医学界新聞

第21回日本プライマリ・ケア学会開催


 さる7月11-12日の両日,浦和市の埼玉会館,他において第21回日本プライマリ・ケア学会が開催された。本会は会頭の山崎寛一郎氏(埼玉県医師会長)のもと,メインテーマに「プライマリ・ケアを支援する医療情報システム」を掲げ,特別講演・シンポジウムなど15題を企画,一般口演を含め,充実した内容のものとなった。
 本号では,会頭講演の他,高久史麿氏(自治医大学長)による特別講演「わが国におけるプライマリ・ケア教育の現状と将来」,江利川毅氏(内閣官房内閣参事室首席内閣参事官)による特別講演「介護保険と在宅医療」,および,高齢者の医療・介護に取り組む第一線の医師,看護婦,行政官を演者に迎えたシンポジウム「介護保険導入…どうなる かかりつけ医」より話題を報告する。


プライマリ・ケア医に求められる条件

情報システムの構築

 「医師会における情報システムの構築」を講演した山崎会頭は,まず,米国国立科学アカデミーが示す「プライマリ・ケアを担うかかりつけ医に求められる条件」である(1)近接性,(2)包括性,(3)協調性,(4)継続性,(5)責任制の5点を提示。それらを支えるためには情報システムの構築が不可欠との考えを示し,埼玉県医師会の取り組みを紹介した。山崎氏は「保健・医療・福祉の有機的連携を可能にするためには,データや通信手段の標準化が大きな課題となる」と指摘した上で,「理念や目的の共有からはじめる情報システムの構築手順」,「情報やシステムの管理のあり方」等について解説した。
 さらに,(1)テレビネットワークシステム,(2)データバンクシステム,(3)インターネットとホームページ,(4)「埼医FAXニュース」,以上4つのシステムを柱とする埼玉県医師会の情報ネットワークの現状を披露し,「これらが有機的に連動すれば,開かれた医師会という理想へ近づく。21世紀の保健・医療・福祉はインテリジェントな『情報革命』に支えられて皆で作る『アート』である」と講演を結んだ。

プライマリ・ケア教育の現状

 高久氏による特別講演「わが国におけるプライマリ・ケア教育の現状と将来」では,地域医療機関がかかりつけ医機能を持つ診療体制を敷くには不可欠である医師のプライマリ・ケア教育の問題点が指摘された。
 高久氏は,「日本の医師は初期研修後もPhysical Examinationが十分にできないなど,欧米に比べて著しく基本的臨床技能の教育が劣っている。また,教育の場である大学病院も『専門家の集団』であり,かつ『特定機能病院』であるという特徴から,学生の教育には適しているとは言いがたい」と現状を述べ,対策として(1)総合診療部,(2)地域家庭診療センター,(3)実地医家での実習,(4)地域医療BSL(ベッドサイドラーニング),の有効性を示した。

期待される総合診療部門

 特に総合診療部については,「問題解決にあたっては非選択的に対処する((1)臓器による選択をしない,(2)精神・心理・社会的側面に配慮する)」という基本理念を強調し,「患者さんの単なるの振り分け機関ではなく,総合診療部の医師が継続して患者さんを診て(たらい回しをなくす),一定以上のレベルであれば,その都度専門へ橋渡しをするという役割を果たすものとして考えるべきではないか」と提起し,同時に,卒後臨床研修におけるプライマリ・ケア教育の果たす役割を強調した。
 また,現在のプライマリ・ケア教育の問題点としては,(1)患者および医師の専門医志向,(2)医学界におけるPrestigeが低い(高度先進医療ばかりが話題になる),(3)指導者の人材不足,(4)大学・医学界における研究の重視,(5)総合診療の指導者はPromotionの機会が少ないこと(最近増加してきた),(6)研修目標が確立されていないこと,などを指摘した。
 高久氏は,以上の問題点を踏まえ,「プライマリ・ケアの上に立つ専門医療の重要性を認識すべきである」との考えを示し,「高齢社会は医師に対して幅広い知識と技能,患者とのコミュニケーションを要求する。卒前卒後におけるプライマリ・ケア教育の充実は社会の要請である」と訴えた。


介護保険導入-期待と不安が交錯

問われる介護を支える社会


 特別講演「介護保険と在宅医療」を行なった江利川氏の前職は厚生省大臣官房審議官介護保険担当であり,介護保険制度創設にあたって中心的な役割を担ってきた。
 江利川氏は,まず介護保険制度創設の背景に言及。「昭和20年代の後半までは平均死亡年齢は50歳代の後半であった。その後,ペニシリン等の普及により平均寿命は漸伸したのであり,実は介護問題は新しい課題である。また,現在,国民の46%は亡くなる前に半年以上の要介護状態となるなど介護問題は一般化しており,社会的に解決しなければならない問題でもある」と指摘した。
 続けて介護保険制度の概要を説明した上で,医療・福祉領域での今日の方向性として,『在宅』のウエイトの増加を示唆。その背景として,(1)対象者の多様化と増大,(2)慢性疾患の増加,(3)技術の向上(在宅酸素,在宅透析等),(4)サービスの受け手側の意向の尊重,などをあげ,「居宅を医療提供の場」とした1992年の医療法改正以降,行政が実施してきた在宅重視の制度改正を概略し,「要介護認定の際の意見書」,「在宅サービス利用計画作成時の役割」,「在宅医療提供者としての役割」等の形で,制度的に位置づけられるかかりつけ医師の「総合性とリーダーシップ」への期待を表明した。
 最後に江利川氏は「介護はそれをとりまく社会のあり方に深く関わる。それを支える社会が問われる」と述べ,講演を結んだ。

介護報酬の設定は施行直前までずれ込む

 シンポジウム「介護保険導入…どうなるかかりつけ医」(座長:都立保健科学大教授 川村佐和子氏,埼玉県医師会副会長 早川隆氏)では,まず,松谷有希雄氏(厚生省健康政策局医事課長)が登壇。介護保険が施行される2000年4月へ向けた準備作業の現状を報告した。
 松谷氏は,保険料・介護報酬については医療保険福祉審議会の介護給付費部会等で議論が急ピッチに進んでいるが,「どの程度,どのように設定するかなどきわめて難しい問題である」と述べ,特に「介護報酬設定にあたっては実態調査を行ない,2000年1-2月頃までに最終的な設定はずれ込む」との見通しを示した。その上で,介護報酬については「サービスごとに平均的な費用を定める」,「地域別の単価設定を行なう」,「各サービスごとにこれを定める」など,設定方法につき,一定の枠組みを提示した。また,「医療保険給付と介護保険給付間で重複する部分については,法律上,介護保険からの給付が優先するが,調整の作業が必要」であるとの見解を示した。

介護保険導入に伴うかかりつけ医の役割

 青柳俊氏(日本医師会常任理事)は介護保険導入に伴うかかりつけ医の役割について口演。「介護保険制度においても医師・医療の役割は重要であり,(1)要介護認定においては審査委員としての役割の他,医学管理の必要性を『かかりつけ医』や『主治医』の意見書として提出すること,(2)ケアプラン作成過程においては,医療提供者という立場での助言や指導的役割,(3)医師の管理下に介護サービスを受けたいという要介護者の希望への対応,等が期待されている」と指摘し,「地域医師会の協力なくして介護保険は動かない」との見方を示した。
 在宅における看護とかかりつけ医の連携について口演した川越博美氏(聖路加看護大教授)は,訪問看護の経験的蓄積から連携のあり方を検討。「かかりつけ医と協力しつつ,予防的視点を持ち,療養上の世話を行ないながら,医療的処置も積極的に取り組んでいかなくてはならない」と今後の展望を述べた。

地域医療チームの現在

 一方,鵜飼正俊氏(前春日井市医師会副会長),川越光博氏(浦和市立病院内科部長),中根晴幸氏(浦和市医師会学術部委員)の3氏はそれぞれの地域における実践を報告。
 まず,鵜飼氏は「在宅ケアと施設ケアは車の両輪であり,居宅や施設へ閉じこめる自己完結型から地域完結型への脱皮が必要」との考えを示し,患者本位の地域ケア連携体制の確立へ向けた春日井医師会の取り組みとして(1)機能・役割分担と連携,(2)情報公開・共有化,(3)診療所医師が在宅サービス供給体制の一翼を担いマンパワーの育成に努める,(4)地域完結型のシステムの構築,(5)住民患者の積極的参加,(6)地域コミュニティケアの推進を紹介した。
 続いて,川越氏は,かかりつけ医機能を支援する地域機関病院の役割について口演。浦和市立病院は,市医師会,市行政とともに病診連携事業を発展させ,「さくらそう病棟」と呼ばれる開放床を設置する在宅医療支援の試みを開始している。川越氏は「現在,さくらそう病棟の入院患者の約30%が広義の在宅患者である」と報告。「病院で診療中の方針の立った患者さんや通院不能になった患者さんを地域のかかりつけ医に紹介することで,病院医師は専門医療に専念できる。一方,かかりつけ医は自分の患者の病状が悪くなれば気軽に入院させることができ,安心して在宅患者を抱えられる」とそのメリットを強調した。
 最後に登壇した中根氏は,「在宅医療・ケアの推進には『病院』と『診療所』の協力だけでは不十分であり,特に医師だけでの関わりには限界がある」と指摘。現在50-60名の在宅患者に対応し,末期癌についても在宅で多くの症例に対応している自らの経験から,(1)訪問看護体制,(2)病診連携によるバックアップ,(3)地域薬局による的確な薬剤・物品サプライ,(4)常勤およびパート医師の増員など人的支援の確保,等の重要性を強調した。しかし,「地域によっては,このような条件を整えることは容易ではなく,法制上,保険制度上の適切な裏づけが必要である」と指摘した。
 本シンポジウムには立ち見が出るほど多数の参加者が詰めかけ,未だ全体像を見せぬ介護保険に対する医療者の関心の高さを見せつけた。