医学界新聞

世界の医学出版界の現状・情勢

トーマス・カルガー氏(S.カルガー社会長)インタビュー


 カルガー社はスイス・バーゼルにその拠点を置き,医学ならびに基礎科学分野の単行本やジャーナルの刊行を目的とした出版活動を続け,特に免疫学,遺伝学,神経・生化学ならびに薬理学分野に力を注ぎ,世界的にも有数の医学出版社の1つである。
 本紙ではS.カルガー社会長であり,世界の医学出版界の重鎮であるトーマス・カルガー氏にインタビューする機会を得,医学出版界の世界的な動向や今後の展開などをうかがった。


S.カルガー社の歴史的背景

――S.カルガー社(以下,カルガー社)の概要をお話しください。
カルガー カルガー社は100年以上の歴史を持っております。1880年に,私の祖父である創立者のサミュエル・カルガーが,ベルリンのチャリティ病院の隣に小さなオフィスを構えました。彼は医学に携わる人が記録を残し,それが読まれることが医学の進歩に貢献するものと確信し,医学分野の出版を開始したのです。最初の記録は「Geburtshuelfliches Vademecm」と題し,産婦人科領域へのガイドとして成功をおさめました。
 1937年に,ナチスによる政策的な圧力(出版事業制限)を避けるため,スイス・バーゼル市に社屋を移しました。第2次世界大戦後,医科学は予期せぬほどの成長を遂げ,カルガー社も新しい分野,つまり免疫学,ウイルス学,細胞遺伝学,あるいは分子生物学などの単行本の発行を開始しました。
 私は1959年にカルガー社を継承しました。1960年代にはすべての刊行物に英語を使用することとしました。そして医科学分野での貢献を認められ,ハンブルグ大,バーゼル大からそれぞれ名誉博士号をいただきました。
 現在,83点のジャーナルと年間60冊の単行本を刊行しております。

医学出版界におけるM&A

――医学出版界におけるカルガー社の位置づけとは,どのようなものでしょうか
カルガー カルガー社は,他の出版社と比べると中規模の組織でしょう。しかしこれ以上大きくすることは考えておりません。中規模ながら,世界的には非常に認められた出版社だと思います。
――他の出版社との位置づけについても,少しお話ししていただけますか。
カルガー それは難しい質問です。なぜなら多くの出版社はM&A(企業合併)を繰り返し,エルゼビアやトンプソングループのように巨大な企業となってしまいました。
――それは最近の傾向として一般化してきていますね。この傾向についていかがお考えですか。
カルガー 出版社の状況は一言で言って非常に難しい状況です。ヨーロッパにおいては,M&Aの傾向が依然として強いですね。アメリカでは出版事業の巨大化への懸念が指摘され,再び細分化の方向に戻ることが検討されているようです。
 一番影響を受けているは,世界的に図書館に対する予算が縮小されことで,つまり最も単純な方策として,教育に対する予算や資金がカットされていることです。このため,出版社の規模が拡大され,独自性のある個性的な運営が困難になっております。

エレクトロニクス化がもたらすもの

――どうすればこの厳しい状況を打破できるでしょうか。
カルガー 私自身はこの状況を打破できるものは,かつてあった状況に少しずつ戻ることだと思います。
 しかしながら,さらに旧態の状態に戻ったところで,個性を取り戻すことはできません。しかし,このことはわれわれに,エレクトロニクス化に対応する1つの指針を与えてくれました。
 エレクトロニクス化は文献検索と情報収集・提供にとって非常に興味深いことです。CD-ROMとオンライン化が重要ですが,CD-ROMはすでに過去のものになりつつあり,実際これ以上は必要とされないでしょう。オンラインやE-Mailを持っているなら,CD-ROMの使い道は書籍情報をチェックすることぐらいでしょう。
 CD-ROMというのは,文献をチェックするなどの機能には長けていますが,文章を読むという行為にはあまり適さないようです。これからはオンラインです。
 カルガー社も最近,オンライン化を開始しています。「カルガー・メディア・センター」と呼ばれる,マルチメディア機構を発足したばかりです。
 エレクトロニクス化は非常に重要ですが,私の個人的な考えとしては,もうこれ以上は必要ないでしょう。吟味,精選された医学書出版の将来への展望は,これからさらに高度で質の高い,サイエンティフィックなピア・レビュー(外部の専門家による査読,相互評価)された刊行物を世に出しつづけることに尽きると思います。
――昔に戻るとのことですが,それはまた紙を使った印刷物を中心に,ということですか。それとも別の媒体を使ってのことを念頭に置かれているのですか。
カルガー 紙で印刷したものは電子出版には置き換えられない,それだけの価値があります。エレクトロニクス化は確かにチェック機能にはよいですが,紙による印刷物には,それ以上の価値があることを強調しておきます。

S.カルガー社の今後の展開

カルガー また,カルガー社は今後も,世界中の医学関係の科学者たちと関わっていきたいと考えています。現在,研究者との関係はとても良好で,われわれの名前も知られています。日本の研究者の方々も私たちの活動をご存知だったようです。
 研究者の多くは,われわれの出版物,雑誌などを読むだけでなく,投稿,執筆もしています。
――どのようにしてよい研究者をみつけるのですか。
カルガー カルガー社と各国の医学研究者とのコンタクトに関しては,私どもは非常によい関係を保っていると思っております。各国にエディターがおりますし,それから論文を投稿される方もたくさんいらっしゃいますし,いろいろな強い絆を保っております。
 それに関連して,「いかによいパートナー(研究者)を選ぶか」というご質問に対しては,大体私どもはいろいろな学会やワークショップなどで,彼らとコンタクトをとることが大きいですね。
――今後,カルガー社はどのような方面に出版活動を展開していくのですか。
カルガー 今後,カルガー社がどのような方向をめざすか,あるいはジャーナルをめざしていくかについては,特に今までの方針を変えるつもりはなく,医学研究,例えば遺伝学や他の分野に,これからも関わっていきたいと思います。最近では,結核はもう征服したとみなが思っていたその時,各地で結核についての問題が浮上しましたね。すべてがこのように変化するわけではないですが,往々にして医学の分野では同様のことが起こり,人々をさらに混乱させます。しかし,遺伝学や他の分野での新たな問題も発生しつつあります。

医科学のさらなる発展に向けて

――1990年と93年に,カルガー社の主催による国際シンポジウムを開催されたことをうかがいました。とてもすばらしいことだと思います。出版社自らがシンポジウムを主催したということは今までなかったように思いますが。
カルガー そうですね。90年にカルガー社は創立100周年を迎えました。それを記念して第1回の国際シンポジウム「Cell to Cell Interaction」を開催いたしました。
 93年には「Viruses and Vurus-Like Agent」とタイトルした国際シンポジウムを行ないました。両シンポジウムとも大変好評で,成功裡におさめました。次は2000年に開催する予定です。
――この2つのシンポジウムには,海外から何か国が参加されたのですか。
カルガー はっきりとはわかりませんが,オーストリア,日本,アメリカと,世界中からきていただきました。
――医学書出版に50年以上携わっておられ,多数の一流の研究者と付合ってこられたご経験から,現在の日本人の医学研究者の印象とはどのようなものですか。今医学界では,日本人はとてもアクティブに活動していますが。
カルガー 本当にそうですね。日本の研究者に関しては,かつてに比べて大変活動的であり,世界的レベルに達しております。現在では欧米でも多くの分野で名前が知られていますね。
 われわれが日本の医学研究者や研究機関に期待することは,われわれの雑誌に投稿し自身の研究を世界的に広げていただきたい。それだけでなく,もっと読んでいただきたいというのも本音です。
――最後に,何か付け加えることはありますか。
カルガー この紙面を通して申し上げたいのは,世界的に,各国政府が教育のための予算を削減していることです。これは日本だけでなく,世界的にも重大な問題で,非常に危機感を感じています。大きな失政ですし,国民には教育を受けさせ,さらなる知識を身に付けさせるべきです。
 しかし,スイスにおいても,経済状況の悪化から就学年数を1年短くしようという傾向が見られます。非常に危機的な状況だと思います。このことを最後に申し上げたいと思います。
――ありがとうございました。

●トーマス・カルガー氏プロフィル
S.カルガー社会長。
1959年,父ハインツ・カルガー氏の死去に伴い,現職に就く。医学書出版を通じての医科学分野への貢献が認められ,ハンブルグ大などから名誉博士号を授与される