医学界新聞

人工心臓開発の新たな可能性

妙中義之氏(国立循環器病センタ―・人工臓器部長)に聞く


 最近の医療の進歩により,多くの心疾患患者が救命されるようになってきたが,心臓を置き換えることが唯一の治療手段となる重症の心臓病患者は,依然として数多く存在する。その治療法である移植も,いまだ国内では実質的に再開されておらず,患者の救命にはいたっていない。しかし,患者を救う方法は1つとは限らない。
 本紙では,国内における人工心臓開発の最先端を走る妙中義之氏(国立循環器病センター・人工臓器部長)に,現在2005年の臨床応用をめざして開発中の体内完全埋込型人工心臓を中心に,人工心臓開発の現状と展望,さらに最新の研究などについてお話をうかがった。


人工心臓は心臓移植までのつなぎではない

 移植の先進国と言われているアメリカでは,心臓移植の適応とされる患者さんは年間3万人いると推定されています。しかし実際にその中で移植を受けるのは,脳死患者からの心臓提供という制限のために年間2000人程度です。おそらく日本においても同様の事態が考えられます。しかし移植適応者は重症であり,移植まで持ちこたえられない可能性の大きい患者さんに対して,何らかの治療法を早急に開発する必要があります。
 私たちが現在研究・開発を進めている人工心臓は,そのような患者さんに対する治療法となるものです。人工心臓は心臓移植までの「つなぎ」ではなく,移植と同様に「心臓置換」という治療法の1形態であり,並列した治療法であると考えています。そのために,体内に完全に埋め込むことができる人工心臓の開発が重要な課題となります。現在,アメリカ,韓国,日本でこのような人工心臓の開発が進められています。

体内完全埋込型人工心臓

 現在私たちの施設でも2005年の臨床応用をめざして,「体内完全埋込型人工心臓」の開発に取り組んでいます。この人工心臓システム()は,血液ポンプ,駆動装置(アクチュエータ),駆動制御部,体内電池,閉鎖した皮膚を介した経皮電力伝送部,体内情報伝送部などから構成されています。重さは1.5kgほどで,一度装着したら3-5年は取り替え不要となります。
 私たちの研究・開発の目的は,人工心臓を装着した患者さんの救命に加えて社会復帰にあります。この心臓を装着した患者さんは在宅,勤務時には壁電源や携帯型電池から,外出時も持ち運べる携帯型電池から電力の供給を受けます。まったく皮膚は閉じたままで体の外側から内側へ電力を伝送します。さらに体内バッテリーでも1時間ほど駆動できるため,急な停電時や入浴時にも対応できます。
 現在使用されている人工心臓は空気圧で動かしているため,患者の皮膚を介して大きな駆動装置につながれたままとなりますが,それを電気油圧式で動かすことで駆動装置自体を体内に埋め込めるほど小型化できることも特徴です。これで活動範囲が大きく広がりますし,感染症のリスクが大幅に軽減されます。
 さらに,「経皮テレメトリーユニット」という診断のための装置がこの人工心臓の特徴で,体内の人工心臓の駆動状況を,皮膚を介して光デジタル通信で外部に送っています。ここでは血圧,駆動時の油圧室の圧変化,モーターにかかる負荷電力などを計測していて,体内の状況や患者の様態などを診断できるのです。

血液ポンプ
 人工心臓開発の焦点の1つに,ポンプ内に血栓ができないようなデザイン,システムをとることがあげられます。私たちは血液ポンプ内の流速や圧力分布などの計算,レーザー光や画像を用いて流れを可視化して測定したもの,また動物実験や実際に血液を用いた実験などを組み合わせて,血液を破壊する要素は何か,血栓がどのような原因でつくられるのかなどを検討しています。
 血液ポンプの材質はポリウレタンを使用しています。これは生体に近いというよりも生体適合性のよい材質で,血栓ができにくい,耐久性がよいなどの利点があります。

「拍動流型」と「定常流型」

 この血液ポンプには,左右交互に本当の心臓と同様に拍動することで血液を送り出す「拍動流型」と,ポンプ内の羽根の遠心力によって流れと圧力を送り出す「定常流型」があり,私たちは両方の研究を進めています。拍動流型は心臓と同じ原理のため生体になじみやすいのですが,サイズが大きく,必要な人工弁の値段が高いのです。一方,定常流型は構造がシンプルで小型化しやすいのですが,血流量が変化しやすく安定しないなど,どちらにもメリット,デメリットがあります。現在は拍動流型が主流ですが,アメリカでは定常流型も実用化されると聞いています。
 実際に私たちの行なった仔牛を使った実験では,空気圧駆動による拍動流型で189日,左心室だけを人工心臓でバイパスした対外装着方式の定常流型では1年以上の生存が認められています。

体にフィットした人工心臓を

 人工心臓を開発する中で,どのようなデザインが人間の体に一番フィットするかを,コンピュータグラフィックをフルに活用して研究しています。先ほどの完全置換型人工心臓も1種類しかサイズはありませんが,いずれは個人の体型に合わせたものを作りたいと考えています。「オートクチュール」とまではいかなくても,イージーオーダーぐらいにはしたいですね(笑)。患者さんのことを考えると,いつでも必要な時にその人の体型にあった人工心臓を棚から取り出せるようになるのが理想です。

人工心臓開発・研究の展開

一体型人工心肺

 また現在,定常流型の原理を用いた一体型人工心肺を開発中です。これは羽車を高速で回転させた遠心力とガス交換のためのファイバーでできた人工肺を組み合わせて血液を酸素化し,また体内に戻すというシステムです。透析をイメージするとわかりやすいと思います。これには小型で長期間使用しても血栓ができにくく,またガス交換度を安定させるなどの最新の技術を集めました。
 一体型人工心肺を用いることで,溺死の患者への対応など救急の現場で,また在宅で人工呼吸器を装着している患者さんのQOL向上に,とても有効となります。
 また,一体型人工心肺を使用することで肺の中の血液循環を少なくすることになりますが,それが生体にどのような影響を与えるかも研究しています。肺はガス交換という大きな役割を担っていますが,この他にも肺は,循環調節のための体内物質の代謝においても非常に重要な役割を果たしています。長期で使用できる人工心肺を使ってのこのような生理学的な研究は,世界でも他には例を見ないのではないでしょうか。

生理学の新しい側面を担う

 私たちは,性能のよい人工心臓の「開発」を研究していますが,それだけではありません。例えば,定常流型人工心臓では拍動,つまり「脈」は起こりませんが,このことが生体にどのような影響を与えるか,また心臓にはポンプ機能以外にどのような役割があるかなど,生理学的な研究が必要となってきます。さらに生体内における脈の意義や循環機能,生体に機械を埋め込んだ時にどのような反応をするかなど,この人工心臓の開発を通じて新しい側面から生理学を追究することができるのではないかと期待しています。
(了)


人工心臓の歴史
 心臓手術の際にその代役を果たすものとして開発された「人工心肺装置」がその始まり。後に,術後や心臓が著しく弱った場合,その機能の回復を待つ間に使用される補助人工心臓が開発され,日本では1984年に臨床応用,91年に厚生省の製造認可を受けて商品化された。現在は移植を待つ間のつなぎとしても使用される。