医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


ケアの質を高める看護記録とは?

看護記録をマスターする-実践の質的向上をめざして 黒江ゆり子,他 訳

《書 評》上坂良子(茅ヶ崎徳洲会総合病院副看護部長)

 もっと的確に,もっとスムーズに「看護記録」が書けたらどんなに嬉しいことか。このような願いは,看護の場にある者なら,いつでも誰にでも共通するものであろう。 また,どの記録システムを導入するのかについては,施設全体のコンセンサスや組織的な教育が必要とされる。当看護部でもそうであったが,フォーマットは共通なのに看護単位で個々に異なった記録システムが存在し,どれを使ってもよい雰囲気があった。そこで,目的にかなった記録システムの導入のために,主任会が指導体制を組んだ。そんな時期に本書『看護記録をマスターする』に出会った。ピンチの中の大きなチャンスであった。

米国の経験に学ぶ

 ここで取りあげている記録システムの舞台はアメリカである。読み進むうちに,発想が刺激され,励まされ,気づかされたことが4点あった。
 1つは,アメリカのナースは,DRG/PPS(予見定額支払方式)の進む医療体制の中で記録システムを検討し,新システムを創り出し,標準化する努力をしているということだ。特に,この「標準化する」という考えは,ケアの質の改善につながる。いわゆる,グローバルスタンダードを推進し,その上でなお改善余地を見出しているのである。質改善の考え方が,看護記録にも及んでいることが,開く頁ごとに伝わってくる。これらの質追求の背景にはJCAHO(医療施設認可合同委員会)の規制や医療事故訴訟の問題があり,これらのハードルを乗り越えたところに,本書に見られるような,理論的背景を持って実践されている豊富なフォーマットがあるのだと考える。
 2つには,どの記録システムにも利点・欠点があり,導入の時点でよくよく考えておくべきことを強調して述べていることである。私たちが記録システムを導入する際には,当該システムの利点や欠点をチェックするために本書を活用できるし,また助言者の教材として,本書は話題の提供と,それに基づく議論の機会を持つことを可能ならしめる。

あるべきケアが浮き彫りに

 3つには,第三者評価活動を行なっているJCAHO(評価者の立場から患者,医療提供者,保険者を取りあげ医療の質を評価する)の規制で,記録が監査の対象になっていることである。JCAHOでは,すべての保健医療施設に対し看護過程に基づく患者アセスメントの回数に関する方針を定めるよう指導している。それゆえ,施設が定める回数,あるいはそれ以上の患者アセスメントの結果を記録しなければならないのである。特に,長期ケア施設では,患者の精神状態について詳しいアセスメントの実施記録が国の規定で求められている。  JCAHO以外にも,メディケイドなどの患者教育に関する基準がある。これらの記録システムには見傚うべき理念があり,フォーマットの構成などはすべての分野のナースにとって一読に値する内容である。
 最後は,医療事故訴訟の問題である。ナースが提供したケアの質を証明するのは患者の診療記録しかない。弁護士の選び方,裁判の経過などが具体的に述べられていて興味深いが,法的に身を守るには,質の高いケアを提供しそれを正確に記録しなければならないことには,洋の東西変わりがない。医療事故を通して,あるべきケアが浮き彫りにされているのを感じる。
 本書は,臨床,在宅,企業内それぞれの看護分野で働くナースにとって,たとえ現在どのような記録システムを持っていても一読に値する内容を持つ。どこを読んでも何かを必ず発見できるのではないかと考えるからである。アメリカ一辺倒には批判もあるが,学び得ることはまことに大きいと教えられたように思う。
B5・頁280 定価(本体3,600円+税) 医学書院


理論と実践のかけ橋

心理社会的援助の看護マニュアル
リンダ・M・ゴーマン,他 編著/池田明子 監訳

《書 評》神郡 博(富山医科薬科大教授・看護学)

 本書はLinda M.Gorman,Donna F.Sultan,Marcia L.Raines:Davis's Manual of Psycho-social Nursing for General Patient Careの日本語訳である。
 本書の中で,著者らは,まず一般患者の看護における心理社会的援助の必要性,その役割や技術,対応困難な患者の行動に対する看護者の反応,危機介入,法的・倫理的問題について触れ,概説した後,不安を示す患者,怒りを表出する患者,自殺の危険性のある患者など実際の臨床でしばしば遭遇する対応の難しい患者の例を取り出し,その援助のあり方を詳述する形で論旨を丹念に展開している。その記述は,学習目標,当該患者の状態または状況についての概説,病因,臨床上の留意事項,成長発達過程における課題,看護者の反応例,アセスメント,他の専門分野との連携,看護診断と看護介入,患者・家族教育,記録上の要点,退院計画,看護側の成果,継続学習の勧めという順序に従ってなされている。その表現はあくまで平易でわかりやすく実際的である。

患者の個性を捉えた援助のあり方

 これは,著者らが長い間に培ってきた教育者,クリニカルスペシャリスト,管理者としての経験がその背景に凝集されているからに他ならない。著者らの言葉を借りるまでもなく,一般看護活動のほとんどの時間は患者の心理社会的問題の対応に費やされる。にもかかわらず,臨床の看護現場では患者の問題行動や精神疾患を持つ患者の行動に直面すると,力量不足を感じる看護者は少なくない。本書はそういう人のために,教科書的な理論的情報と実践的情報とのギャップを調整するかけ橋として編まれている。この配慮は患者の状態や状況の記述,病因欄の理論の記述の簡潔さなどによく表れている。
 また,ここに取りあげられた事例の豊富さ,有用さ―例えば,不安に関する問題から,怒りに関する問題,情緒に関する問題,痛みや栄養,家族や性,エイズや臓器移植などの特殊な問題を含む患者など―にも現われている。したがって,これらのそれぞれの箇所を読むだけでもそれらの問題を持つ患者の心理社会的援助のあり方がわかるようになっている。
 しかし,本書のよさはそれだけに止まらない。
 最近,わが国でも,精神看護学が看護教育カリキュラムの中に位置づけられ,精神看護学の構築に向けた努力が払われている。その1つは,看護の臨床の中で,精神看護学の考えや技術を狭い意味での心の問題から広い意味での心の問題にまで敷衍できる教育内容をどのように組み立てればよいかに置かれている。これは,現実には容易なことではないが,本書は,その意味で,精神看護学の一端である心理社会的援助のあり方について,貴重な指標を与えてくれる良書といえる。評者が本書を,毎日の臨床で心のケアに悩んでいる看護者の皆さんはもちろん,精神看護学の構築に努力されている教育・研究者の皆さんにも広くお薦めする理由もここにある。
A5変・頁488 定価(本体4,750円+税) 医学書院MYW