医学界新聞

社会性と実践,神経心理学情報の活用をめざして

第22回日本神経心理学会総会開催


 第22回日本神経心理学会総会が,さる9月10-11日の両日,渡辺俊三会長(弘前愛成会病院長)のもと,青森県・弘前市の弘前文化センターで開催された。
 「社会性と実践,神経心理学情報の活用をめざして」をメインテーマに掲げた今学会では,特別講演「脳損傷者の運転」(独・ビーレフェルド大心理学部長 ボルフガング・ハルチェ氏)や,会長講演「司法神経心理学」をはじめ,シンポジウム「エクセプション」,イブニングセミナーなどが企画された。また教育講演として,開催地である津軽の地方性を持たせた「津軽の原風景-イタコと太宰治」を,佐藤時治郎氏(弘前大名誉教授)が演じたが,太宰治没後50年とのことから強い関心が持たれ,イタコと太宰文学の「語り=騙り」が強調されるとともに「太宰はイタコの末裔」と述べて,参加者に深い感銘を与えた。さらに,一般演題は日頃の臨床経験での貴重なデータに基づく39セッション,141題の発表が行なわれ,各会場で熱心で活発な討論が交わされた。

 


蓄積された神経心理学的データをもとに

 渡辺会長は,「社会性と実践,神経心理学情報の活用をめざして」をメインテーマとしたことについて,「本学会も第22回となり,神経心理学データも蓄積し学問的にもある程度の成熟をみせてきている。この際,これを社会性と実践というテーマで考えるよい時期なのではないか,との思いがあってのこと」と語った。
 その渡辺氏が行なった会長講演「司法神経心理学」では,アメリカにおけるここ20年間の神経心理学の動向を紹介。氏は,「司法神経心理学者の司法への関与が大きな流れにある」ことを,ヴァルシウカスの著書(『司法神経心理学-概念的基礎と臨床の実際』:渡辺俊三監訳,医学書院,1998)を引用し解説するとともに,1999年には同学会誌も出版されることを明らかにした。また講演の後半では,失語の万引例と聴覚障害の放火例の刑事鑑定例,視覚障害と痴呆(高額財産所有者)の禁治産宣告鑑定についての事例報告を行ない,考察として「神経心理学的データの司法への活用とよりきめの細かい対処の必要性」を指摘した。
 また,浜中淑彦氏(名市大)の司会のもとに行なわれたハルチェ氏の特別講演「脳損傷者の運転-その評価とリハビリテーション」では,「種々の神経心理検査成績と路上運転テスト成績間のギャップがなお大きいために,運転適格性の判断は,できるかぎり個別に路上運転テストが行なわれるべきである」と解説。またそのリハビリテーションに関しては,「詳細な神経心理検査成績に基づく訓練方法,手段が有効である」と指摘した。

「エクセプション」をテーマに

 一方,今学会のシンポジウムのテーマを「エクセプション」としたことについて渡辺会長は,「神経心理学の病巣研究は非常に重要なテーマであり,これまで何回か検討されてきた。今では学会としてのデータも豊富となり,今回は見方を変えて『エクセプション(例外例)』とした」と解説。また,「Anna Basso,MP Alexander,MA Naeserらのexception,crossed aphasia,mirror image,anomalous case,atypical dominanceに関する論文もあるが,それを超える成果も期待できる」と開催に先立ち述べた。
 山鳥重氏(東北大)・鹿島晴雄氏(慶大)の司会により行なわれたシンポジウムでは,まず北條敬氏(青森労災病院)が「失語」について,これまでに経験した800余例の失語連続例から検討。右半球失語,非右利き失語からのexception,anomalous case,atypical dominanceにも触れた。
 ついで,河村満氏(昭和大)はプロの音楽奏者の失読失書の詳細な検査が行なわれた貴重な1例を報告。また,波多野和夫氏(国立神経センター)は,豊富なジャルゴン例を示し,「例外例こそ興味深く,意味あるものではないか」と説いた。
 元村直靖氏(大阪教育大)は「失行」に関し,稀有な自験例を提示し,交叉性失行,左利き者の失行などについての考察を加えた。さらに石合純夫氏(都神経研)は「失認」を口演。半側空間無視の機序について,例外例を通した緻密な検討からの報告を行なった。
 また,各演者の口演および総合討論を通してのまとめとして,司会の両氏は「例外例研究は,神経心理学的研究に貴重なデータを提供してくれ,将来においては例外例ではなくなるであろう」と結んだ。

基礎の学習から実践へ

 本年は,言語聴覚士試験の初年度にあたり,その実践的な内容をめざすことを目的として企画されたイブニングセミナーでは,より即戦的な情報を提供した「神経心理学の基礎-臨床編・画像編」(兵庫高齢者脳研 森悦郎氏,新潟大 相馬芳明氏)の他,「脳損傷における高次発語障害」(南東北病院 佐藤睦子氏)や「記憶のリハビリテーション」(広島県立保健福祉大 綿森淑子氏)の発表では,リハビリテーションの実践の最先端に位置し,神経心理の現場における実践そのものであることから活発な質疑応答がなされた。また,神経心理の基礎というべき「人工内耳と聴覚認知」(帝京大 田中美郷氏)や「脳磁図と高次神経障害」(東大 米田孝一氏,杉下守弘氏)では,前者が聴覚的内的レキシコンという神経心理学の重要な概念が提供され,後者では画像診断での新しい分野としてのCT, MRI, PET等の情報が紹介された。
 連日好天に恵まれた今学会の参加者は約600名。弘前城公園に至近の会場である弘前文化センターの窓ガラスには,公園の松並木が映り,その光景はまさに津軽の原風景を思わせた。今学会のシンボルカラーの岩木山八合目に咲く「みちのくこざくら」も収穫に忙しい津軽のリンゴ園とともに,津軽の原風景に色を添えた。なお,次回第23回総会は,明年9月9-10日の両日,田川皓一会長(長尾病院・福岡高次機能センター)のもと,福岡市で開催される。