医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


改革の波が襲いかかる時 われわれは何をすべきか

市場原理に揺れるアメリカの医療 李啓充 著

《書 評》黒川 清(東海大医学部長)

待望の単行本化

 『市場原理に揺れるアメリカの医療』がついに1冊の本として出版された。「ついに」と私が言うのは,実は同名の連載が1996年から医学書院発行の「週刊医学界新聞」紙上で始まったときから大変面白く,また,その内容の正確さに感心して毎回興味深く読んでいたからである。しかもこの連載はまさにアメリカの医療の改革における一大変革期,いわゆる「マネージド・ケア」の導入から,それに対して大学あるいは病院が急速に対応を行なってきた時期に始まり,激動する医療事情を追っている。
 著者の李先生はハーバード大学で研修・研鑽を積まれ,現在助教授としてご活躍の方であるが,このアメリカの医療をめぐる多くの経済的な動きやビジネスの動き,それに対する医療現場でのさまざまな問題,社会的な問題,さらに患者と医者との関係,病院との関係などについての多くの問題点や苦悩を,きわめて的確にしかも臨場感溢れるタッチで書いている。私はその都度コピーをとっていたが,出版元あるいは著者にこれは必ずいつか1冊の本として出版してもらおうと手紙を書こうと思っていたぐらいであり,今日,いよいよ刊行されたことは大歓迎である。しかも各章間に挿入された番外編には,著者のいるボストン周辺でのいろいろな医療に関する話題,例えば「ある癌患者の手記」や「ダナ・ファーバー事件」「スター選手の死」などがきわめて興味深く書かれている。日本での医療現場の人にはなかなかわからない,そして理解できないこともあるかもしれないが,私のように長年アメリカの現場にいたものにとっては誠に身にしみるような筆の進め方であり,面白い読み物になっている。

新しい医療のあり方を考えさせる

 この本の内容が素晴らしく,時宜にかなったものである理由の1つは,いよいよ日本でも医療制度の改革が叫ばれ,行政も与党も日本医師会も改革案を示していることに表われている。急速に悪化する日本の経済状況,急速に高齢化してくる社会と医療費の増大などから昭和36年以来の国民皆保険はいよいよ行き詰まり,大きな改革を迫られている。皆さんも毎日の診療あるいは教育の現場でも,これからは従来のような教育あるいは研修から全く異なる効率のよい,しかも質の良い医療を提供しなくてはならず,これらを考える上で常に「経済」を考えなければいけないということが現実的になってきたからである。日本のいろいろなシステムは異なる文化的,歴史的背景があるにしても,世界の他の国と同じようにやはりアメリカの経験,システムを分析してそれを修正しながら取り入れてくるということが重要である。この点ではアメリカで急速に導入され,それなりの問題を含みながら現在,修正過程に入ってきているいわゆる「マネージド・ケア」が,いよいよ日本にも西暦2000年を目指して導入されつつある現在,李先生のこの本が出版されたことは誠にタイムリーであろう。われわれ医療に携わる者,また医学教育に携わる者,そして医学の研修,医療現場に携わる全ての人にとって大変参考になる面白い読み物といえる。
 このような改革の波が襲いかかる時に,日本は何をするのかということがいつも問題になる。日本特有の文化,今までのシステムとかなり違うなどなどいろいろな理由を言いながら,なかなか変われないといっていることが多いこの頃ではないだろうか。これはなにも医療だけではなく,金融システムの問題,官僚の腐敗の問題,官民の癒着問題等にも表われている。医療の改革にしても,しなければならないけれど何もできないという悩みの根本は,実は「決断力」と「決心」と「変わりたくない」といういろいろなファクターによって,欲求不満こそ積み上がってくるものの,なかなか決断ができないという全ての分野での共通の問題として認識できるであろう。この連載は大変参考になる読み物であり,日常の研究や診療で恐らく多忙であろう著者がその合間にこれだけわれわれの参考になるものを書いてくれたことに感謝し,これからのさらなるご活躍を心から期待したい。
A5・頁200 定価(本体2,200円+税) 医学書院


疑問な所見に直ちに答える脳波臨床テキスト

誤りやすい異常脳波 第2版 市川忠彦 著

《書 評》葛原茂樹(三重大教授・神経内科学)

 市川忠彦著の『誤りやすい異常脳波』(第2版)を読んだ。読了後の第1印象は,非常に読みやすくわかりやすい」ということである。脳波学を実際の記録でなくて本で示す場合の一番の難点は,サイズも長さもきわめて長大な記録の臨場感を,どう読者に伝えるかであろう。実際の脳波は非常に大判であるので,実物大の例を示そうとするとGibbsの脳波アトラスのような巨大な本になってしまう。一方,多くの脳波学の教科書のように,脳波記録を小さな図で示した場合には,実際の脳波記録が持つ迫力と,一定のリズムを持った流れが伝わってこない。大事な棘波や鋭波に至っては,ほとんど判読できないサイズになってしまう。

実際の脳波の流れが読み取れる

 本書は,B5判を最大限に有効に使用して,実際の脳波記録の流れを読者が読み取れるように工夫してある。どうしても実物大の記録が必要な部分は,拡大図の形式で挿入してある。したがって,本書を読んでその波形を頭に焼き付けておけば,読者は同じ所見を実際の記録のうえでほとんど戸惑うことなく判読できよう。
 第2の特徴は,「一見異常に見える正常所見」を,繰り返し強調しているところである。膨大な脳は記録のある部分に執着し出すと,何もかも異常に見えてしまう誤りは,初心者の脳波判読に付き合っている時にしばしば経験することである。低電位で速いα波,α波の左右差,高電位α波の広汎群発様出現,高齢者の広汎αパターン,小児の徐波,若年者の後頭部徐波,思春期までの過呼吸負荷時のbuild upなど,正常か異常かの判定には,脳波所見だけでなく,出現状況や年齢などを考慮すべきことを,繰り返し強調してある。評者自身,正常所見であるのに異常と判定されている脳波所見を少なからず目にするが,おそらく本書の著者も日頃から同じこと体験しておられるのであろう。
 第3の特徴は,異常脳波に見えるアーチファクトについて,具体例をあげて詳述してあることである。まばたき,顔や首の動き,周囲のヒトの動きによる振れなど,記録上は異常波に見えるものについて,出現状況を含めて言及されている。K複合や体動など,検査技師が記録し,判読者が留意しなくてはいけない事項もきわめて具体的に書かれている。
 さらに,脳波を見慣れた専門家でも見誤りやすい所見の見分けかた,たとえば三相波と鋭・徐波複合,高振幅α波と鋭波,小児の高振幅瘤波と発作性鋭波などが,かゆいところに手が届くように説明されている。

誤りやすい正常所見に力点を置く

 本書の題名は『誤りやすい異常脳波』ではあるが,通読してみるとその内容はむしろ「異常脳波と誤りやすい正常脳波」に力点が置かれている。すなわち,通常の脳波所見の判読には通暁したレベルの医師が遭遇する「正常か異常かが紛らわしい脳波所見」の正しい判読法について述べたレベルの高い内容である。その説明は具体的で説得力があり,著者の豊富な経験と気概が随所に感じられる。したがって,本書は脳波の初心者だけでなく,一定の経験のある専門家にとっても,脳波判読時に座右において,疑問な所見があったら直ちに参照するのに最適の書である。なお,本書には,脳波の最も基本的な正常脳波や定型的な異常脳波についての記載はほとんどないので,初心者は本書と脳波入門書をあわせて手許においておくことを勧めたい。
B5・頁248 定価(本体4,700円+税) 医学書院