医学界新聞

エイズ医療における国際性

石原美和(エイズ治療・研究開発センター看護支援調整官)


第11回エイズ国際会議から

 国際機関の集まる都市ジュネーブ(スイス)で,真夏のまぶしい日差しの中,第11回エイズ国際会議が開催(本年6月28日-7月6日)され,世界177か国から約1万3700人が参加した。エイズに関連する研究者や医療者にとって,2年ごとに開催されるこの会議は,治療の進歩を確認する機会であり,われわれにとっては,アメリカ等で先行して行なわれている治験や新薬開発状況を把握するよい機会となっている。限られた治療薬に耐性を生じたり,効果が思わしくない患者やエイズに携わる医療者にとっては,「終わりなき闘病」のその行き先を照らす希望の明かりとなるのである。

4つの専門領域で討議

 同会議の全体テーマは,「Bridging the Gap」。持てる者と持てない者,医療者と患者,一般の人々と患者のギャップなど,特に南北間の感染状況や治療の格差が強調された。その中の主なトピックスは,併用療法とその評価,疫学的推移,母子感染予防だった。
 今エイズ国際会議は,4つの専門領域((1)基礎研究,(2)臨床,(3)予防・疫学,(4)社会)に分類されていたが,私が参加したのは,ほとんど(2)の部門で,そこは治験や治療薬の評価,服薬指導,看護などのセッションだった。そこでは,プロテアーゼ阻害剤の服薬コンプライアンスについて欧米諸国からの発表が続いた。一方(4)ではアフリカ諸国から両親をエイズで亡くした孤児の増加が訴えられていた。同じウイルスによって生じた問題なのに,その国の経済力によって,患者の置かれている状況や医療従事者の活動も大きく規定されている事実が浮き彫りとなった。また(2)は,欧米諸国の医師等が主な参加者のため白人が圧倒的に多かったが,(3)(4)では第三世界からの参加者が主で,一見して会議内でもギャップが存在していることが顕著に現れていた。
 今回私は,ホームケアセッションのパネリストとして「わが国におけるエイズ在宅医療」をプレゼンテーションした〔本研究については,「訪問看護と介護」本年11月号(医学書院発行,3巻11号)を参照〕。
 象徴的な出来事であるが,アフリカからの演者が経済的な理由により会議に参加できなかった。そのため,このセッションでは私の他には,アメリカのエイズ小児患者の退院計画,タイの地域資源の活用モデルの3題の発表となり,3か国によるディスカッションとなった。アメリカでは,医療保険の有無や種類によって受けられる医療は厳しく規定される。母子感染の小児患者はほとんどが麻薬にからむ感染拡大の犠牲者であるため,貧困層に属している。
 一方,タイは伝統的にプライマリヘルスケアが行政や外国NGOによりサポートされており,エイズ患者数も多く,看護大学教員の中でもエイズ看護についての関心は高い。さらに都市部では看護教育の大学化も進んでいることから,看護大学の教員が臨床や保健所のアドバイザーとして活躍している。しかし,経済的な事情により,治療薬は限られ,治療よりもソーシャルサポートモデルが強調されていた。そのため,看護婦の関心もカウンセリングや社会資源の活用に向けられている。日本と同様に,医療経済上,先進国の中流層が受けられるレベルの医療の提供は可能という状況においては,もう少しエイズに関する看護婦の関心もメディカルな方向へ向くことを期待している。

海外の組織との共同開発を確認

 本会議前日の6月27日に,看護サテライトミーティングがジュネーブの看護婦らと,ICNやUNAIDSの協力のもと開催された。会場のジュネーブ大学医学部講堂には,世界各国より約200名の看護職が集まった。私は臨床のセッションで,日本のエイズコーディネーターの活動を紹介した。アメリカ,フランス,英国,スイス,ウガンダなどの参加者が次々と私のところに来ては,「私もまったく同じ活動をしている。自分だけ特別な仕事をしていると思っていたのに,遠い国でも同じ活動をしているなんて」と話しかけられた。こんなところにも,コーディネーターや専門看護婦の活動の普遍性を感じた。エイズについては,各国でも医療施設間格差が大きく,ナショナルセンターレベルの専門医療施設では,専門看護婦の介入は不可欠になっている。また,スイスのエイズコーディネーターの発表では,内服薬を決定する際のアセスメント枠組みが紹介されたが,私たちが独自で開発したアセスメント枠組みとまったく同じことがわかったために,今後,信頼性を高めるためにも共同で開発していくことを提案。これからは提携して開発が進められることになった。発表することから,コミュニケーションが始まる。だからこそ,国際会議・学会は聞きに行くだけではなく,苦労しても発表すべきであると実感した。

日本における最近の動向

外国人エイズ患者への対応

 日本のエイズ医療においても,その「国際性」は最近クローズアップされてきている。地方都市には出稼ぎに来日する人たちの大きなコミュニティができている。一方で,HIV/AIDS患者の半数が外国人という都市もある。エイズ治療・研究開発センターでも,500人の患者全体の1割が外国人である。10年前はアメリカ,ヨーロッパが主であったが,現在ではタイ,ブラジル,ミャンマー,韓国等が多くなり,最近ではアフリカ諸国の患者が増加傾向を示している。
 外国人患者は,重症日和見感染症を発症して緊急入院する割合が高く,日本人患者が外来でほぼ慢性病としてコントロールされているのに対し,医療を受けるタイミングも手遅れになりがちである。アジア諸国の患者は日本語が不自由な場合が多く,国際協力NGOから通訳を派遣してもらっている。しかし,通訳といっても通訳しているだけではない。日本人医療者にはなかなか本心を打ち明けず,滞在ビザがなくても「ある」と主張することも多く,通訳がエイズ患者の信頼を得て相談にのったり助言してくれることのほうが効果的な場合もある。その場合は,当センターのコーディネーターがMSW,通訳と個別のアプローチを打ち合わせる。家族の機能については,アジア諸国では期待できる場合が多いが,アフリカ諸国では家族が崩壊していることが多く,帰国するにも受け皿がなく,そのため帰国か日本にとどまるかの意思決定も難しいことが多い。
 このような国際化に対応すべく,当センターで開催している医療従事者対象の研修〔内容については,「看護学雑誌」1998年9月号(医学書院発行,62巻9号)参照〕では,コーディネーターレベルのプログラムとして,異文化患者理解として南米人の通訳兼カウンセラーの講師を招き,医療者の対応に患者がどのようなニーズを持っているのか,例えば説明が少ないために不安になったり,はっきりとした表現で伝えてほしい等の実践的な内容のレクチャーも盛り込んでいる。センターのプログラムとしては,今後MSWと外国人の抱える経済・社会的な問題点についてのディスカッションなども追加したいと考えている。

有意義なネットワークの利用

 急激な国際化が進む中では,その患者の生活する現地で流行している感染症の疫学や現地で可能な治療(一般医療機関の抗HIV薬による治療の内容)に関する情報が重要となっている。例えば,日本で3者併用療法を開始しても,帰国後に治療が継続できなければ,耐性ウイルスを作るだけになってしまうおそれがある。私たちは,このような現地医療事情の情報収集を,国際的なエイズ専門看護婦のネットワークを使って連絡をとることもある。その場合,ネットワークは具体的に条件に合う医療機関を紹介してくれたり,連絡窓口となるコーディネーター役を引き受けてくれることもある。逆に,海外から日本人の患者を送ってくることもある。
 エイズ医療における国際性は,情報だけでなく実際に患者が移動しており,ダイナミックな展開をしていると言えるだろう。しかし,その一方で,経済的問題が未解決のまま放置されてしまうことが多く,外国人医療の問題として,エイズ医療においては深刻である。そのため,当エイズ治療・研究開発センターでは,外国人患者の医療費に関する調査を開始した。日本のエイズ医療のセンター機能を果たす上で,欧米諸国からの情報収集は必須である。インターネットの普及で情報検索を行なうことが可能になっており,その中でも英語の読める患者も,先端情報を収集している。しかし,一方でさまざまな情報が氾濫しているために,適切な情報を選択し効果的に活用する段階で,われわれコーディネーターが助言を求められることも多い。そのため,専門家としての役割を担う場合は,医師等からの耳学問ではなく,自ら情報収集の能力を養い,努力を行なうことが必要である。

看護職に期待されること

 私も,CDC(米疾病管理センター)のMMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report)ホームページだけは毎日見るようにしている。エイズ医療は日進月歩で変化しているため,インターネットを見ないことには専門医療スタッフとして勉強不十分であるし,専門家チームの一員として機能できず,患者のニーズへも対応することができない。英語で専門分野の情報を検索し,英語を共通言語として諸外国の専門家と議論できることは,今後の看護職の専門化にも必須条件となるであろう。
 今後,ますます国際化が進み,保健医療の分野においても新興感染症をはじめとして,私たちは新しい課題に直面することになろう。わが国はアジアにおけるリーダーシップの役割を大いに期待されており,そのためにも,エイズ医療の国際性における課題を整理しておきたいと考えている。

さる6月19日に,研修プログラムの一貫として,国立国際医療センターで開かれた「HIV/AIDS看護公開セミナー」の講師のAnn Hughes氏(写真左より3人目。サンフランシスコ総合病院HIV感染症専門看護婦,前エイズ看護婦協会長)。その右がファシリテーター役の筆者と山田雅子氏(セコム在宅システム,右より2人目)