医学界新聞

 シドニー発 最新看護便
 オーストラリアでの高齢者対策[第9回]

 コミュニティ・ヒッププロテクター・プロジェクト

 瀬間あずさ(Nichigo Health Resources)


 今回は,オーストラリアで進められている,高齢者のための転倒予防策(股関節骨折予防)としての「コミュニティ・ヒッププロテクター・プロジェクト」について触れてみたい。

高齢者の転倒による股関節骨折

 転倒は,骨折やその他の深刻な外傷を生じるものとして高齢者にとってはとても注意すべきものと理解されている。転倒事故は,ケガや入院のきっかけになりやすく,高齢者の大腿骨頸部骨折の90%は転倒によって生じるとさえ言われている。
 この股関節の骨折は,歩行障害により付随する障害が長期に及び,股関節骨折を生じた人々の25%が骨折後1年以内に死亡しているというように,最も深刻なものの1つであることはオーストラリアでも変わりない。
 ちなみに,オーストラリアにおける観血的股関節整復固定の術後の離床はとても早い。術後1日目でレントゲン撮影,血液検査をする。その日は床上安静だが,術後数日からは理学療法士の介助により歩行器を使ってのベッドサイド起立,患足に重心をかけずに歩行という具合にリハビリテーションが行なわれる。
 統計によれば,1993-94年の公立病院で上記の手術を受けた患者の平均入院日数は,54歳以上で合併症のない患者の場合ながら14.2日と短期である。

股関節骨折の予防策

 股関節骨折を予防する方法としては,住まいに少し手を加え転倒しにくくするような工夫もあるが,太り過ぎず,活動的な生活を続けることによっても転倒による股関節骨折を減らすことができる。
 また,画期的な方法としては,ヒッププロテクターの使用がある。股関節(ヒップ)そのものを,外部から軽い強化プラスチック製の股関節用保護具(ヒッププロテクター)を使用することにより保護しようとするものである。
 シドニーにあるボーンズビークーリンガイ病院に,ヒッププロテクター研究グループが設立された。このグループは,転倒の危険性のある高齢女性を対象に,ヒッププロテクターの効果を調べるための基礎研究を続けている。
 国立保健医療研究評議会が35万オーストラリアドルの助成金を提供し,4年間に及ぶ研究が開始されたのは1996年のことで,当初の2年間で約600名の対象者を獲得,その後継続的なフォローアップをする予定で,現在その折り返し地点に来ている。
 対象となるのは,75歳以上の女性で,自宅またはリタイヤメントビレッジなどにある独居住宅などのアパートに住んでおり,過去に少なくとも1度は施設入院などを必要としたひどい転倒,または2回ぐらいの中程度の転倒を経験した女性としている。ただし,過去に両側の股関節置換手術を施行した女性を除くと規定している。

プロテクターの開発

 シドニー大学医学部のイアン・キャメロン助教授の指導のもとに,上記研究グループはオーストラリアン・ヒッププロテクターを開発した。これは,ポリ塩化ビニールプラスチックに発泡材を裏貼りしたもので,すでに米国ハーバード大学でその力学的衝撃実験が実施済みである。
 左右にポケットがついている木綿のパンツ型下着に,このヒッププロテクターを装着したものがホーンズビー・ヒップセイバーで,この下着を着用することにより,プロテクターは股関節上の適切な位置に固定されるが,皮膚に直接当たらないような工夫がなされている。
 プロテクターは下着からの取り外しが可能なので,洗濯時にはプロテクターを外して洗濯機で洗うことができる。
 実は,このヒッププロテクターのアイデアは新しいものではない。すでに1970年代に誕生し,デンマーク,フィンランド,USA,ニュージーランドなどの各国では販売もされている。
 デンマークのナーシングホームの入所者約665人を対象に,その効果を調べた研究によれば,股関節骨折予防にとても効果があると報告されている。使用効果の有効性は認められているが,ホーンズビーでの研究では,それが在宅でどの程度効果があるのかを調査しているのである。

在宅おける使用効果の検討

 研究のコーディネーターの1人,ケリ・ロックウッド氏によれば,「施設であれば,スタッフの介助によりこのヒッププロテクターの着用には問題がないが,在宅では本人の認識度と,また介護者の有無によって着用頻度が変わってくるために,一概にヒッププロテクターが効果的であるとは言いにくい状況にある」とのこと。この研究により,在宅でのヒッププロテクター着用時の問題点をあげ,そして着用時間を把握し,それが,股関節骨折予防に十分といえる時間なのかを検討していくそうだ。
 頻回に及ぶ転倒は,再度転倒するのではないかという不安感により歩行への自信を喪失し,ひいては日常生活の維持が困難になるなど,転倒による高齢者の精神心理的影響は大きいとされている。現在のところ,ヒッププロテクターを使用中に転倒し,その後,精神,心理的にどのような影響があるのかについては明確にされていない。今後は,この面の研究も課題である。
 研究対象者以外に,このヒッププロテクターを水着に縫いつけて「ホリデー先で水泳を楽しみたい」と購入していった80歳を越えるお年寄りがいらっしゃるそうだ。義歯,補聴器,眼鏡,杖などに続き,ヒッププロテクターも日常生活の必需品として,将来は使用することが常識となる時を迎えるのかもしれない。
 Healthy Ageing-健康的な老齢化に向け,地道な研究が続けられている。