医学界新聞

癌研究会におけるリサーチナース

〔レポート〕治療的効果と患者の気持ちを大切に


 癌研究会(癌研)・癌化学療法センターに本年6月,新薬開発臨床センター(Clinical Center for Research and Drug Development CCRDD)が設置された。これは,質の高い治験を積極的に計画し,支援を行ない,優れた新薬を開発し,社会に貢献することを目的としたもので,(1)本年4月に完全実施された新GCPおよび「抗悪性腫瘍薬の第一相試験のガイドライン」(厚生省研究班)を満足する条件の下で治験を実施する,(2)治療,新薬に関する調査,情報の収集を行なう,などを活動内容としている。  本紙では,CCRDDがめざす事業の中で,活躍が大いに期待されるリサーチナース(以下Res.N)の役割や誕生となった背景をレポート。同病院の松浦千恵子副看護部長およびRes.Nの野沢浩江さんを中心に話をうかがった。

【協力】癌研究会附属病院  
(尾形悦郎院長/今井昭子看護部長)


新薬開発臨床センターの構成と使命

 新薬開発臨床センターは,菅野晴夫センター長(名誉研究所長・癌化学療法センター所長)のもと,癌研の化学療法センター,病院,看護部,薬剤部,事務局にまたがる業務の横断的構造を特徴にしており,(1)治験医室,(2)実施モニタリング室,(3)治験薬管理室,(4)治験事務室,(5)調査研究室,(6)教育研修室で構成(図参照)され,さらに構成員としての医師,基礎研究者,リサーチナース,薬剤師,診療録管理士,事務員等は全員が本来の部局に籍を置き,業務出向の形をとっている。現在は,事務所を癌化学療法センター内の1室に構え,実施モニタリング室長以下,Res.N,薬剤師,事務員(診療録管理士を含む2名)の5名が必要人員として配置されている。

看護面でのかかわり

 業務上,病院との関係が密接であり,十分に意思の疎通を図る必要があると指摘される看護部からは,松浦千恵子副看護部長が兼務で同センターの実施モニタリング室長,教育研修副室長に,また初のRes.Nとしては同病院の化学療法病棟に8年勤務していた野沢浩江さんが任についた。
 同センターでは,Res.Nの役割について,その基本理念を「新薬開発センターの一員として看護独自の専門性を発揮し,主体的に治験の被験者となる患者を擁護し,コーディネーター的役割とクオリティコントロール,クオリティアシュアランスに精励し,新薬開発推進に寄与する」と掲げている。癌研究会におけるRes.Nの役割を整理すると以下のようになる。
1)患者の擁護:(1)プロトコルの倫理性,科学性の確保,(2)被験者の安全性の確保,(3)治験のインフォームドコンセントに同席,(4)治験スケジュール等の情報提供,(5)治験実施上の看護アセスメント,(6)精神的サポート,(7)健康管理に関する指導,(8)治験全般の相談と助言
2)コーディネート:(1)治験薬の事前相談,(2)治験の準備(被験者の適格要件の確認と基礎的データの調査,臨床スタッフへの説明と教育,患者へのオリエンテーション,他),(3)治験実施(スケジュール管理,プロトコルの再確認,看護アセスメント,他)
3)モニタリング:(1)モニタリング・監査協力,(2)有害事象の観察,(3)プロトコル逸脱症例の発見,報告,観察,(4)治験実施内容のモニタリング→責任医師への助言,通告

リサーチナースの役割と位置づけ

リサーチナースにこだわった理由

 松浦さんは,これまでにアメリカのRes.Nの実状を視察研修に行き,またJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ,本紙「座談会」参照)の勉強会に野沢さんとともに個人的なレベルで参加してきた。
 「十数年前から“リサーチナース”の存在は知っていましたが,日本での導入はまだ難しく,研究へのきっかけもつかめないままでいました」と松浦さん。新GCPが施行されることになり「今がチャンス」と,病院看護部としてもいち早く動き出すべく準備をはじめた。
 「“治験”と知らされないままに医師の手伝いをさせられていた時代もありました。また患者さんも十分理解しない,納得していない状況での実施で,看護部門としてどう対応すべきか,患者さんのことを考えると何とかしたいという思いは常にありました」と語る松浦さんは,Res.Nの名称について,多くの施設がCRC(クリニカルリサーチコーディネーター)とする中で,Res.Nのネーミングにこだわったと言う。それは「患者さんの権利と安全を守るために中心的な役割を果たせるのは,患者さんの身近にいる看護婦」との思いからだ。「臨床の現場にいることを重視する意味を含め,国際的に共通して呼称される“リサーチナース”としました」と松浦さん。CCRDD開設にあたり,Res.Nの名称を決めるだけでもさまざまな論議があったようだ。
 野沢さんは,「“ナース”という名がついているのといないのでは,ベッドサイドでの患者さんの受け入れやすさが違う気がします。CRCは,看護婦以外の職種の人でもなれます」と語る。その一方で,「ニュアンスの違いだけですし,看護婦は治験での専門性を重要視し,その役割を担っていけばよいのであり,言葉にはそれほどこだわっているわけではありません。やはり患者さんとの接点があるほうが,看護婦としてはやりがいがあります」とも言う。

病棟スタッフとのかかわり方

 「Res.Nのシステムが稼動した時に,病棟の看護婦との関係ですとかスタッフへの教育が重要になってきます。環境や体制など,スムーズに移行するための手順も必要になります」と語るのは,今井昭子看護部長。第1相治験に関しては化学療法病棟に特定して行なわれる。病院全体の看護方式はチームナーシングだが,ここでは固定チームナーシング方式をとる。担当スタッフへの指導研修は9月から実施される。
 「一般的に,看護婦は“治験”というイメージがとらえにくいのかもしれません。治験は,実は患者さんのために皆がかかわるものだとわかってもらうことが必要です。治験の意味が理解できれば,自分たちの役割をもっと認識できるようになると考えています」と野沢さん。
 Res.Nの位置づけなどをうかがった。
 「Res.Nは看護部からCCRDDへの出向で,各セクションの横断的な役割を担います。本人の能力も評価されるのでしょうが,ある意味では医師のパートナーとしての意識も必要で,対等な関係とみてほしいですね」と松浦さん。
 堀越昇治験医室長(附属病院化学療法科部長・癌化学療法センター臨床部長)は,「CCRDDのスタッフは,責任医師・分担医師と患者さんと製薬会社の間で行なわれる治験における支援組織であることをわきまえなければならないでしょう。癌研では,そのような役割の中心をなすには看護婦が適任と考えたのです」と話す。
 また松浦さんは,「とりあえずは1名でのスタートですが,Res.Nになりたいと希望する看護婦も出てきています。これからは,治験の数も増えていくでしょうから,増員も十分に考えられます」と展望する。
 「Res.Nを希望する若い看護職はこれからも増えてくると思います。しかし,先日参加した日本看護協会の研修会(5月11-16日,「治験コーディネーターの役割Ⅰ」,定員50名)では,資格として看護経験10年以上という規定がありました。倫理的・管理能力の面を考えると10年の経験が必要との見解からのようですが,若い人でもやる気のある人がいます。私自身もそうですが,年を経るごとに新しいことを覚えようとしてもままならないこともありますので,30歳くらいまでがぎりぎりではないでしょうか」と野沢さん。松浦さんも,「経験10年に満たなくともやる気のある人」がRes.Nとして活躍が期待できると話す。

世界で通用するデータ構築をめざして

 現場での活躍が期待される野沢さんにその意気込みについてうかがった。
 「これまでの治験のイメージを払拭し,医師のものというより,患者さんのためになるものだということを,同僚スタッフ認識を共有していく必要があると思います。自分たちで治験のクオリティをあげていくように努力したいとも思っています。それに他施設でのデータなども含め,参考にしながら精密度もあげ,日本のデータが世界で通用するものになればと思います」
 そんな野沢さんに,Res.Nになろうと思った動機を最後にうかがった。
 「癌研病院の化学療法病棟での8年を経て,ホスピスに2年間勤務しました。その経験がなければ,Res.Nになろうとは考えなかったと思います。そこでは,死別の悲しみや,生命には限りがあるけれども,生きている限りは可能性と希望を持ち続けることが大切,と学ばされました。その1つの結論がRes.Nになることでした。そのような患者さんの気持ちを大事にしながら,新薬の開発に協力していきたいですね」
 癌研Res.Nのこれからに期待したい。