医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


痴呆性老人の心によりそった看護が生きいきと

〈生きいきケア選書〉よりそってケア-痴呆老人とともに
横谷 武 編著,宇治黄檗病院看護部 執筆協力

《書 評》細井恵美子(老人保健施設ぬくもりの里施設長)

好評のケアレポートが1冊の本に

 痴呆性老人の介護に対する人々の関心は年々高まってきている。筆者の勤務する老人保健施設ぬくもりの里も開設から10年になるが,この間急速に痴呆性老人の入所者が増え,今では7割近くの痴呆性老人がともに生活している。この傾向は特別養護老人ホームや老人病院,在宅においても同様である。
 ところが,痴呆性老人のケアに対する取り組みはいまだ序の段階であり,在宅介護や施設介護の先達の経験を頼りにさまざまに模索している状態である。痴呆性老人の介護疲れが原因で家族の崩壊を招いたり,時には食事を与えない,おむつを替えない家族もあるとか,あるいは無意識のうちに暴力や暴言をもって虐待するといったことも耳にする。
 自分自身の世界で懸命に生きている痴呆性老人が,周囲の人たちの古い物差しや了見に左右されて,騒がれたり,問題視されたりして,人間としての尊厳を損なうようなことがないように…と願っているとき,『よりそってケア』という介護マニュアルが出版されたことは,誠に時宜を得た朗報である。この本は,老人の生活ケア専門誌『生きいきジャーナル』に掲載され,痴呆老人の実像とケアの実際を描いて好評を得たケアレポートをまとめたものである。

現場感覚あふれる記述

 宇治黄檗病院の痴呆性老人病棟,老人デイケア,訪問看護ステーションでの看護・介護の実体験をもとに,痴呆性老人のさまざまな言動を描いた27話のエピソードを中心に,看護・介護上のコツや工夫を解説し,在宅介護へのアドバイス,家族への関わり,さらに痴呆の臨床医学的な概説が付されている。そのエピソードの多彩さと現場感覚にあふれるリアリティがすばらしい。日々のごく普通の出来事とつきあうように,痴呆性老人と職員がつきあっていて,「お互いさま」といった自然な関係がみられて,読んでいてもホッとする。
 ケアにつまづくと,なんとかよい方法がないかと,考えたり話し合ったりするが,その結果は,日常のそれとはかけ離れた特別なことになり,企画倒れに終わったり,長続きしなかったりすることが多い。その点,著者らはどのような事態が起こってもさりげなく関わり,対処している。老人たちの生きてきた過程や心の世界を知り尽くしているかのように,その時々の的確な判断や対応がエピソードを通してほほえましく語られている。
 例えば,「饅頭こわい」のミネさんや,「寂しいナースキャップ」のタマさんは,私自身の将来像が描かれているような気がして思わず笑わされた。あの手この手で入浴を拒否するまつさんや,「火葬場行きのバス」のキミさんなどは,これぞ人生の達人だとその方便の豊かさに感服した。「食料難の時代」に出てくるノブさんのたくましさもいまだ健在で頼もしい。私はまだ子どもだったが,垣間見た闇米買いのおじさんと両親とのやりとりが浮かんできた。当時の生き方を体で語る大切なノブさん,どうかいつまでもお元気でいてほしい。

「普段の言葉」の意味

 痴呆性老人ケアの現場は私たちの想像以上に厳しいのかもしれないが,どの頁を読んでも,そういった腕まくりして構えるような雰囲気はまったく感じられない。さすがプロだと感心する。おそらく執筆者の皆さんが,痴呆の世界や,痴呆の人たちの心を理解しているから,どんな事が起こっても平常心と普段の態度で関わっていけるのだと思う。積み上げてきた知識や技術に“感性”がプラスされて,痴呆老人によりそいながら,その場その場面を乗り越えている様子がわかりやすく表現されている。
 文章が柔らかく難しい言葉を使っていないためか,説得力がある。筆者は常々,言葉というものにこだわっているが,難しい言葉を使うから学問的価値があるわけではない。普段の言葉の中にどれほど多くの重要な意味があるかを考えてみたい。言葉の含蓄や行間にある思いや背景が読み取れる教育が看護教育に必要だと思う。
 本書を介護や看護に携わる人,そしてご家庭で介護をされる介護者の皆さまにもお勧めし,ぜひ読んでいただきたいと思う。ただ残念なのは,文字がやや小さいこと。私自身もそうだが,老人の介護をしている半数は高齢者なのだから,もう少し,読んでもらいたい人たちのことを考えながら本作りをしていってほしかった。
B5変・頁152定価(本体2,000円+税) 医学書院


看護管理者が元気づけられる,心温まる本

実務にいかす看護管理の基本
T.M.マレッリ編/細野容子,他 訳

《書 評》上田代恵子(資生会八事病院婦長)

 本書を読み終えた時,「あなたは,チャンスを与えられたのよ。頑張って!」と励まされたような,そして心温まる何かが伝わってくる,そんな感想を持った。
 早速,同じころに本書を読んでいる友人に話してみた。すると友人も同じような感じ方をしていた。そこで,本書から得た感動を自分の中だけにしまっておくのではなく,多くの看護管理者に伝えたいとの気持ちで本書を紹介したい。
 病棟や在宅で看護管理に当たる者として,今一番知りたいことは,生産性の向上やサービスの質の保証など組織から常に要求される課題解決のためのトータルなマネジメント能力と,自分自身とスタッフへのケア,つまり,どう疲労回復しながら元気にスタッフの前で指揮がとれるかという課題への考え方と方法である。既存の管理論や個人的な体験をベースにした方法論も役立つが,保健・医療・福祉が政治・経済の荒波の中で急速に変容している時代にあって,医療サービスの利用者とスタッフとの橋渡しの役割を担っている管理者として,手応えのあるものがほしかった。

管理者として必要な資質の開発とは何か

 本書はそれらに見事に答えてくれる。読者がすでに管理者として持っている管理の技能を改善し強化することを目標に,12章から構成されている。管理の一般的な原理や技法についての解説の部分では,理解を広げるために,「管理者のためのアドバイス」や「在宅ケアの管理者のための注意」を随所に挿入している。これをピックアップするだけでもすぐ使える。
 全編を通して,能力ある管理者に必要な資質の開発とは何か,人間として成長するということはどういうことなのかが直接的・間接的に述べられている。そういう意味では,哲学書とでもいってよいかと思われる。
 日々,「管理」と称するさまざまな業務に追いまくられる管理者にとって,行き詰まりや限界を感じた時,本書の目次だけでも目で追ってほしい。第9章「自分自身とスタッフのケア」,第10章「有能な管理者に不幸なことが起こる時」,第12章「ここからどこへ」は,そんな時に役に立つ。
 そして読み終えた時,さすがアメリカと驚いていてはいけない。むしろ「看護管理」という「仕事」を行なう「チャンス」を与えられたことを実感するとともに,そのことへの感謝の気持ちを深めることに気づき,やりがいを覚え,元気を回復するはずである。
 著者のT.M.マレッリ氏はセントラルミシガン大学で修士号を取得し,病院や在宅で管理経験を重ねた後,保健医療財務局にも勤務し,局長から感謝状を受け,彼女の名は『世界名士録女性編1993-1994』にも載っている。
 翻訳は,ミネソタ州ミネアポリスに長期間滞在,留学されていた日本での看護管理の経験豊富な細野容子氏をはじめ,留学や海外研修に忙しい城ケ端初子氏や三好さち子氏らが担当した。さらに翻訳をバックアップされたMarie H.Rostroさんは,渡米されて30年以上レギュラーナースとしてミネソタ州で活躍されている方で,今回は著者の意図(真意)が日本の看護婦に伝わるよう訳者の方々にアドバイスをされたと聞いている。このように本書は多くの人の善意と熱意に支えられてできたからこそ,随所から温かい何かを感じとることができるのだろう。
B5・頁208 定価(本体3,200円+税) 医学書院