医学界新聞

胃手術後患者の不適切な
「食べ方」による下痢と看護支援

数間恵子(東京医科歯科大学教授・医学部保健衛生学科)
武田裕子(東京医科歯科大学大学院医学系研究科博士課程・後期)


研究の目的,背景と方法

研究の目的

 胃手術後にみられるさまざまな後遺障害は,胃の切除および消化管の再建に伴う消化・吸収機能の低下に適応した摂食行動によって減少あるいは消失させることが可能である。筆者らは,食品の選択・調理,摂食間隔,摂取時間・量・姿勢など,患者の摂食に関連する行動をさす概念として,「食べ方」という用語を用いている。
 下痢は胃手術後の一般的な後遺障害の1つで,患者の栄養状態回復を妨げる主要な要因となっている。胃手術後の下痢の原因はさまざまであるため,症状の改善を図るにはその成因をアセスメントすることが非常に重要になる。
 本研究では,筆者らが病院外来で行なっている相談活動の対象となった患者について,術後患者の適応行動を育む観点から,胃手術後の下痢患者の「食べ方」の特徴を含めた関連要因と効果的な支援を明らかにすることを目的とした。

背景

 外来看護に対する診療報酬として「在宅療養指導料」が認められるようになった1992年から,社会保険船橋中央病院では診療報酬算定対象以外も対象に含め,外来での療養相談活動が行なわれてきた1)
 相談の開始は通常,以下のいずれかで始まる。(1)筆者らを含めて看護婦が,患者に療養上必要な処置の管理に対する困難があるようだと推察した場合,(2)患者が訴えた場合,(3)医師の指示がある場合である。相談は「在宅療養指導料」算定要件に準じ,プライバシー確保のために専用の部屋で行ない,30分以上としている。相談の過程はSOAP様式で記録し,関係職員に報告される。相談は問題が解決すれば終了し,必要時に再開される。診療報酬は算定要件を満たしていれば請求されるが,本研究対象の上部消化管手術後では,残念ながら算定対象に該当する患者はほとんどいないのが現状である。

方法

 対象は1992年から1997年までに対応した胃手術後の65例で,その相談記録から以下の点について資料を収集した。
1)患者の背景:性,年齢,および同居して手助けしてくれる家族
2)医学的情報:診断,手術術式,術後経過期間,および下痢の原因と考えられる薬物療法
3)下痢の症状とその症状の特徴:食後の発症時間,随伴症状
4)食べ方:摂取した食物,食事にかける時間,食事中および食後の姿勢など
5)食事に対する患者の認識
6)提供された看護支援の内容
7)支援後の患者の変化
 資料は,統計的および記述的に分析した。

結果と考察

対象者の背景

 対象となった患者は男性40名,女性25名で,平均年齢は61.6歳であった。対象に施行された術式は,胃幽門側切除術31例,胃全摘(膵脾合併切除を含む)29例,食道切除胃管再建3例,膵頭・十二指腸切除2例で,診断名はすべて悪性腫瘍であった。相談が必要となった術後経過期間は手術後1か月から約4年までで,2か月未満が約半数を占めた。

相談者における下痢の実態

 下痢に関した相談の記録は16人から得られ,計20件のエピソードがあった。男性10人,女性6人で,この比率は下痢の訴えのなかった場合との相違は認められなかった。
 下痢は症状の特徴と食べ方から5タイプに分類された。表1にタイプ別エピソードの件数を示した。

下痢のタイプ別にみた関連要因

ダンピング症候群
 ダンピング症候群の4件は,食道切除後が3例中2件で最も頻繁に起こり,次いで胃全摘および,膵あるいは脾の合併切除を含む場合(29例中2件)にみられ,術式の相違によるこの差は統計的にも有意であった(χ2=21.2,df=3,p<0.005)。
 ダンピング症候群患者の行動の特徴は,大量の液体あるいは水様の食物を一どきに摂取していることであった。液体や食物の例としては,「かけそば」「スープ」「薬を飲む時にのむ水」,あるいは奈良県出身者の場合は「茶粥」であった。原因となる患者の行動は,胃手術後の食事に対する患者の誤解に関連していた。

[事例1]2年前に食道切除胃管再建を受けた40歳後半の男性。「頭がボーッとする。昼の食事のたびに,額と頭に大汗をかき,直後に下痢をする。手術の後は首のところがつかえるので,いつも会社の近くのそばやでかけそばを食べる。そばなら1人前食べられるが,ご飯はつかえるので1人前食べるのが難しい」と訴えた。
[事例2]2か月前に胃全摘を受けた50歳代男性。ひどい下痢を訴え,外来看護婦から紹介された。
 「野菜と肉からとったスープをたっぷりとっているから大丈夫。それには野菜と肉のエキスが入っている。薬をのむ時は,身体にいいから必ずコップに1杯の水を飲む」と話した。


 これらの例は,原因となる典型的な要因を示している。まず,消化管の構造と迷走神経支配とに変化をもたらす手術術式である。次いで患者の行動,すなわち不適切な食べ方(Ineffective eating pattern)であり,その背景には食事に関する患者の誤解があった。

脂肪性下痢
 脂肪性下痢では,その成因となる行動は,油こい食べ物に対する好みと高脂肪の濃厚流動食の摂取に関連していた。濃厚流動食は「エンシュアリキッド(R)」として知られているもので,含有脂肪のエネルギー比率は非常に高く,約30%に達することに注意する必要がある。
 術式による相違は,濃厚流動食に関連した3件については食道切除を除く各術式に1件ずつみられ,統計的にも有意であった(χ2=9.72,df=3,p<0.05)。油こい食べ物に対する好みに関連した4件についても濃厚流動食の場合と同様の傾向を示したが,統計的には有意ではなかった。
 以下は,濃厚流動食による下痢の例である。

[事例3]7か月前に胃全摘を受けた80歳前半の男性で,食欲不振のため濃厚流動食が処方されたが,何回にも分けて飲むようにという指導が十分にされなかった。

 胃全摘後は,食物の消化管の通過と胆汁・膵臓分泌との間に時間のずれが生じ,脂肪の消化が障害されるため,脂肪を控え,少量ずつ摂ることがきわめて重要になる。膵合併切除や膵頭・十二指腸切除の場合には,分泌の時間差に加え,膵液分泌量自体の減少のために,さらに厳しい脂肪制限が必要になる。
 以下に膵頭・十二指腸切除の事例を示した。

[事例4]4年前に手術を受けた60歳代の男性患者で,下痢と下肢の浮腫を訴え,低栄養のために入院となり高カロリー輸液を受けた。今回の退院前も再度,栄養士から脂肪制限食について指導を受けた。

 退院後,患者が再び下痢を訴えたため,食べたものを詳しく3週間記録するようすすめた。その食事記録を患者と一緒にみながら相談にあたったところ,患者はもともと油こいものが好きで,今回の退院後も「口が美味しいから」と揚げ物を頻繁に食べていたこと,そして実際に脂肪を多く含む食物にはどのようなものがあるかや,なぜ自分が脂肪を制限する必要があるのかを理解していないことが浮かび上がってきた。

乳糖不耐性下痢,他
 乳糖不耐性下痢の2件と,制癌剤あるいは抗生剤の副作用がそれぞれ疑われた2件および3件では,手術術式の相違は下痢のエピソードとは関連が認められなかった。

下痢患者に対して提供された看護支援

 下痢のタイプのうち,ダンピング症候群,脂肪性下痢および乳糖不耐性下痢の計13件は患者のさまざまな不適切な「食べ方」に関連していると判断され,それぞれ原因と推察される要因に対応した「食べ方」の修正に向けた相談が提供された。
 表2に,相談の中で用いられた技術を示した。最初にあげた「食事に対する患者の気持ちと認識をよく聴く」ことは,患者の行動修正の鍵となる,非常に重要な看護支援技術である。患者の気持ちの流れを中断せずに,患者が語る中に潜む,患者なりの解釈の誤りや誤認を引き出し確認することが狙いである。
 「『食べ方』を詳しく尋ねる」「症状と食物の記録をすすめる」のは,下痢の成因把握のための基本となる方法である。
 下痢患者で制癌剤や抗生物質を服用している場合には,牛乳の摂取など,他の下痢要因を除外するために,同様に時間の経過に沿った情報が有用である
 行動の修正は,患者の身体の変化に合わせた「食べ方」の必要性の説明,および患者の理解の補足に基づき,適切な「食べ方」の原理・原則を,実生活にとり入れるための具体的なやり方の選択肢として提示し,可能なやり方を患者と一緒に相談するという方法で行なわれる。すなわち,看護婦が提示した選択肢を「選ぶのはあなた(患者)」という態勢で行なっていることを示している。
 これは,看護のいわゆる基本的姿勢でもあり,筆者はこの態勢を表現するには,英語のnursing interventionは「看護支援」あるいは「看護活動」と訳すのが適切で,「看護介入」という訳語は看護の基本的姿勢とは相容れないものと考えている2)

相談の成果

 患者のさまざまな不適切な「食べ方」は相談の進行に伴って変容し,13件の下痢症状は改善あるいは解消した。このことから,原因として推察された要因ならびに相談の技術は適切であると考えられた。

結論

 本研究により,胃手術後の下痢は患者の不適切な「食べ方」に関連するものが多いことが確認された。その軽減には,特に患者の「食べ方」と合わせて食事に対する患者の認識を詳しくアセスメントし,胃手術後の食事についての誤解を修正することが非常に重要である。
 看護婦の役割は,手術によって変化した身体に適応した行動を育むことであり,相談には術後の病態生理および症状を誘起する原因となる行動要因に関する知識基盤を蓄積することが不可欠といえる。
〔本稿の要旨は,日本看護科学学会第3回国際看護学術集会(1998年9月16-18日,東京・東京国際フォーラム)で発表した〕

〔引用・参考文献〕
1)数間恵子・岡本典子編著:外来プライマリナーシング,医学書院,1996.
2)数間恵子:Nursing intervention(ナーシング・インタベンション)とは何か,看護,4(14);46-54,1992.


表1 胃手術後下痢のタイプ別件数(16人,延べ20件)
  下痢のタイプ件数  
1.ダンピング症候群の腹部症状
2.脂肪性下痢
  (脂肪性食品の摂取に関連したもの
  (高脂肪の濃厚流動食の摂取に関連したもの
3.牛乳摂取に関連した下痢
4.薬物の副作用症状としての下痢
5.原因の特定できない下痢
4件
7件
4件)
3件)
2件
5件
2件


表2 胃手術後下痢患者に提供された相談の技術
1.食事に対する患者の気持ちと認識をよく聴く
2.症状に関わる「食べ方」を詳しく尋ねる
3.1日の時間に沿って,症状の出現と摂取した食物の種類と量について記録するようすすめる
4.手術後の消化器の構造と機能の変化,および患者の消化器の個別の変化に合わせた療養行動としての「食べ方」の必要性を説明する
5.食事や食品,保健行動についての患者の誤解を明らかにし,修正する(ある場合)
6.身体変化に対する療養行動としての「食べ方」に関して,具体的な選択肢を提示し,患者の生活スタイルにあった工夫を話し合う
〔薬物の副作用が疑われる場合には〕
7.1日の時間に沿って,症状の経過と服薬,摂取した食物について記録するようすすめる
8.医師に,患者が記録した結果を報告する