医学界新聞

短期集中連載 DRG導入が米国医療に与えたインパクト(4)

DRG導入がもたらしたもの

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


医療戦国時代の始まり

 ニューヨークを旅行された経験のある読者にとって「I Love New York」のロゴはおなじみであろう。ニューヨーク州の観光キャンペーン「I Love New York」の担当者,ナテル・マチュラットがマンハッタンのマウント・サイナイ病院に広告担当副院長としてリクルートされたのは1986年のことである。PRO(専門家による医療査察制度)そしてDRG(診断群別定額支払い制)の導入後,ベッド稼働率が75%から65%へと激減し(本連載第2回参照),ニューヨーク市の医療業界では生き残りをかけた患者獲得広告合戦が始まったからである。
 もともと,5番街の高級地に位置し富裕層の病院というイメージの強いマウント・サイナイ病院であったが,マチュラットの就任後,高級ホテル並のサービスが売り込まれるようになった。患者用グルメ・メニュー,病室への花の配達サービス,病室でのビデオ・映画の貸し出しに始まり,コンシェルジェ・サービス,病室でのビジネス・ミーティング用の会食サービスまでもが売り込まれたのである。彼女が特に力を入れたのは,マウント・サイナイ病院の医師・看護婦は優秀だというイメージを売り込むことであり,そのためのイメージ広告が効果をあげ,同病院の医師紹介サービスへの照会は広告開始後4倍に膨れあがった。「医師紹介サービス」はこの頃全米に広がった新しいサービスであるが,患者の病状を聴き,病状に一番よく見合う医師を病院が無料で紹介するというものである。もちろん,病院と提携関係にある医師を紹介するのだが,いずれは患者が病院の顧客となることを期待しているのである。

涙ぐましい努力

 DRG・PRO導入後に病院間で患者獲得をめぐる広告合戦が行なわれたのは全米的現象であり,全米病院の広告費支出は84年の1億ドルから86年には5億ドルに上昇したと推定されている。一風変わった宣伝として注目を集めたのがオハイオ州デイトン市のセント・エリザベス医療センターが開発した病院宣伝用のホーム・パーティである。宣伝用のホーム・パーティとなると,日本では女性用のアンダーウェアのためという印象が強いかもしれないが,もともとアメリカではプラスチック食器のタッパーウェア社が販促戦略として用い効果をあげたものである。同センターと提携関係にある医師が個人の住宅まで出向き,主婦たちに往診鞄から医療器具を取り出させ,何に使われるものかを当てさせるなどの子どもじみたゲームに参加することにより,顔を売るのである。
 医師たちがこういった涙ぐましい努力をしたのも,いずれ参加者の主婦や知り合いの誰かに医療が必要になったときに自分や提携病院の顧客となってもらいたいからである。セント・エリザベス医療センターのホーム・パーティ戦略は全米病院の注目を集め,同センターはホーム・パーティ用のパッケージを1万8千ドルで他の病院に販売するまでになった。

新たな市場の出現

 DRG・PROの導入により患者の退院が早まり,回復期ケアの巨大市場が出現した。この市場に参入しない手はないと,在宅ケア企業・リハビリ病院との提携・合併が進み,病院の敷地内に介護付き老人ホームを建設する病院も続出した。ボストンでは,ある在宅ケア企業に,マサチューセッツ総合病院やニューイングランド・メディカル・センターなど複数の病院が出資し退院患者のケアを優先的にこの企業に依頼したが,病院幹部職員がこの企業の顧問に名を連ねるなど癒着関係が問題になった。
 また,病院のDRG支払い請求を手伝う「コーディング・コンサルタント」という新ビジネスが登場した。支払い請求の際に正しく病名をコードしないとメディケアから支払いを拒否される可能性があるし,コードの割り振りによって受ける支払額が大きく異なるから,病院にとっては高額な手数料(例えば,コンサルタントによるコーディング改訂で生じる実利の1/3)を払ってでも受けたいサービスである。しかし,行き過ぎたコーディング操作は「メディケア詐欺」として保健省から摘発される可能性もあり,有能すぎるコーディング専門家も困るのである。

過剰施設・人員の行方

 一方,DRG・PRO導入後の突然の空きベッド増は設備過剰状態をもたらし,全米の病院で過剰施設・過剰人員の有効利用対策に知恵が絞られるようになった。最も単純なものは,病棟閉鎖などで生じた休眠不動産を,開業医オフィス・薬局・在宅医療機器業者のオフィスなど関連業種に賃貸することであるが,生き残りのために編み出された副業アイディアの数々を,87年のニューヨークタイムズの記事から紹介しよう。
◆病院の洗濯施設を利用し,学校・工場などの業務用洗濯を請け負う
◆病院の調理施設を利用し,結婚パーティなどの会食サービスを請け負う
◆小児病院による保育園の経営
◆検査施設を利用し,開業医・他院からの検査を受けつける
◆フィットネス・クラブの経営
◆病院に会員制クラブを作り,ケアに際して特別待遇を提供する
◆看護婦を販促係とし,開業医のオフィスを回らせる と,ここまではまだよいが,ニュー・ヘブンのセント・ラファエル病院では提携医師たちとのベンチャービジネスとして「退院したものの家に帰ることのできない患者用に『医療ホテル』の開設を計画中」となると,苦笑を通り越して唖然とせざるを得ない。そもそもDRGの定額支払い制のもとで利潤をあげるために患者を早期退院させておいて,まだ家に帰れないという患者から「ホテル代」を頂戴しようというのであるから,その商魂のたくましさには脱帽するしかない。

米国医療を変えたものは何か

 DRG(診断群別定額支払い制)が導入された後,米国医療は大きく様変わりした。しかし,ここで気をつけなければならないのは,すべての変化がDRGによりもたらされたとは言い切れないことである。例えば,入院数の低下・外来手術の増加は,むしろPRO(専門家による医療査察機構)導入の影響のほうが強かったと考えられる。さらに,80年代はHMOを初めとするマネージド・ケアが徐々に浸透を始めた時代であり,その影響も無視できない。入院患者の在院日数はDRG導入前から短縮傾向を示しており,マネージド・ケア浸透の影響だったと言われている。80年代は,政府・雇用主などの支払い側が「これ以上は払えません」と止めどない医療インフレに対し本格的な対策を講じ始めた時代であり,メディケア入院部門にDRGが導入されたのも医療インフレ対策の一環に過ぎなかったのである。
 また,DRGそのものの医療費抑制効果についても,どこまでが「定額支払い制」による病院経営のインセンティブの変化によるものかについてもその解釈は注意を要する。DRG導入当初は過渡処置として病院側に寛大な支払いが行なわれ,メディケアで黒字をあげる病院がほとんどであった。しかし,DRGで病院が潤った時代は長くは続かず,米政府はDRGの支払い価格上昇を凍結あるいは低めに抑え始めたため,DRG導入後数年で病院にとってメディケアは「コスト割れ」となる時代が到来する。政府にとってDRGのもとではメディケア全体の支払い価格を制限することが容易となったからであり,「定額支払い制」により病院経営の効率化が進み医療費が減少したというよりは,「政府による価格操作」の影響が大きかったのである。政府による度重なる支払い額凍結処置に対し,「DRGのゲームのルールに従って効率的病院運営に努めてきたが,『ここまで削れたのならまだ削れるはず』とする政府のやり方は,ルールに従った者を罰するようなもの」と,病院側を嘆かせた。
 DRG導入で病院への入院費支払いを締めつけた後に,米政府がターゲットにしたのは,病院に対する外来医療費と医師への支払いである(病院と医師とに別途医療費を払わなければならないという米国の制度は日本の読者にはわかりにくいだろうが,患者が病院にかかると病院と医師の2か所から請求書が送られてくるのである)。DRG導入後,病院ケアに占める外来ケアの比重が増大し,外来医療費の高騰に対しメディケア外来部門にも定額支払い制を導入することが97年の財政均衡法で決められたことはすでに述べた。また,メディケアの医師への支払いが寛大なものであったことは連載第1回で述べたが,個々の医師がそのサービスに対して勝手に価格を決めていた制度を改め,米政府は全米一律の価格表をメディケアに導入することに成功している。公定価格を超えて支払いを受けたい医師に対しても上限をメディケア価格の15%までと決めている(差額は患者が負担する)。米国医師会の強硬な抵抗にあいながらも医師の医療サービスの「単価」を抑えることに成功したのだが,医療サービスの「量」が増え,医師への支払い抑制は成功していない。
 メディケアがコスト割れしたと述べたが,病院はメディケアなどの赤字分を民間医療保険からコスト以上の支払いを受けることで凌いできた(コスト・シフティングと呼ばれる)。しかし,DRG・PRO導入後のベッド稼働率の低下により,民間保険の価格交渉力が強まり,病院側は大手保険会社から大幅な値引き要求を受けざるを得なくなった。マネージド・ケアのコスト抑制効果は実はこの値引きによるものが大きかったと言われているが,病院にとってはコスト・シフティングをする先がなくなってきているのであるから,その影響は深刻である。

日本版DRG導入への懸念

 以上,短期の連載であったが,DRG導入が米国医療にもたらした影響について概観した。日本にもDRGが導入されるかどうかは未だ確定していないが,DRGが導入されると仮定すると,以下の疑問が出てくる。
◆DRGで入院医療の単価を抑えるとして,「量(入院数)」の規制をどのように達成するのか?
◆過度のケアの切り詰めなどDRGの悪用を防止するために,医療内容のチェックを強める施策が採られるのか?
◆その場合医師の「裁量権」はどこまで制限を受けるのか?
◆患者の在院日数が短縮し回復期ケアが病院外へ移行することが予想されるが,その受け皿は整うのか(回復期ケアは在宅「介護」とは異なるものである)?
◆日本の病院では急性期ケアも長期ケアもいっしょくたになっているが,DRGの導入で病院の役割が急性期ケアに限定されるようになるのか?
◆そうなったとして長期ケアの受け皿は整うのか(介護保険の受け皿の問題でもある)?
◆ベッド稼働率が低下し,病院の閉鎖・倒産時代がやってくるのか?
 この連載が,DRG導入がもたらしうる影響とその対策について日本の読者の参考になったとすれば幸いである。

(連載おわり)

マネージドケア:医療保険の一類型。医療コストを減らすために,医療へのアクセスおよび医療サービスの内容を制限する制度。(1)入院,専門医受診を制限する主治医制,(2)利用度審査,(3)症例管理,などの制限方法がとられる。保険料の安さゆえに米国医療保険の主流となっている。
HMO:Health Maintenance Organization(健康維持機構)の略で,マネージドケアの典型的保険プランの1種,あるいはそれを提供する保険会社のことを指す場合もある。一般的にHMOの保険料は安価であるが,保険会社が提供するネットワーク内での医療を原則とし,主治医をその中から選出し,専門医受診にはその許可が必要となるなど,医療サービスへのアクセスが制限される。
(詳しくは『市場原理に揺れるアメリカの医療』〔医学書院刊〕を参照されたい)