医学界新聞

人間性教育を考える公開講演討論会
第17回入学者選抜に関する討議会

-日本医学教育学会の関連集会が相ついで開かれる


 医学教育に関する研究の充実・発展ならびにその成果の普及を目的として,1969(昭和44年)8月に創立された日本医学教育学会は,昨年90番目の分科会として日本医学会に加盟し,今年30周年を迎えた(さる7月16-17日に開かれた「第30回日本医学教育学会大会」に関しては本紙第2302号参照)。
 同学会は,「編集委員会」,「選抜検討委員会」,「卒前教育委員会」,「医師国家試験検討委員会」,「卒後臨床研修委員会」,「生涯教育委員会」の6つの常置委員会,および「医学教育制度検討ワーキンググループ(以下:WG)」,「人間性教育WG」,「臨床能力教育WG」,「総合診療教育WG」,「認定医・専門医問題検討WG」,「大学院教育WG」,「教育業績評価WG」,「医療制度の医学教育への影響検討WG」,「教育技法WG」,「医学史教育WG」,「臨床疫学教育WG」,「在宅医療教育WG」の12のワーキンググループを設置して日常的に幅広くその活動を推進している。折りしも,さる8月28日に「人間性教育を考える公開講演討論会」(主催:人間性教育WG,委員長=関西医大 徳永力雄氏)が,翌8月29日に「第17回入学者選抜に関する討議会」(主催:選抜検討委員会,委員長=日大 櫻井勇氏)が相次いで開催された。


「人間性教育を考える公開講演討論会」

 東京慈恵会医科大学において開かれた「人間性教育を考える公開講演討論会」では,聴衆に深い感銘を与えた基調講演「人間性の基本について-ひとつの哲学的反省」(東大名誉教授 今道友信氏)に続いて,きわめてユニークなカリキュラムを導入している2施設からの事例が報告された。

「人間科学教育課程」とは?

 1991年の大学設置基準の緩和後も,東京医科歯科大学は教養課程を堅持している唯一の国公立大学であるが,中村千賀子氏(同大教養部)は同大が導入している「人間科学教育課程」の概要を解説した。
 同大発行の『東京医科歯科大学-人間科学教育課程年報』の最新版(1998年3月)によれば,1995年4月に本格的に実施されるに至った「人間科学教育課程」のねらいは,「自由社会のよき市民として,また特に将来の専門医療従事者として身につけるべき倫理的,社会的な行動規範への認識を高め,学生の人格的,精神的成熟を援助すること」である。
 同校の医学科・歯学科の2年を対象として行なわれている人間科学教育は,学外施設での体験学習を中心とする(1)「体験学習」部門の「基礎a」と,(2)「科学学習」部門の心理学系の(1)「基礎b」,倫理・必修科目哲学系の(2)「基礎c」からなる総合科目で,必修科目として開講される。
 中村氏によれば,「人間科学教育」は学生の主体性を開発することを意図し,「体験学習」部門の「基礎a」では,1学期に学外の医療・福祉系施設・機関の講師の講義など,体験学習のために準備し,夏期休暇中は2-5名のグループになって,学外施設・機関において,およそ5日間の「体験学習」を実施する。そして,2学期には少人数のグループに分かれて,夏の体験をより深め,整理するための“対話を重視したグループ演習”を行なった後に,教官と“個人面談”をする。また,それぞれの課題を明確にしていくかたわら,グループごとに“まとめ”を作成する。
 「科学学習」部門の心理学系「基礎b」では,人間の心理・行動を主軸に問題解決を模索する医療心理,臨床心理の講義を,倫理・哲学系「基礎c」では,哲学・倫理を背景とする生命倫理の講義を行なう。そして,最終的な評価は,「基礎a」「基礎b」「基礎c」のそれぞれの成績を総合して合否が決定される。
 中村氏らは前掲書の中で,「医学・歯学および医療の実践の中で,同時にその人がヒューマニスティックな問題を考えながらやっていくことが大切で,そのためには医学・歯学教育システム全体を変えなければならないであろう。そこでは,われわれ“リベラル・アーツ”の担当者(現場志向の教育学を修めた人の協力も必要)は一定の貢献ができるように思う」と強調して,その「課題と展望」を結んでいる。

「医療科学」とは?

 次いで的場恒孝氏(久留米大)は,「医療科学」を導入し,明年その第1期生が誕生する同大の現況を次のように概説。
 的場氏は,「医療科学(The Sciecne, Art and Culture for Health Care)」の目標を「よい医療は社会との関連において成り立つ。医師は単に多くの医学的知識と技術を持つことのみではこと足らない。医療科学では,人間の生命に関することがら,社会と医療との関係など幅広い知識と倫理を学んで,将来の医師としての人間性を豊かにし,考えて自分の意見を持つ医師に育てること」と定義。そして,新教科「医療科学」を始めた理由として,前記大学設置基準の緩和,および6年間一貫教育の実施に伴って一般教養科目の縮小化が生じ,新しい教科が必要になったことをあげた。
 また,「医療科学」の特徴は(1)6年間を通じて行ない,(2)「講義(学内外からの講師)」・「討論(少人数での討論と発表会)」と(3)「実習」で構成されることにある。
 的場氏は最後に,このカリキュラムが抱える問題点として,(1)マンネリ化,(2)講師の選択,(3)講義形式にいかに変化を持たせるか(ディベート,グループ・ディスカッション),(4)評価法,などを指摘してその報告を終えた。
 2つの事例をめぐって,フロアとの活発な討論の後に発言を促された今道友信氏は,自身の基調講演を敷衍し,「今日の討論会の内容は,人間性の基本としての“言語化”に成功しており,21世紀の課題である“技術連関と人間”という観点からも,環境が日増しに技術化している現実をさらに強調してほしい」と述べるとともに,「医師が医学教育にこれほど真摯かつ熱意をもって取り組んでいることを一哲学徒として感謝したい」と述懐した。


「第17回入学者選抜に関する討議会」

 一方翌日には,駿河台日大病院講堂において「第17回入学者選抜に関する討議会」が開かれた。この討議会は,“医学校における入学者選抜に関する問題を明らかにするとともに,入学者の質を高めるための望ましい選抜方法を検討する”ことを目的とした会議で,今年の主題は「学科試験科目のあり方」。まず橋本信也氏(慈恵医大)は,前日の「人間性教育を考える公開講演討論会」の基調講演で今泉友信氏が「高等教育の課程で“哲学”の教科がないのは日本だけである」と指摘したことを改めて紹介した上で,膨大な資料をもとに,“センター試験”と“個別試験”に分けて,「1998年度医学部医学科入試学科試験科目パターン」を分析し,「試験科目は今のままでよいのか」というテーマで基調報告した。
 この基調報告を受けて,田中邦男氏(日大・生物学),平野光昭氏(山梨医大・数学)が調査結果の報告を,また午後からは,関俊則氏(日医大・生物学),南方陽氏(浜松医大・物理学)が話題提供を発表。フロアとの討論では,特に「生物学」と「物理学」に話題の焦点が集まり,「生物学が必須科目でないのは問題とすべき」(櫻井氏),「“生物学”と“物理学”を対立概念として捉えない」(南方氏)など,学科試験科目のあり方とともに,高等教育の内容にまで踏み込んだ議論が展開された。