医学界新聞

がん検診の有効性評価に関する研究

各がん検診の評価の概説(「がん検診の有効性評価に関する研究班報告書」より)


 厚生省から発表された「がん検診の有効性評価に関する研究班報告書」は,前記のように(参照),「用語リスト」,「用語の解説」に続いて,次の7部から構成されている。(1)「がん検診の有効性評価に関する研究」,(2)「胃がん検診の有効性評価に関する研究」,(3)「子宮がん検診の有効性評価に関する研究」,(4)「乳がん検診の有効性評価に関する研究」,(5)「肺がん検診の有効性評価に関する研究」,(6)「大腸がん検診の有効性評価に関する研究」,(7)「Q&A」。
 この中でも特に総論部門であり,報告書全体の5分の1強を占める(1)「がん検診の有効性評価に関する研究」では,さらに(1)「がん検診事業の理念」,(2)「がん検診受診者に対する情報提供のあり方」,(3)「わが国におけるがんの罹患・死亡の動向」,(4)「がんの予後と自然史」,(5)「わが国におけるがん検診の歴史と現状」,(6)「がん検診の評価の手法」,(7)「死亡率減少効果に関する評価の手法」,(8)「検査の精度に関する評価」,(9)「検診に伴う不利益」,(10)「経済評価」,(11)「まとめ:各がん検診評価の概説」,(12)「文献」,の章に分けてそれぞれの問題について詳述している。
 以下に,(11)「まとめ:各がん検診評価の概説」の全文を紹介する。


A.胃がん検診
 胃がん検診の有効性は,疫学的に強く示唆されている。発生率の低さなどのために欧米では胃がん検診は行なわれていないので,効果に関する評価研究はベネズエラを除けば,わが国でしか行なわれていない。わが国における胃がん検診受診に関する症例対照研究〔case control study〕(3件)では,胃がん死亡率の減少効果は,40-60%と報告されており,胃X線検査を用いた胃がん検診の有効性を示唆するものと思われる。
 胃がん検診の不利益としては,10-40%の偽陰性と10-15%の偽陽性が見積もられ,検査の限界に関する十分な説明を事前に行なうとともに,精度の改善に向けた取り組みが求められている。

B.子宮がん検診
子宮頚がん検診:子宮頚がん検診の有効性は証明されている。
 これまでRCT(randomized controlled trial,無作為比較対照試験,無作為制御試験)による検討は行なわれていないが,わが国を含む世界主要9か国の症例対照研究に共通して,子宮頚がん検診受診と同浸潤がん発生率の有意な減少との関連が示されている。そのため子宮頚がん検診は,公共政策として多くの先進国で実施されている。わが国におけるがん検診受診に関する症例対照研究(2件)では,子宮頚がん死亡率の減少効果は80%,浸潤がんの発生予防効果は60-90%と報告されており,子宮頚部擦過細胞診による子宮頚がんの検診の有効性が証明されているものと思われる。
 子宮頚がん検診の不利益としては0.55%の偽陽性と9.21%の偽陰性が見積もられ,検査の限界に関する十分な説明を事前に行なうとともに,精度の改善に向けた取り組みが求められている。
子宮体がん検診:子宮体がん検診の死亡率(浸潤がん)の減少効果について論じた報告は内外を問わず見当たらない。今後,早急になされるべきは,現行の子宮がん検診の有効性の評価を行なうことである。また,わが国の子宮体がん検診の対象者は,過去に不正性器出血を有した者が主であるが,検診の対象者の範囲についても検討することが必要である。

C.乳がん検診
 現行の視触診法による乳がん検診の有効性に関しては,これまで必ずしも十分な評価が行なわれていない。
 生存率曲線の比較で検診発見群が予後良好であったことから,ある程度の死亡率減少効果は期待できると考えられるが,RCTや症例対照研究による確認はされておらず,視触診による乳がん検診の有効性を示す根拠は必ずしも十分でない。
 検診により乳がん死亡を確実に減少させるためには,すでに欧米先進国において有効性評価が得られているマンモグラフィ導入の検討が欠かせないと考えられる。その場合,検診の対象者として,欧米におけるRCTや症例対照研究により有効といえる50歳以上が適当と考えられるが,統計的に有意でないが有効性が示唆される40-50歳も検討の対象とする必要がある。また,マンモグラフィ導入に当たっては,乳房用X線装置の精度管理や,診断精度の向上,共通データベースの構築など,新しい乳がん検診システムを確立することが求められる。

D.肺がん検診
 肺がん検診の有効性については,検診発見例の予後は自覚症状発見例より良好であるという報告があり,わが国で行なわれている肺がん検診の観察的研究が小さな死亡リスク減少効果を示唆するという報告もある。しかし,世界的に見た場合,RCTを始めとして有効性については否定的な成績が多い。
 また,肺がん検診を方法別に見た場合,胸部X線検査の有効性については結論が得られているとは言いがたく,今後とも有効性評価に関する質の高いデータを蓄積する必要がある。また,喀痰細胞診についても有効性を検討する必要がある。
 肺がん検診は,他の臓器の検診に比べ精度の低いことも事実である。今後は診断精度の向上を図る必要があり,集団検診へのCTの導入など一層早期の発見の研究が必要である。

E.大腸がん検診
 ヘモカルトテスト(化学法の1つで,ヘモグロビンが有しているペルオキシダーゼ活性を応用した非特異的反応)による大腸がん検診の有効性は証明されている。欧米のRCTによる検討(3件)では,検診に割り振られた群で,その後の大腸がん死亡率が逐年群で33%,隔年群で15-21%減少しており,検診を推奨するべきとの見解も欧米でも示されるに至っている。わが国の現行の免疫便潜血検査は,ヘモカルトテストよりも高い感度を有することが実証されているので,より大きな死亡率減少効果が期待される。わが国ではRCTによる検討は行なわれていないが,便潜血検査1日法に対する症例対照研究(1件)では,死亡率の減少効果は60%と報告されている。現在推奨されている2日法に対する効果の評価はまだ行なわれていないので,早急な検討が必要である。
 大腸がん検診の不利益としては,20-30%の偽陰性と陽性反応的中率が3-5%と低く見積もられ,検査の限界に関する十分な説明を事前に行なうとともに,精度の改善に向けた取り組みが求められている。
 精検は,注腸X線検査単独の場合は,偽陰性の危険が高いと考えられ,逐年ごとに大腸がん検診を受診することが必要である。また,下血などの症状があればすぐに医療機関へ受診すべきである。感度の上からは,全大腸内視鏡検査とX線検査の併用が最も優れているが,精検処理能の不足があると考えられ,当面,S状結腸内視鏡検査と注腸X線検査の併用か,全大腸内視鏡検査を行なうのが望ましい。

●厚生省「がん検診の有効性評価に関する研究班」
総括委員長:久道茂氏(東北大医学部長)
総括委員 
大島明氏(大阪府立成人病センター調査部長)
小池昭彦氏(日本医師会常任理事)
鈴木隆一郎氏(大阪府立成人病センター第10部部長)
舘野之男氏(放射線医学総合研客員研究官)
富永祐民氏(愛知県がんセンター研究所長)
(1)総論部会長:辻一郎氏(東北大公衆衛生学)
(2)胃がん部会長:深尾彰氏(山形大公衆衛生学)
(3)子宮がん部会長:佐藤信二氏(東北大産婦人科)
(4)乳がん部会長:大内憲明氏(東北大第2外科)
(5)肺がん部会長:金子昌弘氏(国立がんセンター内視鏡部呼吸器科)
(6)大腸がん部会長:樋渡信夫氏(東北大第3内科)