医学界新聞

連載
アメリカ医療の光と影(2)

患者アドボケイト(2)

李 啓充 (マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学助教授)


 前回はマサチューセッツ総合病院(MGH)の「患者アドボカシー室」について紹介した(繰り返しになるが,患者アドボカシーとは「患者の味方となってその利益・権利のために闘うこと」であり,闘う人のことをアドボケイトと呼ぶ)。MGHでは患者アドボカシー室と呼ばれているが,患者の苦情に対応してその解決に当たる担当者は,一般には患者代理人(patient representative)と呼ばれることが多い。

患者代理人制度

 アメリカ病院協会(AHA)から「患者のために-医療における消費者アドボカシー」という本が出ているが,これによれば,患者代理人制度が誕生したのは,1966年,ニューヨークのマウント・サイナイ病院であったという。公民権運動に象徴されるように,60年代に入ってからの「人権」意識の高まりがその背景にあった。その後,患者代理人制度を置く病院の割合は増え続け,AHAの下部組織として全米消費者担当者・患者代理人協会が創立されたのは1972年のことである。患者代理人制度を採用している病院の割合は1972年には約10%であったが,現在では50%以上の病院でこの制度が取り入れられている。
 また,「医療施設評価合同委員会(JCAHO)」は,政府管掌老人医療保険メディケアの指定医療施設を審査・格付けする機関であるが,「医療施設が患者の権利を保証する体制を整えているか」ということが審査の重要項目の1つとなっている。病院収入の30-40%を占めるメディケア指定を取り消されたら病院にとっては死活問題であり,患者代理人制度を設けていればJCAHOの審査にも通りやすいのである。
 病院側にとって患者代理人制度を設ける大義名分は,患者の人権を守り,患者からのフィードバックを臨床サービスの改善に役立てるということだが,実際には医療訴訟の防止効果も期待されている。患者の不満・苦情に対して早い段階でその対処に努めれば,問題がこじれて医療訴訟まで発展することを防ぐことができるというわけである。MGH患者アドボカシー室長のサリー・ミラー女史も,「データがあるわけではないが,アドボカシー室がなければ,MGHを訴える医療訴訟の数はもっと多かっただろう」と認める。

患者アドボケイトが大流行

 本音で言っているのか建て前だけで言っているのかはともかく,アメリカでは医療関係者が「患者アドボケイト」という言葉を使うことが大流行りである。管理医療が隆盛をふるい,保険会社が支払い者として医師の裁量権に干渉するアメリカ医療の実態は,拙著『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院刊)で紹介したが,「患者アドボケイト」という言葉は,医療サービス供給側にとって保険会社に対抗するための錦の御旗として使われている傾向がある。
 例えば,民主党・クリントン大統領はHMOなどの管理医療を大幅に規制する「患者権利法」の制定をめざしているが,アメリカ医師会(AMA)は従前の共和党寄りの立場を変え,「患者アドボケイト」の立場を強調して民主党の法案に賛成している。また,訴訟弁護士とAMAとは仇敵ともいえる間柄であるが,保険会社を医療過誤で訴えることを可能とする民主党案については利害が一致するとあって,これを共同で支持している。弁護士にとっては保険会社を医療過誤で訴えることができるようになれば,医療過誤訴訟マーケットの拡大となるからである。
 かたや,これまで民主党寄りといわれていたAHAは,「患者権利法」に関してはゆるやかな規制を主張する共和党寄りの姿勢を示している。というのも,保険業に進出して自らがHMOを運営している病院を数多く協会員として抱えているために,管理医療を大幅に規制する民主党案には諸手を上げて賛成しかねるからである。ちなみに,AHAは昨年,組織綱領の活動目標から「患者アドボケイト」という言葉を削除し,話題となった。

「誰が患者を攻撃しているんだ?」

 ハーバード大学医学部準教授兼ケンブリッジ病院地域医療部長のデイビッド・ヒンメルシュタイン医師は,医療者による管理医療反対運動を組織する人物であるが,筆者は,患者アドボケイトとしての医療者の役割が強調されるアメリカ医療の現状について,彼の意見を聞いたことがある。
 「医療者が患者アドボケイトでなければならないと強調される事態はおかしいと思わないか?医療が正常に機能していれば,医療者が患者を『守る』必要などないではないか?患者アドボケイトというのは,患者を誰かから守る役目のことだ。つまり,誰かが患者を攻撃しているからこそ,患者を守る人間が必要になっているということだ。一体,誰が患者を攻撃しているんだ?」というのが,彼の答えだった。

この項つづく