しかし,APP遺伝子異常を持つFADはごく一部にしか過ぎず,肝心のAPPの生理的機能やプロセッシング機構は明らかにならなかった。こうした時,登場したPS1はFADの主要な原因遺伝子であり,世界中の研究者の注目を浴びた。それから2年,PS1研究も行き詰まりを見せた。
 PS1の生理的な働きが依然として解らず,Aβ42産生亢進の機序も解っていない。さらに十分な検定をされずに出回った抗体は生化学,免疫組織学のデータの矛盾をよび混乱を招いている。
 今後,AD研究の中心は,PS1の生理的働き,Aβ42産生亢進の機序,もしくはα2MのAD発症における役割に移っていくかもしれない。しかし,いかなる遺伝子異常を持とうともAD発症の基礎には老化が深く関わっていることを肝に銘じ,今後の研究の成果に期待したい。