医学界新聞

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 NINR(米国国立看護研究所)の役割(2)
 [第8回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


 さて今回は,前回に引き続きNINR(The National Institute of Nursing Research:米国国立看護研究所)の役割と機能について話をしましょう。

看護研究者が取り組む課題

 NINRが設立されてからおよそ10年。NINRは常に,そして,効果的に,看護技術の基礎として使われてきた「慣習的な知識」に挑んできました。看護研究者は,患者のニーズに最も敏感に対処するものとして,例えばNICUにいる間,未熟児がどうすればうまく育ってくれるのかとか,化学療法に耐えている癌患者をどのように援助すべきなのかということなど,看護場面に対処するための研究計画をたてます。また,手術や薬物療法による疼痛や不定愁訴などの副作用に伴い,患者はそれまでの治療への参加を拒んだり,治癒への意欲をなくしてしまうことがありますが,看護研究者は,これらの気持ちを理解しようとするとともに,痛みや副作用を,軽減または緩和させるために最前線で戦っています。さらに,人は通常,1人で病気や機能障害を経験しているわけではなく,家族や友人も深くかかわってくるのです。したがって,これらの人々と患者を取り巻く問題も,看護研究者にとっては大事な研究課題の1つなのです。

NINRの6つの研究分野

 さて,NINRの構成ですが,これがなかなか複雑なのです。私のように,大学や研究所に籍を置く研究者(博士号を持っている者)が応募できる研究金授与システムには,以下の6つの分野が指定されています。
1)慢性疾患と長期治療に関する研究
2)健康増進ならびに危険防止に関する研究
3)心肺機能の健康と急性期医療ケアに関する研究
4)痛みを含む神経機能と睡眠障害に関する研究
5)免疫反応と腫瘍学に関する研究
6)生殖と乳児に関する研究
 以上の6分野なのですが このいずれかに当てはまる研究申請書は,いったん研究者から所属する研究機関を通してNIH(National Institute of Health:米国衛生研究所)に送られます。そして,これを受け取ったNINRが,NIH全体で構成している科学審査班のいずれかの1つに割り当て,審査されるのです。

科学性が問われる研究申請

 しかし,NINRはその中の看護研究審査班を構成していますが,このグループが誰の申請書を審査するのかはわかりません。看護研究班ではなく,別の部門の人が看護研究の審査をする場合もあります。
 例えば,私が看護研究申請書をNINRに提出したとします。しかし,申請書を割り当てられた部門の人が,「これは応用生理学に属する」と判断したとすると,この申請書は応用生理学の部門に渡され,私の申請審査は生理学者の集まりで,その内容と科学性が討議されるようになるわけです。
 この審査班では,その科学性が鋭く問われ,それぞれの申請書に点数がつけられます。その点数をもとに,科学審査班による承認が行なわれます。承認が決まった時点で,研究申請書の提出者は,いわゆるピンクシートといわれる評価表を担当の科学班から受け取ります。念のために言いますと,昔は本当にピンクの紙に書かれていたそうですが,私がこの研究審査に応募をし始めた頃からは,白か薄い黄色となりました。ピンクの紙を受け取った覚えはありませんので,ピンクシートというのは過去名称となっています。

先の遠い研究費助成

 さて皆さんは,この時点でお金がもらえるかどうかが決まると思われるでしょうが,実はまだまだ道は遠いのです。この後で,承認された申請書に関し研究諮問機関が検討し,その結果としてはじめて研究金が下りるのです。
 研究申請書がNIHに送られてから,実際にお金が下りるまでには最短で約9か月か1年かかります。しかもたいていの申請書は,1度は書き直しを要求されるために,実際には,約1年半とみておくのが常道だと思われます。
 実際に研究の構想を抱いて,その予備研究を経て結果をまとめ,そして申請書の形にするまでにはやはり1-2年はかかります。ですから,アイデアから実際の研究に入るまでに,なんと3-4年もかかってしまうことになります。
 このように,本当に面倒くさいくらいのきちんとした手順を踏むことによって,研究所の使命を具現化できるのです。だからこそ,資格のある人が,誰もが平等にその申請を評価してもらえる仕組みを作ってあるのだと思います。

〔参考文献〕
NIH, Science for health: Research supported by the National Institute of Nursing Research, National Institute of Nursing Research; Bethesda, 1997