医学界新聞

第3回国際病態生理学会に参加して

森田啓之(岐阜大教授・第1生理学)


 金原一郎記念医学医療振興財団第12回研究交流助成金を受け,昨年6月28日から7月3日までフィンランドのラハティで開催された国際病態生理学会に参加した。この学会は第1回がモスクワ(1991年),第2回が京都(1994年)で開催されており,今回は第3回にあたる。「病態生理」という分野は日本ではなじみ薄だが,ヨーロッパ,特に東欧では基礎医学と臨床医学とを結び,疾患のメカニズムを解明する分野として盛んに研究されている。実際,シンポジウムのテーマは精神神経科領域から,癌,心循環系,代謝内分泌系,運動系,感覚系,外傷,加齢に至るまで多岐にわたり,特別講演4題,シンポジウム52題を含め,総演題数は1092であった。
 ラハティはヘルシンキの北100kmに位置する湖に面した人口95,000人の小さな街であり,森の中に建物が点在するという環境は,まったく羨ましい限りである。学会は毎日8時から18時まで,その後は学会のレセプション,ホテルのサウナ,街中に数多くみられるパブで北欧の長い夏の昼を十二分に満喫した。
 本学会のテーマはあまりにも広い分野をカバーしているので,発表内容の紹介は筆者が関係したシンポジウムと,特に印象に残った特別講演1題に絞ったことをご容赦願いたい。

シンポジウム:病態疾患モデル動物における自律神経系の異常

 筆者がJhon W. Osborn氏とともにオーガナイズしたシンポジウム「病態疾患モデル動物における自律神経系の異常」は,日本病態生理学会の創設に尽力し,京都で開催された第2回国際病態生理学会において副会長を務めた故細見弘教授(前香川医大・生理学,1996年2月19日喘息重積発作にて急逝)に捧げると題して企画されたものであり,開催に先立ち細見教授の業績紹介と夫人の細見靖子様の挨拶があった。選定された4演題は,自律神経系および液性因子による循環調節の研究で功績のあった細見教授の仕事と関連深いものである。

食塩感受性高血圧の神経機構

 食塩感受性高血圧の発症機序の1つとして,ヴァゾプレッシン,アンギオテンシンII等の液性因子と自律神経系因子との相互作用が考えられている。これら2つの因子が関与する,3つの新しい食塩感受性高血圧モデルが報告された。(1)高食塩食摂取により交感神経活動が変化することが知られている。この交感神経活動の応答を,αアドレナリン遮断薬を慢性的に投与することによりクランプすると高食塩食負荷により,動脈血圧が上昇する。(2)ヴァゾプレッシンおよびアンギオテンシンIIの作用をV1受容体拮抗薬およびAT1受容体拮抗薬を用いクランプすると,食塩感受性高血圧になる。(3)圧受容器除神経と食塩負荷により血圧が上昇する。これらの結果から,高食塩食負荷時に観察される交感神経活動,ヴァゾプレッシン,アンギオテンシンIIの変化および圧受容器反射は動脈血圧上昇に拮抗的に働いていることが推測される。

心不全時の交感神経調節:アンギオテンシンの役割

 心不全時には圧受容器反射性交感神経調節および心拍数調節の調節力が減弱していることが知られている。この調節力の低下はAT1受容体拮抗薬により改善される。また,心不全時には高二酸化炭素血症に対する脳血流増加反応が抑制されているが,この抑制もAT1受容体拮抗薬により改善される。これらウサギのペーシング心不全モデル動物を使った実験結果は,心不全に対するアンギオテンシン変換酵素阻害薬の有効性をサポートするものである。

エンドセリン欠損マウスにおける呼吸・循環調節

 エンドセリンの循環・呼吸調節における役割を調べるため,ET-1,ET-A受容体,ET-B受容体欠損マウスを作成し,動脈血圧,交感神経活動,呼吸状態,横隔神経活動を測定した研究が報告された。ET-1欠損マウスでは,交感神経系の亢進を伴った動脈血圧の上昇がみられた。また,低酸素血症,高二酸化炭素血症時の呼吸促進,横隔神経活動増加反応が中枢性に減弱していた。ET-A受容体欠損マウスは反射性の呼吸調節が減弱していたが,ET-B受容体欠損マウスでは正常に保たれていた。ET-B受容体欠損マウスにおいても血圧上昇が認められたが,主に末梢の要因によるものであった。したがって,内因性のエンドセリンは主にET-A受容体を介して,中枢での呼吸・循環調節に重要な役割を果たしていることが推測される。

肝硬変における門脈-肝臓領域Na受容機構の障害

 門脈-肝臓領域にはNa濃度の増加に応答する受容器が存在し,肝門脈領域のNa濃度が増加すると肝臓求心神経活動が増加する。この神経は延髄および視床下部の自律神経調節に関与する部位および体液調節に関与する部位に投射し,反射性に腎交感神経活動を変化させることにより,尿中Na排泄を調節している。肝硬変では,門脈-肝臓領域Na受容機構の感度が低下し,高食塩食摂食後の腎交感神経活動の減少が起こらなくなり,摂取したNaが尿中に排泄できなくなる。したがって,肝硬変では,肝-腎反射の抑制が原因となり,慢性の高食塩食負荷によりNaの蓄積が起こると推測される。

腎髄質血流と高血圧

 Centennial Robert Tigerstedt Lectureと題された特別講演で,Allen W. Cowley Jr. 氏により腎臓内血流と体液および血圧調節に関する興味深いデータが紹介された。
 ラットの食塩摂取量を1meq/日から7meq/日さらに13meq/日に増加させると,腎髄質血流には変化はないが,腎皮質血流はそれぞれ32%および50%増加し,その増加の程度は血中アンギオテンシンIIの濃度減少とよく相関していた。この時,非昇圧濃度のアンギオテンシンIIを持続投与し,血中濃度を正常食塩食摂取時と同じレベルに保つと,皮質血流の増加は起こらなくなった。したがって,食塩摂取量の増加に伴う血中アンギオテンシンII濃度の減少は腎皮質血流の増加を引き起こし,尿中Na排泄を増加させることにより,長期のNa恒常性維持に貢献しているものと考えられる。
 非昇圧濃度のアンギオテンシンII(5 ng/kg/分)を静脈内に持続投与しても,腎髄質血流および腎髄質PO2は変化しなかった。しかし,L-NAMEを腎髄質に投与しNO合成を阻害した後,アンギオテンシンIIを持続投与すると,腎髄質血流および腎髄質PO2はそれぞれ-23%,-28%と有意に減少した。さらに,同様のアンギオテンシンIIの投与により腎髄質のNO合成が150%増加することが確かめられた。以上のことを考え合わせると,血中のアンギオテンシンII濃度のわずかの増加により,腎髄質中のNO合成が促進され,アンギオテンシンIIによる血管収縮に拮抗し,腎髄質血流を一定に保つ機構が存在することが明らかにされた。
 さらに,腎髄質内NOと髄質血流および動脈血圧の相関が報告された。腎髄質局所のNO合成をL-NAMEで阻害すると,腎皮質血流や糸球体濾過量は変化しないが,腎髄質の血流は減少し,尿量および尿中Na排泄が減少する。また,片腎摘出ラットにおいて5日間にわたり腎髄質局所にL-NAMEを投与すると,腎髄質血流の特異的な減少が起こり,Naの体内蓄積を伴って動脈血圧が上昇する。この上昇は可逆的であり,L-NAME投与を中止すると元のレベルにまで低下する。
 Cowley氏は以上の講演を通してNaおよび水の恒常性維持,ひいては血圧調節に腎髄質中のNOは重要な役割を果たしているということを強調された。

おわりに

 金原一郎記念医学医療振興財団の援助を得て第3回国際病態生理学会に参加した。この学会は故細見弘教授が,その設立時から関わってきた学会である。この学会において,多くの方の協力を得,故細見教授に捧げるシンポジウムを開催することができた。心からお礼を申し上げるとともに,関係各位の益々のご発展をお祈りする。