医学界新聞

論文作成のヒント集

テクニカルライティング入門(前編)

田久浩志(東邦大学医学部・病院管理学)


 論文を書く時に一番大事な点は何でしょうか。
 新しい発見がある,普遍化,一般化ができている,などいろいろな内容が考えられます。しかし,それ以前に読み手に楽に論文を読んでもらうことが大事です。
 私はかつて工学部の学生だった時に,選択科目で「テクニカルプレゼンテーション」という科目(参考テキスト1))を受講しました。この科目では,発表の仕方とともに,自分が提示した客観的事実に基づいて自分の考えを主張する論理的な文章の作成方法(テクニカルライティング)を習いました。他の授業内容はだいぶ忘れてしまいましたが,この科目だけは今も論文をまとめる時に役に立っています。
 このような内容の授業は,米国の大学1-2年生では重点的に教えられます。しかし,一種の方法論であるためか,日本の大学ではほとんど教えられていません。私が医学分野へきた時に,このテクニカルライティングを知らないために,論文をまとめる人が苦労をしていることに気がつきました。そこで,自分で日本語の文章作法でなく,論文の作成の手順や構造を扱うテクニカルライティングの分野を調べてきました。
 これから2回にわたって,テクニカルライティングの中から,論文をまとめる時に役立つヒントのいくつかを紹介します。


パラグラフで文章をわかりやすく

はじめに

 皆さんはパラグラフという言葉をご存じでしょうか。日本語ではパラグラフは単に「節」,「段落」などと訳されますが,もっと重要な役目があります。実はパラグラフの使い方を勉強すれば,誰でもわかりやすい文章が書けるのです。本稿ではパラグラフの重要性と,その論文作成への応用を学びます。

レゲットの指摘

 日本の理科系の論文作成方法の解説書では,必ずといってよいほど引用されるが,なぜか医学系の論文の作成方法の本ではほとんど引用されていない論文にレゲットの論文2)があります。
 これは,レゲットが京都大学理学部でProgress of Theoretical PhysicsのLanguage Consultantとして活躍した時の経験を生かして書かれた論文です。
 この中で,日本人の作成する英文論文の問題点を指摘し,日本人の論文がわかりにくいのは,言語の問題よりも論旨の立て方の問題であることを指摘しています。この内容を図示すると図のようになります。真ん中の水平線が話しの主題です。英語の論文では論旨に枝分かれが少なく主題から遠く離れない,つまり議論が本筋からあまり離れません。
 これに対して,日本語の論文ではかなり離れた話題から主題に入っていくため話しがわかりづらくなります。左から右に向けて思考が流れていくのに対して,あたかもそれをせき止めるように文章の形式が構成される場合が多くあります。
 このレゲットの指摘は,文章構成において明確さと一貫性を追及するためのパラグラフの用い方の重要性を指摘しています。このパラグラフの重要性が理解できたらば,本稿の目的とするところの半分は理解できたことになります。

パラグラフの定義

 ところでパラグラフとは何でしょうか。日本語ではパラグラフを単に「節」と訳すことが多いのですが,文章の作成方法においては,もっと重要な意味を持っています。
 パラグラフ自体は英語の概念であるため,その定義に関しては英文の解説書にその例が多くあります。例えば,「パラグラフは便利な単位で,あらゆる形式の文章で役に立つ。パラグラフはそれで1つのまとまりを保っている限り,その長さは自由で,短いセンテンスたった1つのこともあれば,非常に長く続く文章の1段落のこともある」3)という定義があります。また,パラグラフの重要な点を簡潔に指摘した内容に「one paragraph/one topic」4)というものもあります。
 世の中には,正式な規格でパラグラフを定義しているものもあります。米国国防総省の軍用規格MIL-HDBK-63038-2,Technical Writing Style Guide5)は, a.印刷仕上がりまでを含む技術文作成に権威ある指針を与える b.きわめて頻繁に誤りが発生する問題に焦点を絞り,最も重要な技術文作成上の約束事に関する情報のみを掲げる c.読みやすく,理解しやすく,使いやすくまとめる 以上3点の実現を目的として作成されています。
 その中で,パラグラフの定義を以下のようにしています。

〈パラグラフの内容〉
(1)1つのパラグラフでは1つのアイデアのみを扱う
(2)読み手が内容を容易に把握できるぐらいの長さでパラグラフを構成する
(3)パラグラフは短い文で,それも3文から5文程度で構成する
(4)パラグラフの内容を興味深く,かつ効果的にするためには具体的な事実を述べる

〈パラグラフの構成〉
(1)論述内容の中心的なアイデアを述べているトピックセンテンスを中心にパラグラフを構成する
(2)読み手が1つの文章から次の文章へ,1つのパラグラフから次のパラグラフへと読み進む際に,思考が論理的に進展するよう,パラグラフ内の文を整える
(3)パラグラフを,第1段,第2段と分割して,発生する副次的な事柄まで述べてはならない。パラグラフを細分化しすぎると,パラグラフの主題から離れすぎ,読み手にパラグラフの構成と内容の重要度(従属関係)がわかりにくくなる

 つまりパラグラフの最初のほうに,トピックセンテンスと呼ばれる論述内容の中心的なアイデアを述べ,パラグラフからパラグラフへは思考がスムーズに流れるように論理的に展開するようにし,すでに述べたことで,話しの筋を組み立てればよいのです。

日本語でのパラグラフの必要性

 さて日本語にはパラグラフの考えはないのでしょうか。日本語の文章の展開は,オーソドックスには起承転結になります。
 起承転結の身近な例としては落語があります。話の枕があり,話が進み,最後に落ちがあります。落語は話を楽しむために聞くのですから,これはこれでよいのです。しかし起承転結で文章構成をすると,最後までその文章を読まないと結論がわからないという重大な欠点があります。また文章が,延々と長くなる危険もあります。
 起承転結の例外としては,新聞のニュース記事があげられます。この場合,一番重要なことが文章の最初に述べられて,それに付随する説明があとになります。つまり,パラグラフを考慮した文章構成になっています。朝日新聞の天声人語なども,パラグラフを重視した文章構成になっています。
 しかし,そうは言っても多くの文章は,パラグラフの考えを知らないため,論理的にはきわめて脆弱なものが見られます。それらの点を憂えて,外山滋比古氏はいくつかの著書の中で,日本語にもパラグラフの考えが必要なことを述べています。
 「パラグラフは日本語の段落と構造が異なり,はじめのところに最重要なことが出る。日本語の段落でははじめに重要なことを出すことをしない。終わりが最も大切で切れを重んじる」6)
 「パラグラフに対する考え方が日本語的であるため,レンガのようなしっかりした固さと明確な形を持っていない。たとえれば豆腐のような単位である」7)
 同じように,日本語の論理構成が脆弱なため,日本語自身を英語的に論理を重視して構築すべきであるという,松本や平田の指摘8)もあります。
 では,実際のパラグラフの考えが活かされている例をいくつかみてみましょう。

パラグラフの例

 まず,一連の文の最初に大事な内容(トピックセンテンス)がおかれている例9)です。

【骨髄移植とは】
 骨髄移植は慢性骨髄性白血病,急性白血病,重症再生不良性貧血,免疫不全症などの病気におかされた骨髄細胞を,健康なものに置き換える治療方法です。多くの白血病や再生不良性貧血が化学療法や,免疫抑制剤などで治療可能となりましたが,骨髄移植でしか治療が望めない患者さんが,まだ大勢います。
【骨髄とは】
 骨髄とは骨の中心部にあるゼリー状の造血組織で,ここで白血球,赤血球,血小板が作られています。骨髄には,これらの血球のもとになる骨髄幹細胞(造血幹細胞)が含まれています。前述の病気は骨髄細胞に病気があり,正常な血球を造れないために生じます。

 もう少し長い文の例として,福沢諭吉の『福翁自伝』10)からの例を示します。福沢諭吉は英語に慣れ親しんでおりました。そのためか,文章もパラグラフを考慮した形式になっており最初に大事な点を述べ,そのあとで論理の補強をしています。ここでは戌辰戦争における上野の戦いの模様を芝の新銭座(今の浜松町駅の近く)からみた模様を述べています。

 けれども上野と新銭座とは二里も離れていて鉄砲玉の飛んでくる気づかいはないというので,ちょうどあのとき私は英書で経済の講釈をしていました。だいぶそうぞうしい様子だが煙でも見えるかというので,生徒らはおもしろがってはしごに登って屋根の上から見物する。なんでも昼から暮れすぎるまでの戦争でしたが,こちらに関係がなければこわいこともない。
 こちらがこのとおりに落ち着き払っていれば,世の中は広いものでまた妙なもので,兵馬騒乱の中にも西洋の事をしりたいという気風はどこかに流行して,上野の騒動が済むと奥州の戦争となり,その最中にも生徒は続々入学してきて塾はますます盛んになりました。顧みて世間を見れば徳川の学校はもちろんつぶれてしまい,その教師さえもゆくえがわからぬくらい。(以下略)
 ソレはソレとしてまた一方から見れば塾生のしまつにはまことにほねがおれました。戦争後に意外に人の数は増したが,その人はどんな種類の者かというに(以下略)

 ここではパラグラフの最初の方のトピックセンテンスだけを,ひろい読みしても大事な意味は通じることがわかると思います。

まとめ

 パラグラフの考えを重視して文章を構成すると,なぜわかりやすく,かつ読みやすくなるかの理由は文献に明確に指摘されていません。
 しかし,文章がわかりやすいと感じることは,見方をかえれば読み手にとって記憶しやすいとも解釈できます。記憶力を増強させるためには,記憶すべき項目を意味のある単位にする,記憶項目は関連を持たせる,記憶事項をできるだけ既知のことと関連づける,などとの指摘があります。また教育心理学の分野では,学習に入る前にその学習内容について,先行オーガナイザと呼ばれる概説を与えると効果があることが知られています11)
 パラグラフの考え方は,これらの考えを実現しているともいえます。つまり,
(1)先頭に重要な内容が書かれているため論理構成が明確である,(2)思考が中断されないため,不要なものをいつまでも記憶しておく必要がない,(3)書き手も読み手も同じルールを使っているため読むときの作業が楽である,などの点がパラグラフを使うと読みやすくなる理由と考えられます。
 なお,日本でパラグラフを最初に本格的に解説した本として『理科系の作文技術』12)があります。保健医療福祉の分野の方も,この本を読むことを強くおすすめします。得られるものは大きいはずです。
 次回は,パラグラフの考えを基に,論文を作成する作業の実際を解説します。

〔参考文献〕
1)山口喬:エンジニアの文章読本,培風館,1988
2)A. J. Leggett:Notes on the Writing of Scientific English for Japanese Physicists,日本物理学会誌,21(11),790-805, 1966
3)松本安弘,松本アイリン訳:英語文章読本,荒竹出版,1979
4)篠田義明:コミュニケーション技術,中公新書807,中央公論社,1986
5)藤岡 啓介訳編:スタイルガイド,アイピーシー,1987
6)外山滋比古:日本の修辞学,みすず書房,1983
7)外山滋比古:日本語の素顔,中公新書631,中央公論社,1981
8)松本道弘著:英語 何をどう書くか,講談社現代新書748,1984
9)(財)骨髄移植推進財団 コーディネート委員会:骨髄移植提供者となられる方へのご説明書,(財)骨髄移植推進財団,1997
10)富田正文構注解説:福翁自伝,慶應通信,1967
11)海保博之,加藤隆,堀啓造,原田悦子:ユーザー・読み手の心をつかむマニュアルの書き方,共立出版,1987
12)木下是雄:理科系の作文技術,中公新書624,中央公論社,1981

(つづく)